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22日の朝日新聞に作家の高橋源一郎氏が憲法について語っていました。この記事の中では、憲法が持つ「矛盾」が取り上げられており、大変興味深く読みました。 高橋氏は、内田樹氏の『9条どうでしょう』という本に触発されてこの記事を書かれています。そして、内田氏の主張は、『憲法九条を世界遺産に』を書かれた中沢新一氏の主張に触発されているようです。その主張を短くまとめると、おおよそ次のような感じです。 日本国憲法は「戦力」を持たないと憲法に明記しながら、実際、この国は「戦力」を保持してきた。そして、様々な矛盾を抱え込んで絶えず苦しんできた結果、この国はうまくいってしまった。 また、あらゆる生命体は「免疫機構」を持っている。これは、自分とは「異質な他者」が入ろうとすると排除する機構であり、本来、国家も「武力」という「免疫機構」を持っている。ところが、日本国憲法にはこの「免疫機構」がなく、そんな国は他にはない。 では、なぜ日本国憲法はこうした「免役排除原理」ともいうべき性質を持つに至ったのか。高橋氏は次のように述べています。 「アメリカは、勝って浮かれていた。ニッポンは、負けて脳震盪を起こし、気絶していた。憲法などという国家的原理を作る重大時なのに、どちらの国も、ぼんやりしていた。憲法を作ろうとした人たちが、自分の所属するどちらの国にも気づかれず、そっと、理想の「憲法」を作るには、絶好のチャンスだったのである。
彼らは、国家の原理の中に、前例のない「矛盾」を、「自分自身を疑う」という機能を、「異質な他者」を受け入れるという機能を、本来、国家の原理とは厳しく対立する生命や神話や文学の原理に近いものを埋め込んだのだ。」 高橋氏らの主張が全面的に共感できるというわけではありませんが、憲法の持つ「矛盾」に着目している点は大変面白いと感じます。 そもそも、何も予備知識のない人間が「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」と規定する日本国憲法第9条を読んだとした場合、おそらく、日本という国に自衛隊のような近代的な装備を持つ立派な部隊が存在すると想像する者は皆無でしょう。しかしながら、日本には現に立派な自衛隊が存在するわけです。 戦後の日本は、9条の内包するジレンマにずっと悩まされ続けてきたわけです。「戦力」を保持しないとしている憲法の下で、自衛隊の装備はどこまで許容されるのだろうか、そして、「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」と規定する9条の下で、自衛隊を海外に出すことはどこまで許されるのだろうか、こうした悩みを持ちながら、日本は自衛隊を育んできたわけです。 私は、戦後の日本がこうした悩みを抱えてきたことは、決して無駄ではなかったと思いますし、それどころか、むしろ大変良かったと思っています。国家が国際政治の中で生き抜いていくためには、常に現実に照らして物事を考え、戦略を練っていかなければなりません。たとえ、国際社会が、戦争をなくそうという崇高な理想を潜在的に共有していたとしても、現実の国際政治においては、武力を使って問題を解決していかなければならない局面というのは多々存在するわけです。 しかし、だからといって、戦争をなくそうという理想を掲げることが無意味であることにはならないでしょう。我々は、戦争なくそうという理想を常に意識しながら、国際社会のリアリティの中で物事を考える必要があります。 ところが、国際政治においては、えてして理想は忘却されてしまい、現実にのみ依拠して物事が解決されがちです。そして、何か深刻な国家間の対立が起これば、勢い余って武力の行使に訴えてしまうということもしばしば起こるわけです。 ところが、日本という国は、国の根幹の原理を構成する憲法の中に戦争放棄が謳われています。したがって、いざ自衛隊という実力組織を活用しようという際には、必ずや、憲法との関係が大きな議論となるわけです。そして、そうした議論をクリアしない限り、日本政府は、自衛隊という実力組織を利用することができないわけですから、政府が安易に実力の行使に訴えることを防げることになります。 このことは、9条がもたらす極めて重要な効用といえます。つまり、9条という一見「矛盾」を内包する規定があるおかげで、日本という国は、国民的な議論を経なければ、実力を行使できない国なのです。 では、9条の規定を改正あるいは撤廃し、我が国の実力の行使に際して憲法上の歯止めをなくしたとしたら、一体どうなるでしょうか。おそらく、我が国の実力行使の決断プロセスは、ものすごくすっきりするでしょう。憲法上の歯止めがなくなるわけですから、自衛隊を海外に出すに当たって、国民的な議論をするという手間が大幅に省けることになるでしょう。政府としては、9条を巡る込み入った議論がなくなるわけですから、さほどの葛藤なくして部隊派遣の判断を行うことが可能となるわけです。同盟国である米軍との連携もこれまで以上に密になるでしょうし、米国がイラクやアフガニスタンに部隊を派遣すれば、日本も迷うことなく自衛隊を派遣することができるでしょう。北朝鮮のような国に対して制裁を発動する際にも、政府はあまりためらうことなく船舶検査などの強行な措置を実施することもできるでしょう。 しかし、それで本当にいいのでしょうか? 私は、やはり、9条の規定の下で、政府が「矛盾」と葛藤しながら判断するというプロセスは、極めて重要だと思います。 そもそも、人間社会というのは様々な「矛盾」を孕んで動いているわけです。中でも最大の「矛盾」は、戦争という殺し合いの存在です。戦争が違法な行為であるということは、不戦条約以降の国際社会では確立したルールです。しかし、かといって戦争をこの世からなくすことができるかというと、私は、人間社会から戦争がなくなることはおそらく未来永劫にないと思います。それは、もっと狭いコミュニティで考えてみれば分かりやすいと思いますが、複数の人間が共に生活している限り、暴力や犯罪は絶対に生じるわけです。それと同様、複数の国家が併存している限り、国際社会から戦争を一切なくすことはおそらくはできないと思われます。科学技術の発達した今日、例えば一歩間違えて核戦争が引き起こされれば、地球が滅びることにもなりかねませんが、国際社会には依然として数多くの核兵器が存在しています。これを「矛盾」と言わずして何と言えばよいのでしょうか。 つまり、人間社会というのは、多くの根深い「矛盾」を孕みながら動いているわけです。これらの「矛盾」はそう簡単に解消できるものではありません。むしろ、簡単に「矛盾」が解消できるなどと考えてはならず、「矛盾」がいとも簡単に解消できたと思ったときは、実は新たな「矛盾」が生まれているということがしばしばなわけです。 アメリカによるイラク戦争は正にその典型です。アメリカからすれば、イラクにいるフセインというけしからん指導者を取り除きさえすれば、中東地域の「矛盾」が解消できると考えて、戦争をしかけたわけですけれども、シーア派とスンニ派の間の激しい宗教対立を呼び起こしてしまう、内戦という新たな「矛盾」を引き起こしてしまったわけです。 つまり、根深い「矛盾」については、これを安易に解消しようとしてはならないのではないかと思うわけです。むしろ、解決することが難しい極めて根深い「矛盾」が存在するという事実を常に認識し続けるということこそ、重要なのではないでしょうか。9条の規定というのは、戦争という解決することが困難な「矛盾」が国際社会には常に存在し続けるということを我々に常に思い知らせてくれるという機能を果たしていると言えるのではないでしょうか。ですから、9条を取っ払ったり直したりして「矛盾」をなくしてすっきりしようなどと安易に考えてはならないのです。 9条がまどろっこしい議論をもたらすという弊害を生み出していると考えるのではなく、むしろ、戦争についてのまどろっこしい議論の機会を我々に与えてくれているのだ、という発想の転換をしてみることが重要なのではないでしょうか。
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高橋源一郎さんの寄稿、面白かったですね。 矛盾をつきつけ、いつまでもどこまでも問いかけ続けるために存在する文学。 ニッポン国憲法は本来政治のコトバでかかれていた憲法のなかに、その神話のコトバ、文学のコトバ、哲学のコトバを埋め込んだという所見なども卓見だと思いました。 憲法を文学テキストとして読み解いた見事な批評です。
2007/2/23(金) 午前 8:07 [ y_k*nbo*5 ]
ご無沙汰しております。コミュニティに限らず、僕自身の中にも矛盾はあり、やはり人間社会の矛盾というものは簡単になくせるものではないですね。そうした矛盾について苦悩し自問自答し続けることが大事だとあらためて感じました。ぜひ転載させて下さい。
2007/2/24(土) 午前 4:24
もともと憲法と言うものが抽象的な理念を述べるものだから、これでいいのだ、と思ってました。憲法は法律ではないのです。むしろ文学や哲学でしょう。だから当然のことを高橋氏は言っているんですね。だから矛盾して当然なのです。いわゆる建前と本音なので。これは特別日本ばかりの話でもないと思います。
2007/2/24(土) 午前 6:19 [ bat**yu2*01 ]
>y kinbo55さん そうですね。9条は政治的に語るだけではどうしても浅くて堂々巡りの議論に終始してしまうので、やはり文学的・哲学的な議論が必要だと思います。ちなみに、内田樹さんの主張も大変面白かったです。
2007/3/3(土) 午後 6:36 [ the*d*r_w*00* ]
>時代おくれさん 転載ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
2007/3/3(土) 午後 6:37 [ the*d*r_w*00* ]
>bataiyu2001さん 私も憲法という根本規範は矛盾を孕んで当然だと思います。特に、9条は、戦争という人類がもっとも解決できない問題を扱っているわけですから、そう簡単に矛盾なくすっきりできるものではないと思います。
2007/3/3(土) 午後 6:41 [ the*d*r_w*00* ]
この書き込みってちゃんと反映ってされたりしますか?
初めての書き込みなのでちょっとだけドキドキしています。(+´∀`+)
個人的な事なんですけど、
私自身ずっと嫌なことがあったりとか、凄くつらい時が続いてて
何度もくじけそうになったんですけど、
the*d*r_w*00*さんのブログを拝見してからは
凄く前向きになれたし、いっぱい自分自身にも自信がもてたりして
本当にthe*d*r_w*00*さんのブログに助けられたって言っても過言じゃないです(人´∀`)
もっともっと個人的にお話しをしたいなって思っちゃいました(*#′∀`艸)
ayundamon@i.softbank.jp
一応これが直接の連絡なんですけど、the*d*r_w*00*さんからの連絡待ってます。o(^-^)o
2015/1/10(土) 午後 9:57 [ azu*u*dcun*ttx* ]