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僕はその日ベルナー・オーバーランドと呼ばれる、スイスアルプスを一人で歩いていた。
インターラ−ケンという美しい湖にはさまれた町に滞在してから3日目。
どれだけ登山列車に乗って回っても真っ白な雲の中だった景色が、
この日は晴天でとてつもない絶景にそれは変容していた。
今日しかない。
ガイドブックに載っていたハイキングコースをどうしても歩きたくて、
誰も降りない標高2500メートルくらいの駅で一人降りてみたわけだ。
革靴とGパン、Tシャツという格好で。
春先で、雪がまだ残っている。
駅から少し歩くとコースの標識らしきものが立っているが、黄色いロープが張られていた。
。。。
ま、折角ここまで来たんだからと、
運命のロープをまたいだ。
それが長い長い一日の始まりだった。
雪面なので道はまったく見えない。
でも前に歩いたらしき人の足跡がある。
とりあえずそれしか頼りはない。
その足跡に自分のを合わせるようにして僕は黙々と進む。
だいたい1時間半くらいでロープウェイの出てる駅にたどりつけるのだ。
足元に集中していたため、気づかなかったがふと見上げると
アイガーやユングフラウという氷河に覆われた4000メートル級の山々に取り囲まれている。
驚異的で、美しすぎて、言葉にならないくらいの景色が目前に広がっている。
360度見回して山と自分しかいないのだ。
この景色を一生見ていたい。このままずっと独り占めにしていたい。
ここは黄泉の国なのかなあ。
そう思った。
だんだん道は険しくなる。
幅1メートルもない雪で覆われた断崖を渡る。
「落ち着こう。落ち着こう。」
慎重に慎重に足場を見極める。もうGパンもひざまでぐちゃぐちゃ。
はるかかなたで雪崩が見える。バキバキッという轟音と共に。ここじゃなかったらいいや。もう。
雪で照り返される強烈な陽が肌を焼く。
上半身裸になって、なんだかもうやけっぱちだった。
結局3時間くらい歩いてどうやら目的地らしい
さびれた建物を発見した。人の気配は全くない。
「ロープウェイ休業中。。。」
今来た道を戻るのは真っ平だ。
途方にくれて適当に歩きだす。とにかく「下山」できる道を探して。
* * *
地の底までうねっていくような一本道のはるか彼方に田園がかすかに見えた。
* * *
ふもとの町グリンデルワルトに到着したのは夕方5時。
朝、登山列車を降りて7時間後だった。
もちろん何も食べず飲まずに延々と歩いて。
天気が変わったり、遅くなって夜になってたりしてたら。
今から思うとぞっとする。
行き先も別に誰に言ってるわけではないから、
何千年か後に、すっかり温暖化で解けた氷河からきれいに残った僕が発見されているかもしれない。
そしてどっかの博物館かに1990年代に生きた人間の標本として見世物にされているにちがいない。
実は生と死の境にいた日。
あのときなぜかおそろしいほど楽観的だったんだけど、
死ぬ時というのはああいう日のことを言うのだろう。
そう、僕はすでに一度「黄泉の国」を見てるのだ。
そこまでして見た、僕が独り占めできた光景は今も僕の胸の中に溶け込んだままだ。
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こういう恐怖って、何ともいえない深さがありますね。私は真夜中に誰もいない海で泳いだ時などに、ふと感じたことがあります。
2006/9/19(火) 午前 7:20 [ zz ]
早くレイキの尊師になってタダでいっぱい教えてもらいたいZZさん、真夜中の海は勇気要りますねえ。根性試し第2弾やってみようかなあ(笑)。
2006/9/19(火) 午前 9:57
あら??今日はコメントの返信の方法がいつもと違う趣向ですか?面白いですね。(^.^)
2006/9/19(火) 午後 9:52 [ hiromi21cen ]
なんだか私の周りにお花が咲き乱れて、お花が舞っているようなタイトルをつけていただき、ありがとうございました!結構、それぞれのタイトル、受けました(笑)
2006/9/19(火) 午後 10:58
↑ほんとだ!なんか凝ってますねぇ☆すてきな枕詞、ありがとうございます。
2006/9/20(水) 午前 2:10
写真の景色とても綺麗ですね〜こんな景色に吸い込まれるように、ついつい入っていってしまったんですね(^_^;)でも、ホント一歩間違えば遭難していたと思うとゾッとしますね。私も川で泳いでいた時に、流れに足を取られそうになって何とか流されずに済んだんですが、後々恐怖を感じた事があります(・。・;
2006/9/20(水) 午後 7:47 [ ソフィー ]
芸術肌のソフィーさん、そうですね。すばらしい天気と景色とが僕を狂わすように危険な旅に連れて行きましたね。でもまた再び訪れてみたいんですよ。
2006/9/20(水) 午後 8:55
読んでいながら鳥肌が立つほどゾクゾクしました。その時のさざんくろすさんの気持ち想像を絶しますが貴重な経験が出来た今は良い思い出かもしれませんね。
2006/9/23(土) 午前 9:17
調理されるじゃじゃ馬娘様の母、argentinizada2004 さん。僕も書いててぞくぞくしました(笑)。これ当時も日本帰って友達に話して怒られましたねえ。危ないからって。
2006/9/23(土) 午後 1:41
山の美しい魔力に誘われて・・でもw危ないですよw 気持ちは分からないことはないですけど・・まさに魔力・・
2006/9/25(月) 午前 9:37
いつもそのギリシャ話に魅せられてしまうあてねつるさん、危なかったですねー(笑)。魔力というかあんな魔力ならかけられてもいいかな。
2006/9/25(月) 午後 9:32
本当によく生還してこられましたね〜!こういう時の精神って一種のハイ状態で恐怖を感じないのかもしれないですね。いや〜、貴重な体験だわ!
2006/9/26(火) 午前 9:42 [ emi**i ]
バニラの香りのするみんぴさん、そうですね。めちゃくちゃハイでした。まあスイスで死ねるなら本望ですけどね(笑)。
2006/9/26(火) 午後 11:08
HIROMIさん、LILYさん、ままデえりすさん、こちらこそ。まさかこんなに褒められるとは思いませんでした(笑)。月一回くらいでシリーズ化しようかな。
2006/9/26(火) 午後 11:44
はじめまして、カイザーといいます。おいらもTBにあるようにいったことあります。2500mっていうと、ユングフラウとクライシャイデック(klein Scheidegg(2061m))駅の中間ぐらいですね。後者は駅がホテルでもあるので、泊まれたんですよ(今更ですが)。山は天候変わりやすいので、雪が本格的に降ったり、吹雪いたらアウトでしたね。過去のアイガー等登山者達が「まだ、こっちに来るな」って教えてくれたのかもしれないですね。
2006/9/29(金) 午前 1:05
カイザーさん、その日は文句の言えないほど晴天で天候が変わるとは全く想像できなかったですね。本当今だからこそ言える話です。
2006/9/29(金) 午後 10:23
一体どこの駅で登山列車を降りたんでしょうか・・・・そこからグリンデルワルトって相当の距離ですよね。先月新聞でマッターホルン近辺でで雪解けと共に出てきた日本人女性の写真が新聞に出てました。あ〜、さざんくろしさん無事でよかった。でもアイガーやユングフラウを独り占めできたなんて、最高ですね!羨ましい。
2006/12/8(金) 午前 6:20
むさこさん。名前忘れたんだよねえ。まあ僕以外誰も降りてないマイナーな駅だったことは確か。へえ、雪解けで出てくるのってやっぱりあるんですね。まああの景色はあそこにもう一度行かない限り超えられるものはないでしょうね。
2006/12/9(土) 午後 10:45
どきどきしながら読んでしまいました。私もこのあたりのどこかの駅から、歩いて近くの町へ行ったことがあるのですが、平坦ななだらかな道だったにもかかわらず、積もる雪道を歩くのは怖かったのです。
よく無事に戻られましたね!よかったです!でも見られた景色はきれいだったんでしょうね^^。いいなぁ!
2007/7/10(火) 午後 5:12
tamamimさん、
何事も正負の法則で危険な目をしたからこそ、あれだけの景色が見れたんだと思います。あの時の感動は一生ものですからね。
2007/7/11(水) 午前 10:41