グレイハウンドバス&ヒッチハイク

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グレイハウンドバス&ヒッチハイク

ソルトレークシティまでのチケットを買い バスに乗りこみました。

ユタ州ソルトレークシティまでは、ネバダ州を横断することになります。
景色もいままでとはまったく変わりどこまでも大平原が続きました。
映画で見たことのあるアメリカの風景そのものです。

バスは2,3時間に一度は 小さな町のバスターミナルに止まります。
そのたびに乗客も何人か入れ替わるので、座る席もかわります。
繰り返しているうちに顔見知りになり友達ができました。

テリーと言う女の子は白人で22歳、ネブラスカ州オマハの出身。
レノのカジノで働いてお金を貯めたのだがギャンブルですべてを失い、故郷に帰るとのこと。

ジョンは白人で24歳 ベトナムから帰り,
軍をはなれて故郷のカンサス州のある小さな町へ向かうところでした。
出発してからずっと一緒だったので3人でよく話すようになりました。

テリーはあまり気が向かないがしかたなく故郷へ帰るということ、
ジョンはもっと深刻でバスが止まるたびに家族へ電話をしていました。

帰るべきか やめるべきか 彼はずっと悩んでいたようです。

テリーとジョンは 恋人同士のようにも見えるのですが、
ときにはテリーは私の隣に座り腕をくみ眠ることもありました。

不思議な気持ちになりましたが、アメリカでは男も女も同じポジションであり 
おたがいをしっかり認め合うのだということを学びました。

バスの旅はまだ始まったばかりです。

つづく、

see you!

グレイハウンドバス&ヒッチハイク

当時の若者達がよく使う言葉がありました。
PEACE,TAKE IT EASY,FREE,などです、

目と目が合えば、Pease! 別れる時には、Take it Easy!
と言うのはあたりまえでした。

そのほかにも汚い言い方が沢山ありましたが、ここではやめておきます。

バスターミナルは、移動する若者達のステーションです。

当時、ヨーロッパ、アメリカで多くの若者が旅にでました。
ベトナムから帰った兵士たちは、生きる場所を求めて旅にでました。

彼らを送りだした故郷では こころよく受け入れてくれることはなかったようです。
ドラッグに溺れたり、戦地でありとあらゆることを体験した者と、
そうでない人達とでは価値観がかみあわなかったのでしょう。

旅にでることによって、自分を見つめなおし、
国のため故郷のために命を捧げたこととは、なんだったのだろうか?

自分はどこへ行けば良いのか?と悩んでいる者達がバスターミナルへ集まってきます。

ここには、体を休める大きなイスと、安全なロッカー、
ひろいレストルームなどがあり、24時間あたたかいお湯がつかえるのです。

昼間は人々でごったがえしていても 夜になると静かになり 
いい場所を確保して眠ることも出来ました。

YMCAや 探せば安宿もあるのですが、
いろいろな問題がありました。とくにYMCAはホモの人達が
多く滞在していてなかなか泊まるのはむずかし環境でした。

つづく、

see you!

グレイハウンドバス&ヒッチハイク

カリフォルニア州サクラメンテは東西、南北を結ぶ道路の交差する町です。
北はシアトル、ポートランド 南はロスアンジェルス、サンディエゴ、
東はシェラ、ネバダの山々を越えて、ソルトレイクシティへと続いています。

そのためフリーウエイの出入り口付近には、朝早くから行き先を書いたボードを持った、
ヒッチハイクをする若者達が立ち並んでいます。

当時ヒッチハイクは全米で大流行し 多くの若者達を中心に普通におこなわれていました。

ある日 ピートの友人がサンディエゴから古いフォードのバンに乗って尋ねて来ました。

彼もミュージシャンでネバダ州レノへ向かう途中に立ち寄ったとのこと、
数日一緒に過ごすうちにレノまで乗せてくれることになりました。

またかならず帰って来ると約束し 
みんなのアメリカ中にいる友人の住所録をプレゼントにもらって、また旅にでました。

レノ市は ラスベガスとならんでカジノがあり合法的にギャンブルが出来る町です。
ラスベガスのような派手さはありませんが多くの人で町はにぎわっていました。

ダウンタウンのバスターミナルで車を降りると、もうあたりは薄暗くなり始めていて 
今夜はターミナルで過ごすことにしました。

つづく、

see you!

グレイハウンド&ヒッチハイク

一緒に生活を始めた7人はミュージシャンなのです。

28歳のピートはギター、26歳のトムはベース、22歳のエドはキーボード、
フランクはドラムス、ジェーンとマリーはボーカル、エミーはパーカッション、
それぞれ彼らの演奏はプロ級なのです。

全員そろってのプレイは週1度か2度程度、
いつもそれぞれバラバラに演奏していました。

ピートはカントリー、トムはジャズ、エドはラテン、
フランクはR&B,ジェーンはフォーク、マリーはロック、
エミーはボサノバと言うように好きなミュージックもまたバラバラなのです。

そんな彼らは、一人一人を認め合い、理解し、
尊敬し一緒に生活できることに感謝もし喜びも悲しみも分かち合って生活しています。
日本ではとても考えられないことでした。

年齢も出身地も育った環境も性も違う人達が、
それぞれの悩み、苦しみ、喜び、人生についてすべてをよく話し合います。
一人一人の話をよく聞き率直に自分の意見をハッキリと言う、
このような環境は初めて体験することでした。

自分の考え方をしっかり持っていないと、話の中に入れません。
今まで日本で何をしていたんだろう、ただだまって見ているだけの自分が情けなく感じました。

一緒に生活するということは、調子のよいことを言っていたり、
その場だけの意見を言っていたのでは通用しません、
本音で意見をぶつけ合わなければ生活は出来ないのです。

ジェーンが歌い、マリーがハモる、トムがベースでそれに続く、
すばらしい時間が流れて行きます。

ここは天国のようです、アメリカが大好きになりました。

みんなはここにいることをすすめてくれます。
しかしみんなとしっかり話しが出来るようになるためにも
もっともっと自分をみがかなければなりません

そろそろまた旅を続ける時がきました。

つづく、

see you!

グレイハウンドバス&ヒッチハイク

お店の入り口左右にショウウインドウがあり、
道具や服があふれるほどにディスプレイされています。

中はいつも人であふれていて、
見るもの触るもの日本では考えられないほど珍しい物ばかりでした。

フィールドジャケットなどは、軍関係のものからアウトドアースポーツ関係の物まで何種類もあり、
使う用途 機能により細かに分けられておいてあります。

アメリカは物であふれています、
しかしこの時代は安くて丈夫でしっかりした物が多くの若者達によって
見直され新しいファッシヨンが生まれたのだと思います。

再びバスに乗りベイブリッジを渡り
オークランドからサクラメントへ到着しました。

バスの中で友達になった黒人のフランクはとても頭のいい奴でした。
一人で旅をしていることを心配してくれ泊まるところもないのならと
彼の生活するコミューンへ来いと誘われました。

ターミナルへ彼の友人が迎えに来ていて紹介され、
車で30分ほど走った郊外の一軒家が彼らのコミューンでした。
そこには男性4人、女性3人が一緒に生活していました。

男性はみなロングヘアーで、年は21歳から28歳 
白人2人と南米から来たエドそれにフランク、
女性は白人2人とメキシコ人のエミー、全員ヒッピー風のとてもフレンドリーな人達でした。

朝、早く起き3台の車に分かれてお金を稼ぎに町へ行きます、
自分達で作ったアクセサリー、小物類を積み込みそれぞれ分かれた場所で
道行く人に売るのです。

フランクと私は2人で組んでタウン新聞を積み街角で売るのです。

このことでいろいろな人を観察することが出来、アメリカ社会を知ることができました。

つづく、、、

see you!

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