オン ザ ロードアゲイン

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オン ザ ロードアゲイン、

ペンシルベニア州は深い森と、美しい川緑に包まれた山々に囲まれ大自然に恵まれたところです
全体がナショナルパークのようで、どこをドライブしていても、いつも大自然の中にいて
マイナスイオンをたっぷりと浴びストレスから開放されてナチュラルな気持ちになります。

ペンシルベニア州とニューヨーク州との境に近いところにブラッドフォードの町があります
この町は、アメリカンスピリッツに火を点けたあのジッポのライターの誕生したところであり、
本社とメイン工場が置かれている町なのです。

ジッポ本社で、副社長のウイリアム・ジョーンズ氏と役員のネルソン.グァルト氏が
笑顔で迎えてくれました

ウイリアム副社長は、明るい性格でいつもにこにこしていてジッポ以外の話のほうが多かったのですが
彼は、「とてもシンプルな作りをしていますが、そのシンプルさからは想像もつかない、多くの人手と、工程を経て送り出されているのです。だからこそ、完全保障サービスも行えるのです。」と日本のお客様へ伝えて下さいと言いました。





1932年、オイルカンパニーを経営していたジョージ・ブライスデルは
オーストリア製のライターにヒントを得て、ボイルストン通りにあるガレージの2階を借り、
6人の従業員とともに初めてライターの制作を始めました。

友人が、当時テイラージッパーなる会社をはじめていたので、その名前をもじって、
ジッポと名付けオープン記念として制作した25個のライターは、無料で配られました
ところがその中の1個が、故障してしまい、それをすぐに引き取って修理して返却したのです。

そのときに、ジョージは、「ジッポは、完全保障をする。」というポリシーを打ちたてました
開業当初の1カ月間に、82個のライターを売り、62ドル15セントの売り上げをあげました
しかしライターを扱う店がなかったため、バスターミナルでの販売を開始しました。

1934年タバコショップを中心とした販売戦略も開始、1936年には、セールスマンコンテストの
賞品として200個のライターに初めて名を彫り込んで販売 これが話題となりケンデル石油会社から
同様の注文500個が入り 以後ビジネスとして名を彫る事を開始しました。

1938年には、36バーボアストリートの広い倉庫を借り、工場とオフィスを移転しました
第2次大戦当時は多くの軍人が愛用したため、会社は大きく成長しカバーの材料の真鍮が、
品不足でスチールで代用したそうです。

アーニー.パイルがジッポを雑誌や新聞記事に書いたことにより、知名度も増し注文も増えました
1950年、セールスマン販売方法を確立、こうしてジッポは、1985年、全米に1800人の
セールスマンを抱える、大企業に成長したのです。



つづく、
see you!

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WOOLRICH(ウールリッチ)


ウイリアムスポートから、サスクハナリバーに沿ってルート220を約1時間ほど西へ進むと、
右手の畑の中にWOOLRICH社への案内板が見えました 標識に従い北に進路を変え、
細い田舎道を30分ほど行くと、WOOLRICHタウンです。

WOOLRICH郵便局が見えたらその右手,奥に広がる森の中にWOOLRICH本社とメイン工場がありました
森の中にWOOLRICH,STORE.と書かれた建物がありここはアウトレット、ストアーです
工場で作られる製品の中でエラーがあるものを集め社員や町の人に安く売られていました。

1985年、WOOLRICHはここの工場の他にペンシルベニア州の中に4カ所、コロラド州に2カ所、
ネブラスカ州とワシントン州に1カ所ずつ工場を持っています。

WOOLRICH社の歴史は、1811年イングランドから移民として25歳のジョン.リッチ青年が
フィラデルフィアへ移住してきたことから始まります 街での生活に馴染めなかったジョンは
深い森に囲まれたペンシルベニア州の奥深くに移り住みました。



彼は小屋を建て、イングランドで身に着けた織物業を始め 
小屋には「織物業は、素晴らしくそして永遠」と書きこみました。

1830年、彼とパートナーはペンシルベニア州ブラムハムに3階建ての織物工場を建設しました
ハンターや西へ向かう開拓者達にとって、ウール製品は無くてはならないものであったので、
商品は飛ぶように売れました。

1845年には、約1.5マイル離れた現在の場所に移転し WOOLRICHと呼ばれる町になりました
1830年から、60年間はブランケット、ウール布地、ソックスが主力商品でした
1890年に、社名をジョン.リッチ&ブラザーズと名づけ、ウールのスラックス、シャツ、
ジャケット、などを製品化しました

第1次大戦当時は、軍隊のためのブランケットやコートを作りました 
1936年探検家ジム.ウィテカーはWOOLRICHの服をきてエベレストを登頂し、
1939年と1940年には、探検家リチャード.ビヤードがWOOLRICHの製品を着て南極へ行きました。

第2次大戦後、何度か経営の危機がありましたが、クオリティのしっかりした
製品を作り続けると言う、基本方針を貫き通しました。




つづく、
see you!

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オン ザ ロードアゲイン、

Little League Museum(リトルリーグ・タウン)



ウイリアムスポートで忘れてはならない事がもう一つあります
ウイリアムスポートはリトルリーグの聖地です リトルリーグとは1939年に
USAのベースボール100周年を記念して始まりました。

1952年ピーター.マクガバン氏を責任者としてウイリアムスポートに本拠地を置くことが決まりました
「リトルリーグは人類の最も貴重な財産である」という言葉をスローガンに野球の技術だけではなく
精神的な事に力を入れて指導に当たり、人生のうちの45年間をリトルリーグの発展に捧げました。

現在のリトルリーグ・インターナショナル博物館は1979年に建てられたものです
リトルリーグ・インターナショナル…ヘッドクォーターはルート15を北上して
ウイリアムスバーグに入る、サスクハナリバーにかかる橋の手前右手の広大な土地にあります。

ここには、リトルリーグ世界大会を開催する立派なスタジアムも併設されていました
1985年には、世界27ヵ国の6歳から18歳までの若者達250万人が参加するまでの
組織に成長しました。



つづく、
see you!

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Williamsport(ウイリアムスポート


セリンスグローブを出発して、緑に包まれた美しい景色を眺めながら
ルート15を約3時間ほど北上すると、突然道幅が広がりフリーウエイのような道路になる
インターステイト80が、東西に走りルート15は南北に走っているので交差する地点なのです。

ここを過ぎジグザグを刻む山道に入り、緑が深まる自然公園のようなエリアを走ります
約2時間ほどはしると小さな見晴台がありました 車を止め眼下に視線を移すと、誰もが一瞬、
息をのみ そしてしばらくの沈黙「こんな山奥に、こんなにも美しい町が」とつぶやきます。

緑のじゅうたんの中を流れる一本の川、四方を山々がやさしく包み込んでいます
ペンシルベニア州のほぼ中央に位置する、ウイリアムスポートの町なのです 町は川に沿って
展開していて公園の中に家々が点在しているように見えました

この地域は、1830年頃から西へ向かう開拓者達のルートになっていたそうです
しかし気象条件にも恵まれたこの地域を好みここに根をおろし生活を始める人達もいました
そして川沿いにいくつかの町が形成されていったのです。

1800年代後半には、木材産業の隆盛によって、町は賑わいをみせたのですが、
良き時代はそう長くは続かづに 木材産業の衰退とともに波が引くように町から活気が失われました

このあたり一帯が再び注目されるようになったのは、学術的に重要な発見がなされたからです
この地で、原アメリカ人の遺跡が発見され、そのことは北米大陸の歴史を調べる上で、
エポックを画する出来事であったのです。



1960年頃からは、町の観光局が中心となり、地域住民と一緒に新しいリゾートとして
町造りに力を入れ その一つに蒸気船ハエワタ号の復活がありました1901年インディアンの
名にちなんだ蒸気船ハエワタ号がサスクハナリバーを走り始めたのです

しかし1914年の寒波襲来のさいに凍った川で船体を破損しわずか13年で運行をやめたそうです
1981年、オーエン.スタイン氏は、その船の再現を企画し観光局に提案しこの案は住民の賛成を
得て12月15日に正式に認められたのです。

エンジニアであったスタイン氏は独力で船の制作を進め、ボランティアですべてを行い、
このプロジェクトに情熱を傾け1982年8月17日ハエワタ号は再びその雄姿を
川面に映すことになったのでした

「サスクハナ川は、四季によって変化する美しい川です アメリカの美しい川ベスト3に
入るでしょう 日本からも、多くの人々にここを訪れて欲しいですね」と
スタイン氏は話してくれました。



つづく、
see you!

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オン ザ ロードアゲイン、

susquehanna River(サスクハナ川)


ヨークから、ペンシルベニア州のほぼ中央に位置するハリスバーグへ出て、
そこからサスクハナリバーに沿ってルート11を北上して行くとスコットランド地方を
彷彿させる風景が続きます

ルート11は、森の中を走っていて暗くなるとヘッドライトの明かりに
吸い寄せられるように動物達が車の前を突っ切るのです 車に轢かれた動物の死骸が
道路のあちこちに散らばっていて、それはすごい数でした。

ほとんどの死骸は、川から上がってきたビーバーです ヘッドライトを消すと、
真っ暗闇の世界で月明かりもまわりの木々にさえぎられて何も見えません 空を見上げると
すごい数の星が溢れてこぼれ落ちてきそうなぐらい輝いていました。

ハリスバーグから約1時間半ほど走ると、セリンスグローブと言う町の明かりが見えてきます
この町は東側にサスクハナリバー、西側の丘の上にはサスクハナ大学のレンガ造りの校舎が
建ち並ぶ美しいキャンパスシティです。

この大学は、ルーテル教会の大学として1858年に設立されたそうです。
185エーカーの敷地に44の建物が点在し、1500名ほどの学生が寮生活を送りながら、
学問だけではなく、人間として基本的に守るべきルール、社会人になるためのコモンセンスという、
生活全般にわたる様々な事柄を学んでいるとの事でした。



町はずれに、モーテルの明かりをみつけ、今夜はこの美しい町に宿を取ることにしました。

つづく、
see you!

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