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何もな〜い村でしょ〜 カンボジアに滞在中にアップできればと思って作った書庫ですが、結局できなかったです。 電気が通ってない村にいたので、町まで出ないとインターネットできないし、そこでも超スローなのでとてもとても重たいブログを覗けることは不可能でした。 ↓は、旅人がカンボジアに発つ前の記事です。今読むと笑っちゃうさ、ふふふ。恥ずかし。 http://blogs.yahoo.co.jp/the_same_on_the_earth/22138947.html 一気にいろいろ書くと読むの嫌になると思うので、ちょっとずつ書いていきます。 とりあえず、私が参加したNGOが支援している孤児施設の説明です。 【滞在期間】 1月20日〜3月17日 【滞在先】 カンボジアこどもの家(C.C.HOME) ・タイのアランヤプラテートとの国境の町、ポイペトから20分くらい車かバイクで走らせた所にある電気も通ってな いような村です。名前はトゥールボンロー。もちろん、村にいる外人は私たち支援者のみです。 ・水道設備もないので、水は2,3日に1度、貯水池から大きなタンクにくみ上げてきて、炊事&シャワーに使い、 敷地内には井戸が1つあるので、そこで洗濯などをします。カンボジア人たちは1日中そこで水浴びをします。 ・電気は日没後〜10時のみ近所のカラオケ屋から買っているので、その他の時間は電気なしです。 ・食事は、カンボジアスタッフが作ってくれます。朝食は7時、昼食11時半、夕食は6時〜6時半からです。
毎日、カンボジア料理でとても美味しかったです。
・現地には、カンボジア語の話せる日本人スタッフが2人(女性)いました。 ・部屋は日本人スタッフ同様、自分の部屋(3畳くらい)がありましたが、何しろ隙間だらけ、天井も穴だらけ、部屋 意外は壁なしのトタン小屋様なので毎日24時間アウトドア生活です。いつもトカゲ、トッケ(でかいトカゲ)、 ねずみ、鳥、いろんな虫たちと一緒に暮らしてたので寂しくなかったです。 参加したきっかけ、NGOの詳しい説明はまた次回へ。
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カンボジア綴り in 2006
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最初に書かれているアランヤプラテートのカンボジアキャンプ(ロンノル系)を取材しました。取材許可なしで現地まで来たので、2日ねばって司令官に頼んだらやっと許可をくれました。そういえば、国境ゲートまで行き撮影しようとしたら、銃を突きつけられましたね。このとき熱くて持っていたニコン(黒)が持てなくなって放り出したことを思い出しました(笑)。
2006/5/19(金) 午前 9:25 [ - ]
取材されてたんですね。きっとその時とは全く違って今は欧米人旅行客の多い人気越境ポイントになってます。毎年ここを通る旅行客が増えているそうです。あとでも記事にしたいですが、去年4月に通った時はこのポイントには物乞いの子ども達がたくさんいたんですが、最近になってめっきりいなくなり、今ほとんどゼロの状態なんです。一番に気づいた事でした。カンボジアの観光協会と国か何かが観光客を集めようと、ポイペトの治安向上を目指しているみたいですが、「あの子どもたち(恐らく孤児)はいったいこの短期間でどこへ行ったのだろう?」 ナゾです。恐らく。。。。。
2006/5/19(金) 午前 11:19
線路だけは繋がっていましたが、当時西側の人間が来れる最後の場所がアランヤプラテートでした。竹内さんが単独潜行してポルポト派に捕まったのも、そことポイペトの間でした。彼は薬を持っていたのと、ラオス語とフランス語がしゃべれたので将校と交渉して生き延びました。それでバンコクに出てきて私と某通信社の支局で初めて会いました。不思議なことに会ったとたん意気投合して、それ以来の友人です。アランヤには色々な想い出があります。
2006/5/19(金) 午後 3:46 [ - ]
それから10年後、ジャングルに入ったのもアランヤの近くからでした。そこはポルポト派の拠点でした。映画「キリングフィールド」には出てきませんが、最後の西側ジャーナリストが開放されて出てきたのもアランヤでした。それが紹介した(実際は会っていただくことが出来なかったですが)日本人カメラマンです。
2006/5/19(金) 午後 3:53 [ - ]
本当に何も無いところですね。電気が通っていて、いつでも買い物ができる日本に住んでいる人間にとってみると、価値観の転換を迫られるだろうね。↑fbinさんのコメントもすごいね。
2006/5/19(金) 午後 10:11
ルームメイトがいっぱいいたんだ〜^^;。旅人さんすごい!こういうこと、私も1度は経験したいと思いながらなかなか出来ないので、だからこそすごいなぁって思います。少しずつのアップ、楽しみにしてますね♪
2006/5/19(金) 午後 11:16
fbinさん>そうだったんですね。そういえば私がいた村の近くの村(国境近く)は、以前ポルポトの隠れ場所だったって言ってました。でも今は地雷も撤去され、村ができ、学校がNGOにより建たれてました。fbinさんが潜んでた頃のカンボジアってどうだったんだろ〜。写真見たいな〜(笑)。
2006/5/20(土) 午前 0:54
百珍さん>人間って、何もなければないでどうにでも生活できるんだって思いましたよ。2ヶ月間、お水シャワーだったので、お湯シャワー浴びた時は「人生で最高のシャワーだ。」ってかなり感動しました。「キャンドルナイト」をしてみては? 夜電気をつけずにキャンドルで過ごすのも素敵です。でも子育てでそれどころじゃないですよね(笑)。
2006/5/20(土) 午前 0:58
tamamimさん>はい、ルームメイトたくさんでした(笑)。幼い頃はハエや蚊でも逃げ回ってたのに、それがいつからか、こんなにたくましくなりました。tamamimさんもきっと何とかなりますよ!
2006/5/20(土) 午前 1:03
当時はベトナム戦争に目がいっていましたが、ポルポト派の残虐行為は許せないと思っていました。しかし戦後その実態が明らかになるにつれて文明を破壊する事だとわかってとても驚きました。
2006/7/30(日) 午前 10:32 [ - ]