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織田信忠は、弘治3年(1557年)、信長の嫡男として尾張で生まれる。
武田信玄の娘、松姫と結婚する予定だったが、のちに婚約は解消された。
元亀3年(1572年)に元服し、江北攻めで初陣を飾り、石山合戦、伊勢長島、長篠の戦いと各地を転戦する。
 
天正三年(1575年)、美濃岩村城攻めの総大将となり、敵将の秋山信友を降伏させ、岩村城を開城させた。
天正四年(1576年)、織田信長から織田家の家督と尾張、美濃の一部を拝領し、岐阜城主となり、正五位下出羽守、次いで秋田城介となる。
天正五年(1577年)2月、雑賀攻めで中野城を陥落させ、鈴木重秀(雑賀孫一のモデルらしい)を降す。
8月には松永攻めの総大将となり、明智光秀、羽柴秀吉らを率い、信貴山城を陥落させる。
その功績により、従三位左近衛権中将に受任される。このころより、信長に代わり軍を率いることになる。
 
その二に続く。
 

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上野原さん。お久しぶりです。
織田信忠が生きていたら、織田家分裂も無く、豊臣秀吉に天下を乗っ取られなかっただろうと思います。

2010/4/12(月) 午前 8:42 [ - ]

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>>猫丸さん
お久しぶりですm(_)m
信忠が本能寺の変で二条城から逃げていれば・・・
ついついそう思ってしまいますよね(^^;

2010/4/12(月) 午後 5:57 相良晴広

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はじめまして!!
信忠っていうと、やはり松姫とのエピソードが浮かびますね。
生きてたら、秀吉に天下を取られず、松姫ともいっしょになれたのかなと思ったりします。

2011/2/1(火) 午前 1:06 [ 梨花 ]


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