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わんちゃんも、にゃんちゃんも、ひよこちゃんも、み〜んな仲良し。 |
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プリンとミニィをトリミングしてもらっているところへ週末行ってきました。 前回、トリミングしてもらったときに写真を撮影してくれて、ステッカーにしてくださったものを 帰りにプレゼントしてくれました。次回はプリンとミニィの顔つきのカレンダーをくれるようです。 宝物がどんどん増えていきます〜!!ありがとうございます!!上がプリンで、下がミニィ。
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以前、アニマルレフュージ関西ARKボランティア&里親会を記事にさせていただきました。 里親会で、パンフレットをいただいたのですが、その中の1つにあったのがONE BRANDです。 このフリーマガジン、ONE BRANDの情報発信や、ペット・犬との生活を豊かにするグッズの通販を行って おられるのがONELOVEさんです。 ワンクリック募金もやっておられ、協賛企業からの募金のうちの10円を寄付してくださります。 このONE BRANDの7月号のトップページに日本動物生命尊重の会さんから引き取られ、 今は藤本さんという里親さんに大事にしてもらっている権八くんの感動のお話が掲載されておりました。 日本動物生命尊重の会 A.L.I.Sさんが、今年1月下旬に保健所から権八くんを引き取る。 その約1ヵ月後に「飼い主募集」の張り紙を見た藤本さんが、飼い主として権八くんを引き取る。 権八くんは引き取った時から、てんかん持ちで、足腰が弱い。 しかし「楽しさを貰う代わり、大切に世話をする」の藤本さんの考えの下、現在穏やかな生活が続く。 僕は、権八といいます。 僕の飼い主の藤本さんは、僕の事をゴンと呼びます。 今年の1月22日に僕は、保健所から外の世界に戻っていいよと言われました。 僕はその後すぐに新しい飼い主さんが見つかりました。 その人が藤本さんと言います。 (中略) 僕は特に人から愛情をかけてもらう事を知りませんでした。 人は時々ご飯をくれるという存在でしかありませんでした。 僕の過去の経験がそう教えています。 僕は飼い主さんを藤本さんと呼びます。 これは人とある一定の距離を保つ僕の癖の為に「さん」とつけるのです。 藤本さんは不思議な人です。 僕の何に惹かれて、こんなにも手をかけてくれるのだろう。 僕は足腰が悪いからオシッコを垂れ流します。 僕は野良犬だったから食べ物を見ると飛びつきます。 ゴミだってあさります。 僕は血統書付きでもないし、綺麗な服も似合わない。 ただの野良犬だったんです。 他の手のかからない可愛い犬達を選ぶ選択も出来たのに。なのにどうして。 だから藤本さんは不思議な人です。 毎日同じ部屋で寝起きするうちに、僕は一日に何度も藤本さんの事を考えるようになりました。 「藤本さんオシッコ」「藤本さんお腹へった」「藤本さん、藤本さん・・・」 覚えていますか?僕が夜中に何度も起きて困らせたあの日。 僕はあの時、声にならない小さな声で何度も何度も繰り返して言っていたんだ。 聞こえていましたか。 「お父さん。出逢ってくれてありがとう」 |
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先日、ご紹介をさせていただきました日本動物生命尊重の会さん。 サイトもとてもみやすくて、素敵です。 そんな中、私のサイト、1Click Animalsをトップページに置いてくださりました。 とても嬉しいです、どうもありがとうございます!! そして、多くの方がご自分のブログなどに、リンクを貼ってくださり、いつもとても感激しております。 この場を借りて、お礼を言わせてください。どうもありがとうございます!!!! 今後ともどうぞよろしくお願い致します。 |

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私の父は画廊を経営しておりまして、昔から側には絵がありました。 絵=(イコール)父ですし、実家には多くの絵が飾ってあります。 田舎ですし、絵はそうそう売れるものではありませんが、父は絵がすべてで、絵を中心に生きています。 私の東京の部屋にも父がくれたユトリロの絵があります。 小学校の時に、ユトリロの絵に一目ぼれして以来大好きなので、父がくれました。 そんなユトリロと同じくらい大好きなムンク。ムンクの一生を描いたドキュメンタリーDVDを観ました。 エドヴァルド・ムンク(Edvard Munch/1863〜1944) 母国ノルウェーでは1,000ノルウェー・クローネの紙幣に肖像画が描かれている国民的な画家。1863年12月12日、ノルウェーのローテン村に生まれ、その後すぐにクリスチャニア(後のオスロ)に移住した。5歳のときに母が結核で死去、姉と弟も若くして死んでしまう。ムンク自身も体が弱かったことで、生涯“死”の影がつきまとう人生を送ることになる。1881年、芸術学校に入学して絵を描き始める。1889年よりパリへ留学し、ゴッホやゴーギャンの影響を強く受ける。パリについてすぐに、長い間確執のあった父が死去、ムンクの人生にさらに暗い影を落とすこととなる。1890年代に描かれた、後に代表作と評価される『叫び』『接吻』『マドンナ』などの作品は総称して“生命のフリーズ(frieze of life)”と呼ばれ、ムンクの芸術性を凝縮する作品群となっている。ムンクの作品のテーマとなる“愛”“死”“不安”が1枚に収められた『生命のダンス』はその中心となる作品。人生で何度か大きな恋愛を経験するが、度重なる家族の死により、家庭を持つことに対して過剰な不安を感じていた。1902年に起こった恋人とのトラブルで、左手中指を失う発砲事件が起こる。この頃から精神が不安定となり、デンマークで療養生活を送る。1909年にノルウェーに戻り絵を描き続けるが、1944年1月23日に80歳の孤独な生涯を閉じた。膨大な絵画・版画・日記などは、彼の遺言に基づいてオスロ市に寄贈され、生誕100年となる1963年にムンク美術館が誕生した。ムンクの作品群はムンク美術館やオスロ国立美術館など、その大部分が母国ノルウェーに所蔵されている。goo NOWONから抜粋 一番有名な作品はこの「叫び」ですかね。1893年 「カール・ヨハン通りの夕べ」1892年 「マドンナ」1894-5年 「吸血鬼」1893-94年 「森へ」1915年 「接吻」1897年 沢山の作品と共に、ムンクの人生や想いが描かれていました。 あっという間に終わってしまいました。とても見ごたえありました。 ムンクが好きな方には、是非オススメのDVDです。
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