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北朝鮮の核実験が発表され、日本社会には大きな衝撃が走っています。北朝鮮船籍の船舶の入港が禁止されたり、北朝鮮からの輸入が禁止されるなど、様々な経済制裁が打ち出されたわけですが、私がやや危惧しているのは、安保理決議に盛り込まれるであろう「船舶検査」への対応です。 安保理決議を受けて、おそらく米国は強制的な船舶検査を実施するのでしょう。国際法上は、国連憲章により安保理決議は国連加盟国に拘束力を持つことから、船舶検査は問題ないということになるのかもしれません。したがって、北朝鮮もこの安保理決議に拘束され、船舶検査を甘んじて受けなければならないということになるのでしょう。 しかし、北朝鮮がこの安保理決議の受け入れを事実上拒否することは明確です。その場合、強制的な船舶検査というのは、我々が想像する以上に「一触即発」の状態をもたらすことになります。 シーファー駐日米大使は、昨日、官房長官に対して船舶検査での日本の協力を要請しています。 「船舶検査で日本の協力、駐日米大使が官房長官に要請」
YOMIURI-ONLINEシーファー米駐日大使は13日、首相官邸に塩崎官房長官を訪ね、北朝鮮の核実験実施発表を受けた国連安全保障理事会の制裁決議に基づいて米軍が北朝鮮の貨物船などに船舶検査を行う場合は、日本が米軍に協力するよう要請した。 大使は会談後、記者団に「日本は憲法の制約上、出来ないことがあるのは分かっている。その中で、意味ある貢献をしてくれることに自信があると(塩崎長官に)申し上げた。(具体的な支援策は)日本が決めることだ」と語った。 シーファー大使が指摘しているように、船舶検査は我が国の憲法との関係で大きな制約があるわけです。我が国が自衛権を行使している場合(すなわち有事の場合)であれば、交戦国として当然に有する臨検・拿捕の権利を我が国も行使することができることは明らかです。平成16年に制定された「武力攻撃事態における外国軍用品等の海上輸送の規制に関する法律」(平成十六年法律第百十六号)は、武力攻撃事態においては、自衛隊が強権的な船舶検査を実施できることが定められています。 ところが、有事以外の場合、我が国がやれる船舶検査の幅は大きく制限されることになります。この場合について定めているのが、平成12年に制定された「周辺事態に際して実施する船舶検査活動に関する法律」(平成十二年法律第百四十五号)です。これは、「周辺事態」(=「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等我が国周辺の地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」)に際して、我が国が実施することができる船舶検査について定めたものですが、この法律の枠組みでできる船舶検査は、以下のようなものに限定されています。 一 航行状況の監視 船舶の航行状況を監視すること。 二 自己の存在の顕示 航行する船舶に対し、必要に応じて、呼びかけ、信号弾及び照明弾の使用その他の適当な手段(実弾の使用を除く。)により自己の存在を示すこと。 三 船舶の名称等の照会 無線その他の通信手段を用いて、船舶の名称、船籍港、船長の氏名、直前の出発港又は出発地、目的港又は目的地、積荷その他の必要な事項を照会すること。 四 乗船しての検査、確認 船舶(軍艦等を除く。以下同じ。)の船長又は船長に代わって船舶を指揮する者(以下「船長等」という。)に対し当該船舶の停止を求め、船長等の承諾を得て、停止した当該船舶に乗船して書類及び積荷を検査し、確認すること。 五 航路等の変更の要請 船舶に第二条に規定する規制措置の対象物品が積載されていないことが確認できない場合において、当該船舶の船長等に対しその航路又は目的港若しくは目的地の変更を要請すること。 六 船長等に対する説得 四の項の求め又は五の項の変更の要請に応じない船舶の船長等に対し、これに応じるよう説得を行うこと。 七 接近、追尾等 六の項の説得を行うため必要な限度において、当該船舶に対し、接近、追尾、伴走及び進路前方における待機を行うこと。 この中には、強権的な態様のものは含まれていません。つまり、少なくとも現行法の下では、我が国は、有事以外の場合に強権的な船舶検査を実施することができないというわけです。なぜこうした制約があるかといえば、憲法との関係ということになるわけです。 今回の北朝鮮の核実験発表を受けて、我が国がこの状況を「周辺事態」だと認定すれば、上記のように、強制力のない船舶検査活動を行うことは可能です。政府内には、 「強制力を持たない日本が船舶検査に参加した場合、他国の足を引っ張りかねない」
YOMIURI-ONLINEとの懸念もあるようです。 しかし、それ以上に深刻に考えなくてはならない点は、いくら強制力がない船舶検査だといっても、武装した自衛艦が、検査の対象である北朝鮮船籍の船舶に接近して、信号弾を飛ばしたり、停止を求めたりするわけで、相手方からすれば、それが強制力を持つものなのかそうでないのかは、一概には分からないということです。相手方が「攻撃された」と捉えることも十分あり得るわけです。 北朝鮮の船にはどのような集団が乗船しているか分かりません。もしかすると、武装した工作員が乗っているのかもしれないわけです。そんな状況で我が国の自衛隊が北朝鮮の船に接近していけば、一触即発の危険が伴うわけで、そうなれば、北朝鮮は「宣戦布告とみなす!」などと言って、徹底的に攻撃を仕掛けてくるということにもつながりかねないわけです。 このことは、米国が船舶検査を実施し、それに我が国が支援する場合でも同様でしょう。周辺事態と認定されれば、米国の船舶検査に対して協力を行うことは可能でしょう。この場合でも、上述のように、一触即発のリスクが伴うことに変わりはありません。 つまり、船舶検査にまで踏み込むということは、正に「戦争」に大きく近づくことを意味するのです。船舶検査に踏み込むことは、経済制裁とは全く違うステージに突入することを意味します。船舶検査に関する議論においてはとりわけ厳しい憲法議論がなされてきた背景には、船舶検査がもたらすこうした危険性があると言っても過言ではないでしょう。にもかかわらず、船舶検査を実施すべきと主張する人たちからは、どうもそうした緊張感が伝わってきません。 北朝鮮の暴挙を止めるために、様々な圧力をかけることについては、全く賛成なのですが、ただし、そうした圧力をかけることがどういうリスクを伴うか、という点を慎重に考える必要があります。
船舶検査を我が国が実施したり、あるいは米国の実施する船舶検査に我が国が協力することにより、場合によっては北朝鮮との戦争にもつながりかねないのだ、というメッセージを少なくとも国民に伝わるようにする必要があり、それでも船舶検査を実施すべきかどうかについて国民の間での議論が喚起される、という状況にならなければならないのだと思います。 |

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