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ふたことみこと
昨日は似たような事件がふたつもおこった 意外とニュースになってなかった なんか悔しい 死亡事故って一年で約4,000件起こってる。 もしくは、もっと つまりのところ、1日10件以上起こってる ニュースを見てると、本当に稀に感じる死亡事故 意外と身近 自分たちは幸せだ。 一億人の集団のなかで、命を起こすことなく、さほど恐れることなく暮らしてる 幸せだ。 仮に60歳まで生き延びたとすると、 365×60×4,000×2÷100億 =0.01752 5,000/1 なぜ4,000×2なのかと言うと被害者プラス加害者、つまり二人と仮定しているからです 実際はもっと多くの人がなくなってるといわれます 死ぬことだけが不幸せじゃない。 自分への不幸が自分だけの不幸とは限らない また逆も 交通事故だけが不幸の原因とは限らない 実際のところ、凄くシビアな確率のなかで僕らは生きてる それをどうとらえるかはそれぞれだと思う もし神がいるなら、まるで競馬のように何かを賭して賽子を振ってるだけかもしれない とても賤しい考えだ。神を信じるかたが読んでいらっしゃったら、不快に思われるかもしれない しかし神は生き方と言うものをあなたたちに教えている、しかし何故に教えて下さっているのか なぜ畏れ多いのか、なぜ預言者しか会話がでないのか。 神がゲームをしてるんじゃないかな。 俺らが苦しむ姿を見たいとか、賭けに勝ちたいとか。 まるで狂人、でかい鳴き声。 なんとなく、つまり、自分らは意志を持った、非常に扱い憎いが、見返りはでかい、ハイリスクハイリターンのキャラクターで、たまたま神は先鋭パーティに選択した。 で、扱いずらいから賽子で適当に間引きをいれとく。 喜怒哀楽 喜びは人を停止させる 怒りは人を感情的にする 哀さは人を抑えつける 楽みは人を促す 全てを不均一に高低差もつけて、激しく動かすと、とても面白いことが起こると神が知って、適当な間引きをして遺族や加害者たちに深い悲しみを落とす ただ、今回は賽子の目が本当に悪かった。 まだ、未来の知れぬ小学生やまだ生まれ得ぬ命を早々と冥土に送ってしまったのはとても悔しい 悲しい でも彼女らの命を受け継いで、様々な浮き彫りなる問題を解決し、より一層の文化の発展への原動力にして欲しい。 加害者のほうもそうである。 償いとはとても曖昧なものだけど、一回り二回り強く生きて欲しい。 全ての人は本当に強くなれる為の力は備えている。 爆発させるのには様々な強弱の力が必要なだけ。 神はそれを知っている。 だから賽子を振るう。 まるで不幸を正当化しているようだが、不幸はなくてはならないものだから 不幸あっての幸せだから。 不幸は歓迎されるものじゃないけど大事な資産だ。 そうかんがえると、本当に僕らは幸せだ。 もう全てが幸せ。 誰かが命を削って作ったスマートホンを何も知らずにぬくぬくと使って、何日もかけてプログラムされたアプリで文字をうち、誰かが夜を徹して書いた本を片手に、非常に安全な場所で無防備に寝転がる。 幸せ極まりない。 代わりに人の多大な苦労を消費してる。 苦労を不幸とは一概に言えないけど、不幸という資産があつて、それを僕らは消費する。 それを幸せとするか、はたまた不幸とするか。 絶対幸せだと思う。 最後に、事故を受けた方々にお悔やみ申し上げます。 誤解を生んでしまう文章かもしれないですが、もうこれ以上、こんな悲惨な事故が起きないよう願っています。 文章を書くことに関して非常に初心者なので、いろいろ悪い表現になってるところがあるかもしれません どうか、ご容赦下さい。 ありがとうございました。 本当にすみません |
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