国境なき旅人

今日久々に旅記事書いてみました!

カンボジア綴り in 2006

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ランドマイン・モニター報告2004 (2003.5〜2004.5) より抜粋

●現在の埋められている地雷の数:推定600万個 (国民2人にほぼ1個)


●地雷・不発弾の死傷者:5,128人 (1999年〜2004年8月)
 死傷率は年々低下しているが、2004年の最初の8ヶ月で既に1日3人の死傷率
    1996年:12人/日
    1999年:3人/日
    2000〜2003年:2人/日


●地雷・不発弾死傷者:772人 (97%:一般市民) (2003年) 
 死亡者:115人 
 負傷者:657人 (20%:四肢切断を必要とした)
 男性:57%  
 女性:6% 
 子供:37% (このうち80%:不発弾で死亡または負傷)
 地雷死傷者:47%
 不発弾死傷者:53% 


●地雷被害の大半は、以下のような日常生活のなかで起きています。
 農場、放牧、新しい土地整備、漁、食物、木材収集:51%
 移動中:31%
    ※また地雷の存在は、家、農場、牧場、水源地、森林、学校、ダム、市場、事業、診療所、寺、
      橋、そして隣村へのアクセスをも困難にします。


《歴史》
地雷は最初、1960年中期、カンボジアがインドシナ戦争に引き込まれた時に埋められました。
1974〜1979年、民主主義カンプチア政権時代、クメール・ルージュ軍は軍事目的と市民人口をコントロールする道具として大規模に使いました。地雷使用は、クメール・ルージュ軍崩壊を後に続いた市民戦争でもさらに多くなり、1990年代まで続きました。1984年後期には、国境を閉ざすために南西沿岸からタイ、ラオスとの国境までの700キロ・メートル地帯に、「K5」 として知られる地雷ベルト (2〜300万個の地雷) が作られました。

※現在では、鋼鉄を集めて売るとお金になるので、地雷がまだ埋められている地域に鋼鉄を探しに行く人々が増えて
おり、それと同時に地雷による死傷者が増加しています。


《地雷生存者の状況》
地雷被害により障害を持つ人の大半は最も貧しい人たち。半分近くの人が貧困線以下の暮らしをしています。身体的に困難な地雷生存者は田舎の村に住んだり、観光地や大都市で集団となって暮らし、生計を立てようと苦闘しています。また地雷被害にあった時、病院に運ばれるまでの平均時間は12時間で、24時間以上要するケースは全被害者の200%に及びます。また治療サービスは可能ですが、経済的理由でケアを受けられない人もいます。治療にかかる費用は明らかにその家族を破産に追い込みます。地雷生存者のために、国際的または地方のNGO団体が特別な地域サービスを提供しているところもあります。


※義足のコスト:100〜150$
          子供:半年に1回の交換必要
         大人:2年に1回の交換必要

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地雷除去は緊急に行うべきですね。子供の被害者が30%以上いるのはとても痛ましい事です。日本も援助をしていると思いますが、もっと増やす事が大切ですね。

2006/7/30(日) 午前 10:16 [ - ]


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