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四年生の長男は、学校でクラスの友達から嫌がらせをされたり、言葉で魂を傷つけられて帰ってくることがしばしばありました。
家で長男の話を聞き、自分自身を吟味し、みことばを霊にまき、みことばを握りしめて悪に対して善でうち勝つために相手を許し愛し、祝福する祈りを共にして、又学校に送り出す・・・を繰り返す毎日でした。
先日、学校の面談の時に担任の先生から、長男が学校での休憩時間に複数の友達に対して、「死ね!」と言ったという事を聞きました。私の肉はおどろき、「どうしてそんなことを言ったの?死ねっていう意味が分っているの?どんな理由があってもそれは人に対して絶対に言ったらいけない言葉なんだよ!」と長男を責めました。すると長男は「なんにも分らないんだよ!死ねの意味も分らないし、どうでもいいんだよ!」と取り乱して泣いていました。初めてそんな様子の長男を見て驚き、担任の先生と一緒にどうしてそんな事を言ってしまったのか、そこに至るまでの状況を丁寧に一つずつ聞いていきました。
すると「死ね」「どっかいっちまえ」の言葉は特定の子達からずっと言われ続けていた言葉であり、又長男にだけ都合の悪いように遊びのルールを変えられたりしており、それに対して長男はずっと耐えていたとの事、今回それが長男自身の中で限界に達し、遊びの中でイライラした時に思わず「死ね!」という言葉が出てしまったとのことでした。
この長男の「死ね!」という発言があったことで、そこに至るまでの友人関係が明らかになり、先生が「死ね!」と長男に言い続けて嫌がらせをしてきた子達に慎重に話を聞いていくこととなりました。
その翌日、長男から、自分が「死ね!」と言ってしまった友達に対して謝ることができ、その友達も長男が嫌がらせを受けている事はかわいそうだと思っていたから、これからはそんな事があったら嫌がらせをしている子に注意するね、と言ってくれたと報告をうけました。
又、「死ね!」と言い続けていた相手の子の親御さんからも謝罪の電話を頂き、子供たちも和解をすることができました。電話を下さった一人の親御さんからは「うちの子供は先生が入って止めてくれなければ分らなかったようです。」と言われました。続いて担任の先生から電話を頂きました。私は長男も自分の肉のものを刈り取って、嫌がらせを受けたのではないかと先生に確認しましたが、先生からは、子供たちによく話を聞いたところ、今回のことは長男には全く非が無かったという事を言って下さり、何週間もつらい思いをさせて申し訳ありませんでしたとの謝罪を受けました。
今回の事を通して、みことばを自分にまき、みことばにとどまって行う主の訓練と、イエス様が共におられ神のなさり方があるのだということを体験しました。
長男が頂いているみことばは、
『だれに対しても悪をもって悪に報いず、すべての人に対して善を図りなさい。あなたがたは、できる限りすべての人と平和に過ごしなさい。愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、「主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する」と書いてあるからである。むしろ、「もしあなたの敵が飢えるなら、彼に食わせ、かわくなら、彼に飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃えさかる炭火を積むことになるのである」。悪に負けてはいけない。かえって、善をもって悪に勝ちなさい。』(ローマ 12: 17-21)
『最後に言う。主にあって、その偉大な力によって、強くなりなさい。悪魔の策略に対抗して立ちうるために、神の武具で身を固めなさい。わたしたちの戦いは、血肉に対するものではなく、もろもろの支配と、権威と、やみの世の主権者、また天上にいる悪の霊に対する戦いである』(エペソ 6: 10-12)
『神のなされることは皆その時にかなって美しい』(伝道の書 3: 11a)
私が頂いているみことばは、
『まちがってはいけない、神は侮られるようなかたではない。人は自分のまいたものを、刈り取ることになる。すなわち、自分の肉にまく者は、肉から滅びを刈り取り、霊にまく者は、霊から永遠のいのちを刈り取るであろう。わたしたちは、善を行うことに、うみ疲れてはならない。たゆまないでいると、時が来れば刈り取るようになる。』(ガラテヤ 6: 7-9)
『悪をもって悪に報いず、悪口をもって悪口に報いず、かえって、祝福をもって報いなさい。あなたがたが召されたのは、祝福を受け継ぐためなのである。「いのちを愛し、さいわいな日々を過ごそうと願う人は、舌を制して悪を言わず、くちびるを閉じて偽りを語らず、悪を避けて善を行い、平和を求めてこれを追え。主の目は義人たちに注がれ、主の耳は彼らの祈にかたむく。しかし主の御顔は、悪を行う者に対して向かう」。』(Ⅰペテロ 3: 9-12)でした。
みことばにとどまって、悪に対して善で打ち勝つためには、どんな時も敵はサタン、サタンにつかわれている相手を血肉で見ることなく、許し愛し、祝福し通す。主の訓練はすべてイエス様の御手の中での訓練です。私達の全てを御存知のイエス様は、長男の歩みも、思いも、限界も、全て知っていてくださいました。
ローマ12章19節に『わたし自身が報復する』と書かれてあります。今回、みことばにとどまって善を行っていった時、長男の限界をイエス様はご存知で、全てのことが神のタイミングで聖霊によって明るみにされました。その時には上に立つ権威である担任の先生が使われ、長男の潔白を証明し、相手の子達にも「悪い事をした、先生が入って止めてくれなければ分らなかった。」と『神の報復=相手の子に分るように知らせる』というみことばが成就していくこととなったのです。
最後まで守り抜いてくださったイエス様に感謝します。そしてこの訓練を通して、また聖書が真理であることへの確信がもてたことへの恵みに感謝します。希望は失望に終わらなかった!全ての栄光をイエス様に帰します。
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