オン ザ ロードアゲイン

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オン ザ ロードアゲイン、

SERO セロ シャツメーカー

ボストンからニューヨークへ向うと コネティカット州ニューヘブンの町にはいります
この町には、アイビーリーグの中でも最も古い歴史のある、イエール大学があります
この町からは完成されたトラディシュウエアーの多くが作りだされていました。

SERO SHIRTMAKERSもこの町で誕生しました
SEROとは1957年、シーモア.シュピローは自分の名前から、SEをとり、
妻のロザンナから ROを取って、SERO SHIRTMAKERSとなずけました。

質が良く、トラディショナルなスタイルをたもち続けることを
基本姿勢としたこのシャツはトラディショナルなスタイルを
愛する人達に支持されました。

取材は、マンハッタンのファションストリートにある SEROのオフィスで行いました
副社長の メル.ニューバガー氏は日本でもファンが増えることを期待していると
語ってくれたことが、忘れられません。




1957年、シーモア.シュピローは、父モーリス.シュピローの経営する、シャツメーカー(パーエックス,カンパニー)に入りました。オーダーメイドのシャツだけを生産していた会社の中で、彼はオリジナルブランドのシャツにこだわり、それを完成させたのです。
自分の名前から、SEをとり、妻のロザンナという名前から ROを取って、SERO SHIRTMAKERSと名づけました。。質が良く、トラディショナルなスタイルをたもち続けることを基本姿勢としたこのシャツは、トラディショナルなスタイルを愛する人達に支持されました。

つづく、
see you!

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オン ザ ロードアゲイン、

TOP-SIDER トップーサイダー

ボストンの街を東西に横切るチャールズリバーの北側は
ケンブリッジと呼ばれるエリアで学問の中心をなしています
その一角に、スペイリートップサイダー社は本社を構えていました。

ヨットマンであるポール.スペイリーがキャンバスオックスフォードに
彼の発明した独特のラバーソールを付けたシューズを
販売したのは1935年のことでした。

ペットにしていたテリア犬が氷の上を滑らずに歩くことにヒントを得て
独特の波型スリットを思いつき 甲板の上を滑らないで歩くための
デッキシューズを完成させました。

1940年にパテントを獲得したが、その後ユニロイヤル社に売却
その後 USAでも、日本でも人気を呼びましたが このような機能を
理解する人は少なくなってしまったようです。




ボストンの街を東西に横切るチャールズリバー。この川の南側にはビーコンヒル、バックベイという商工業の中心ダウンタウンが広がっている。これに対し北側はケンブリッジと呼ばれるエリアで学問の中心をなしている。
このケンブリッジにはアイビーリーグの雄、アメリカの政治、経済を動かす原動力と言われているハーバード大学や、最先端テクノロジーを研究、開発しているM.I.T マサチューセッツ工科大学などがある。
こんなケンブリッジの一角に、スペイリートップサイダー社は本社を構えている。
発明家でありヨットマンである、ポール.スペイリーがキャンバスオックスフォードに彼の発明した独特のラバーソールを付けた、シューズを販売したのは1935年のことである。
これがデッキシューズの代名詞と言われている スペイリートップサイダーの始まりであった。
彼が ペットにしていたテリア犬が氷の上を滑らずに歩くのにヒントを得て作られた、独特の波型スリットを持つソールは 甲板の上を滑らないで歩くためには最適であった。
まずソールで薄い膜になっている水の層を切ってしまう、ソールの接地面を大きくすることが滑らなくする重要なことであると考え、開発されたソールは接地面を確保し、波型でかつ直角に切れ込んだスリットで水の面を切ることが出来る。これがスペイリートップサイダーの特徴なのである。
1940年にパテントを獲得したが、その後ユニロイヤル社に売却した。
トップサイダー、の靴はアメリカでも、日本でも大人気を呼んだが、このような機能を理解する人は少なくなってしまったようだ。
スペイリー社を後にして、再びニューヨークへ向かうことにした。

つづく、
see you!

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オン ザ ロードアゲイン、


CONVERSE コンバース


ルート1を南下して ボストンの手前で西に進路を変え
約1時間ほど走ると、ウィルミントンという小さな町に入ります
ここは鉄道がとうり交通の要衝として栄えています。


この町はずれ、フォードハム.ロードに あのコンバース社の本社があります
深い森が続くその付近には、コンピューター会社が点在していますが
コンバース本社も森の中にあり 気をつけていないと通り過ぎてしまいそうです。

コンバース社での取材は、とても気持ちがよくフレンドリーに行なわれたことを
今でも思い出しますひろいロビーに記念のシューズがケースに入って
いくつも並んでいたのを時間を忘れて見入ってしまいました。

アメリカ社会は大きく変化しています しかしどのメーカーにも古き良き
伝統を伝えようとする気風が連綿と受け継がれているのを感じます Made in USAの
コンバースシューズがまた何時の日かよみがえる事を願ってやみません。






当時 世界最大のスポーツシューズメーカーは森の中に巨大な工場を持っていたのだった。
アメリカで最初に、プロスポーツ選手の名前を商品に入れたのはコンバース社の
スニーカー、オールスターである。



1950年代アメリカでは、バスケットボールに人気が集まり、
新しいプロスポーツとしても注目を浴びるようになっていた。
そこにチャック.テイラーというプレイヤーの名前が入ったバスケットシューズが登場したのである。



オールスターはプロバスケットボールの歴史なのである。
以後 コンバース社はあらゆるスタイルのスポーツシューズを送り出してきたのですが、
2005年、現在 アメリカ国内での生産を中止しているのです。



コンバース社での取材は、とても気持ちがよくフレンドリーに行なわれたことを今でも思い出します。
ひろいロビーに記念のシューズがケースに入っていくつも並んでいたのを
時間を忘れて見入ってしまいました。



確かにアメリカ社会は大きく変化して、その余波はアメリカングッズのメーカーにも、
押し寄せてきています。
しかしどのメーカーにも古き良き伝統を伝えようとする気風が連綿と受け継がれているのを感じます。
Made in USAのコンバースシューズがまた何時の日かよみがえる事を願ってやみません。



つづく、
see you!

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オン ザ ロードアゲイン、

ポートランドからルート1を1時間ほど北上するとフリーポートと呼ばれる地域にはいる。フリーウェイ95が平行して走るこの地域は バケーションと観光のディストネーションだが交通の便が非常に良くなったためか、静かな休息の場というよりも、ちょっとした観光地になってしまった。
何年か前のL.L.BEANは、森の中にぽつんと建つ スペシャリティなアウトドア愛好者のためのショップという雰囲気をもっていた。しかしこの時の L.L.BEANは以前に比べると驚くほどの変貌を遂げていた。
森の中の小さなお店だったのが、樹木が切り払われて建物も大きくなり、しかも周辺にはコールハン、バス、ラルフ.ローレン、クォーディといったお店が建ち並んで、まるで公園の中のショッピングタウンといった風情なのである。その中でどっしりとした風格がただよう L.L.BEANの建物の中は人があふれ、まるでデパートメントストアーのようであった。
フリーポートに住む人々は コマーシャリズムという言葉で L.L.BEANを表現した。またL.L.BEANで働く人達は L.L.BEANが非常に大きなビジネスになってしまった、昔のスタイルでは存続してはいけない、その為 変身せざるを得なかったと語ってくれた。
あまりの変わりように驚く人も多いだろうが、やはり L.L.BEANだと感じさせる部分は少なくない。伝統に支えられたハンティング、フィッシングに関する道具や小物類の種類が多いてんである。そして開店以来続く、年中無休、24時間営業、メールオーダーシステム、といった、L.L.BEANならではの特徴は、まったく変わっていなかった。
L.L.BEANは、1872年生まれの レオン.レオンウッド.ビーンによって創設された。彼はメイン州の過酷な自然のなかでガイドをしていたが、ある時、はいている靴の出来が悪かったため、足を痛めてしまった。そのため彼はガイド、ハンティングに最適な靴を考え、試行錯誤の末に メインハンティングシューズを 1912年に商品化した。
しかし 最初の注文100足のうち90足がゴムの剥がれなどにより返品されたのである。彼はそのすべてを完全修理し 送り返したのである。その良心的サービスが顧客の信用を得て、独自のダイレクトメール販売を確立。1924年には13万5000ドルを売り上げるまでに成長した。
彼の靴は、北極探検隊のマクミラン海軍大将に選ばれ一層有名になった。
1927年には衣料を加えたアウトドアー用品カタログを制作、カタログ販売は成功し、1937年には売り上げ100万ドルを超えた。
1951年、メイン州フリーポートにリテイルストアーを開き、1954年からは女性用品も加えた。
彼の顧客名簿には、フランクリン.ルーズベルト大統領、キャルビン.クーリッジ、テッド.ウイリアムズ、ジョン.ウエイン、などが名を連ねていた。レオン.レオンウッド.ビーン、は1967年、94歳で世を去ったが、長男のレオン.ゴーマン.ビーンが経営を引継ぎ、毎年確実にビジネスを拡大し続けている。
この取材を終えて、マスプロ化の流れ中でも 守り続けるポリシーがあるのだ、ということを強く感じました、、、、

つづく、
see you!

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オン ザ ロードアゲイン、


アメリカ北東部に位置する メイン、ニュウハンプシャー、マサチューセッツ、バーモント、ロードアイランド、コネティカット、の6州はイギリスから渡った開拓者によって開かれたニューイングランドと呼ばれる地方で、現在でも古いたたずまいの町並みがあちこちに残っている。このニューイングランドらしい都市のひとつにメイン州ポートランドがある。
ニューイングランドを代表する都市といえば、アメリカ建国の歴史を刻み,WASP(アングロサクソン系プロテスタント)の精神の故郷として知られるボストンが第一にあげられるが、ボストンのダウンタウンは大部分が新しい建物に建て替えられ、ニューイングランドの面影が失われつつある。
しかし ポートランドは町全体に植民地時代の面影を残し伝統を感じさせる、静かで落ち着いた町なのである。ポートランドと言う名はイギリスのドーセットシャー州ポートランドにちなんで名づけられたとのこと。古いレンガ造りの建物が港に面して並び、歩道にもレンガが敷かれていて、ヨーロッパの町ににた情緒が感じられる。
オールドタウンの一角には、古い建物の内部を改造した新しいお店なども見かけられ、古いだけでなく、古いものと新しいものとが不思議な調和を保つ、ユニークなエリアを構成している。
メイン州はバケーションランドと呼ばれるだけに、アウトドアライフを楽しみに訪れる人が多く、ポートランドも釣りやノスタルジーを求めて多くの観光客がおとづれる。
また港町だけにカキ、ハマグリ、ヒラメ、タラ、カニ、などシーフードは新鮮なものが味わえ、なかでもロブスターは特産としても有名で、わざわざロブスターだけを食べに訪れる人も多くいる。
さて つぎの取材はあのL.L.BEANへ向かうことに決まった。

つづく、

see you!

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