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船舶検査の危うさ

 北朝鮮の核実験が発表され、日本社会には大きな衝撃が走っています。北朝鮮船籍の船舶の入港が禁止されたり、北朝鮮からの輸入が禁止されるなど、様々な経済制裁が打ち出されたわけですが、私がやや危惧しているのは、安保理決議に盛り込まれるであろう「船舶検査」への対応です。

 安保理決議を受けて、おそらく米国は強制的な船舶検査を実施するのでしょう。国際法上は、国連憲章により安保理決議は国連加盟国に拘束力を持つことから、船舶検査は問題ないということになるのかもしれません。したがって、北朝鮮もこの安保理決議に拘束され、船舶検査を甘んじて受けなければならないということになるのでしょう。

 しかし、北朝鮮がこの安保理決議の受け入れを事実上拒否することは明確です。その場合、強制的な船舶検査というのは、我々が想像する以上に「一触即発」の状態をもたらすことになります。

 シーファー駐日米大使は、昨日、官房長官に対して船舶検査での日本の協力を要請しています。
「船舶検査で日本の協力、駐日米大使が官房長官に要請」
 シーファー米駐日大使は13日、首相官邸に塩崎官房長官を訪ね、北朝鮮の核実験実施発表を受けた国連安全保障理事会の制裁決議に基づいて米軍が北朝鮮の貨物船などに船舶検査を行う場合は、日本が米軍に協力するよう要請した。
 大使は会談後、記者団に「日本は憲法の制約上、出来ないことがあるのは分かっている。その中で、意味ある貢献をしてくれることに自信があると(塩崎長官に)申し上げた。(具体的な支援策は)日本が決めることだ」と語った。
YOMIURI-ONLINE

 シーファー大使が指摘しているように、船舶検査は我が国の憲法との関係で大きな制約があるわけです。我が国が自衛権を行使している場合(すなわち有事の場合)であれば、交戦国として当然に有する臨検・拿捕の権利を我が国も行使することができることは明らかです。平成16年に制定された「武力攻撃事態における外国軍用品等の海上輸送の規制に関する法律」(平成十六年法律第百十六号)は、武力攻撃事態においては、自衛隊が強権的な船舶検査を実施できることが定められています。

 ところが、有事以外の場合、我が国がやれる船舶検査の幅は大きく制限されることになります。この場合について定めているのが、平成12年に制定された「周辺事態に際して実施する船舶検査活動に関する法律」(平成十二年法律第百四十五号)です。これは、「周辺事態」(=「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等我が国周辺の地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」)に際して、我が国が実施することができる船舶検査について定めたものですが、この法律の枠組みでできる船舶検査は、以下のようなものに限定されています。
一 航行状況の監視 船舶の航行状況を監視すること。
二 自己の存在の顕示 航行する船舶に対し、必要に応じて、呼びかけ、信号弾及び照明弾の使用その他の適当な手段(実弾の使用を除く。)により自己の存在を示すこと。 
三 船舶の名称等の照会 無線その他の通信手段を用いて、船舶の名称、船籍港、船長の氏名、直前の出発港又は出発地、目的港又は目的地、積荷その他の必要な事項を照会すること。 
四 乗船しての検査、確認 船舶(軍艦等を除く。以下同じ。)の船長又は船長に代わって船舶を指揮する者(以下「船長等」という。)に対し当該船舶の停止を求め、船長等の承諾を得て、停止した当該船舶に乗船して書類及び積荷を検査し、確認すること。
五 航路等の変更の要請 船舶に第二条に規定する規制措置の対象物品が積載されていないことが確認できない場合において、当該船舶の船長等に対しその航路又は目的港若しくは目的地の変更を要請すること。
六 船長等に対する説得 四の項の求め又は五の項の変更の要請に応じない船舶の船長等に対し、これに応じるよう説得を行うこと。
七 接近、追尾等 六の項の説得を行うため必要な限度において、当該船舶に対し、接近、追尾、伴走及び進路前方における待機を行うこと。 

 この中には、強権的な態様のものは含まれていません。つまり、少なくとも現行法の下では、我が国は、有事以外の場合に強権的な船舶検査を実施することができないというわけです。なぜこうした制約があるかといえば、憲法との関係ということになるわけです。

 今回の北朝鮮の核実験発表を受けて、我が国がこの状況を「周辺事態」だと認定すれば、上記のように、強制力のない船舶検査活動を行うことは可能です。政府内には、
「強制力を持たない日本が船舶検査に参加した場合、他国の足を引っ張りかねない」
YOMIURI-ONLINE
との懸念もあるようです。

 しかし、それ以上に深刻に考えなくてはならない点は、いくら強制力がない船舶検査だといっても、武装した自衛艦が、検査の対象である北朝鮮船籍の船舶に接近して、信号弾を飛ばしたり、停止を求めたりするわけで、相手方からすれば、それが強制力を持つものなのかそうでないのかは、一概には分からないということです。相手方が「攻撃された」と捉えることも十分あり得るわけです。

 北朝鮮の船にはどのような集団が乗船しているか分かりません。もしかすると、武装した工作員が乗っているのかもしれないわけです。そんな状況で我が国の自衛隊が北朝鮮の船に接近していけば、一触即発の危険が伴うわけで、そうなれば、北朝鮮は「宣戦布告とみなす!」などと言って、徹底的に攻撃を仕掛けてくるということにもつながりかねないわけです。

 このことは、米国が船舶検査を実施し、それに我が国が支援する場合でも同様でしょう。周辺事態と認定されれば、米国の船舶検査に対して協力を行うことは可能でしょう。この場合でも、上述のように、一触即発のリスクが伴うことに変わりはありません。


 つまり、船舶検査にまで踏み込むということは、正に「戦争」に大きく近づくことを意味するのです。船舶検査に踏み込むことは、経済制裁とは全く違うステージに突入することを意味します。船舶検査に関する議論においてはとりわけ厳しい憲法議論がなされてきた背景には、船舶検査がもたらすこうした危険性があると言っても過言ではないでしょう。にもかかわらず、船舶検査を実施すべきと主張する人たちからは、どうもそうした緊張感が伝わってきません。

 北朝鮮の暴挙を止めるために、様々な圧力をかけることについては、全く賛成なのですが、ただし、そうした圧力をかけることがどういうリスクを伴うか、という点を慎重に考える必要があります。
 船舶検査を我が国が実施したり、あるいは米国の実施する船舶検査に我が国が協力することにより、場合によっては北朝鮮との戦争にもつながりかねないのだ、というメッセージを少なくとも国民に伝わるようにする必要があり、それでも船舶検査を実施すべきかどうかについて国民の間での議論が喚起される、という状況にならなければならないのだと思います。
 安倍総理が本会議の代表質問と衆議院の予算委員会を乗り切りました。一言でいえば「無難」に乗り切ったといえるでしょう。安倍総理にとって最大のネックだったのは、これまでのやや「過激」な言動と総理としての答弁をどのように整合させるかという課題だったわけですが、この辺は、安倍総理は柔軟性を発揮したといえそうです。

 とりわけ、集団的自衛権については、だいぶトーンダウンさせたという印象を受けます。予算委員会で日米同盟の双務性強化について問われた安倍総理は、
「集団的自衛権を直ちに行使できるようにしろということではない」
(中日新聞HP)
と答弁しているようであり、公明党の太田代表が、
「(集団的自衛権の行使について具体例を研究する考えを表明したことについて)首相は“右寄り”と言われていたが、かなり慎重な発言をしているとの印象を持った。集団的自衛権の行使を(直ちに)認められるようにするのではなくて、具体的な例に即して、研究するところにとどめている。十分に話し合いができると思ったし、(自公の)連立関係が大事だという意欲を感じた。」
(公明新聞HP)
と述べているのとトーンを合わせてきている感じがします。

 集団的自衛権以上にトーンダウンさせているのは、歴史認識の問題でしょう。朝日新聞HPなどによれば、安倍総理は予算委員会において、村山・河野談話を個人としても受け入れることを表明したとのことです。

 もちろん、こうした「トーンダウン」に対しては、賛否が真っ向から分かれると思われます。特に、歴史認識の問題でここまでトーンダウンするとは、正直、個人的には驚きですし、ここまで早々に自らの「信念」を降ろしてしまったことは少々残念な気もします。

 しかし、こうした安倍総理の変貌にもっとも衝撃を受けているのは、もしかすると、安倍ブレーンと言われている人達なのかもしれません。

 安倍政権の大きな目玉である「教育再生会議」の座長にノーベル賞学者の野依良治氏の就任が決まったことについて、早速、安倍総理のブレーンの1人と言われてきた高崎経済大学の八木秀次教授が異論を唱えているようです。
「一方、安倍首相のブレーンの一人で「新しい歴史教科書をつくる会」会長を務めた八木秀次・高崎経済大教授は4日午後、東京都内で記者会見し、野依氏が文科相の諮問機関である中央教育審議会の委員であることを挙げ、「不安が残る」と述べた。「文科省主導による教育政策を一度壊すぐらいの提言をするべきだが、それができる陣容になるか、若干おとなしめの人が集まるのかなと見ている」とも語った。」
(朝日新聞HP)

 これから安倍総理を担いで自らの信念を実現していこうとする人達がこうした苦言を呈するということからして、安倍総理がブレーンからの距離を置き始めたことは容易に推測できるでしょう。

 以前の記事においては、私は以下のように述べさせていただきました。
「安倍総理は、官邸機能強化を打ち出しており、これから官邸の様々なチームに、外部の有識者が多く登用されていくのだと思いますが、私が気になるのは、安倍総理の人脈の極端な「偏り」です。つまり、安倍総理の人脈は、保守派の論壇を占める人たちに極度に偏っていることです。
 私は個人的にこうした保守派の人たちの見解に同調できない部分がないわけではありませんし、国家を強く意識する姿勢に対してはむしろ共感する部分も多々あるわけですが、ただ、安倍総理の言っていることがあまりにもこうした人たちの言っていることと近似している点が気になります。安倍総理は保守派の人たちの主張を果たして自分の中で消化し、その上で自らの思想信条を形成されているのだろうか、という疑問を抱かざるを得ません。」
http://blogs.yahoo.co.jp/theodor_w2006/41845807.html

 しかし、安倍政権発足後の安倍総理の柔軟性を見てみると、少なくとも、上記の懸念はやや払拭されつつあるといえるかもしれません。

 安倍総理がいかにこれまでブレーンの強い影響を受けてきたかは、ブレーンといわれる人達のこれまでの発言内容を見てみればよく分かります。例えば、安倍総理の安全保障のブレーンとされる岡崎久彦氏、東京大学の田中明彦教授、大阪大学の坂元一哉教授らの集団的自衛権に関する見解を見てみると、以下のとおり、極めて類似していることが分かります。
「内閣にはまだまだ期待したい事はある。もうこうまで来た以上、米国から信頼される同盟国となるためには、集団的自衛権の行使が必要なことは、識者の間では反対する人も居なくなっている。」(岡崎久彦氏)
産経新聞「正論」2003年3月25日掲載

「日本は集団的自衛権を持っている。憲法が制定されて以来、条約遵守義務を規定する憲法の下に厳格な憲法手続きにしたがって結ばれた平和条約、安保条約、国連憲章はすべてこの権利を認めている。権利があってそれを行使する権利がないなどという。いやしくも法律のカケラでも知っている人間が愧死すべきような答弁を今後やめれば良いだけの話である。法的に正しい唯一の答えは次の通りである。
「日本は集団的自衛権を有する。しかし平和主義の憲法の精神にしたがって、その行使にあたっては、慎重の上にも慎重を期する所存である」」(岡崎久彦氏)
読売新聞「地球を読む」2001年2月26日掲載

「そもそも、政府解釈が集団的自衛権の行使は禁止されているとしているため、日本ではあたかも集団的自衛権が悪いものであるかのような認識がある。実際のところ、戦後の国際社会の流れは、どちらかといえば、個別的自衛権による国際紛争対処より集団的措置をとるという方向で動いてきている。集団的自衛権を行使するという形で軍事力整備をする方が、各国が保持する軍事力は少なくすむ可能性が大きいからである。現実に、日米同盟があったおかげで、日本独自の軍事力はかなり小さいものですんできたのである。」(田中明彦教授)
朝日新聞2000年5月2日掲載

「原理だけで言えば、憲法解釈を首相の判断で変えることはできる」(田中明彦教授)
(日本経済新聞2006年9月5日)

「日本が集団的自衛権の行使ができるようになって何か悪いことがある、私は余り思い付きません。・・・集団的自衛権はアメリカ追随だという議論がありますが、私は逆だと思います。集団的自衛権が行使できるようになり、きちんとした形で日本がアメリカに協力できる幅が広がれば、アメリカに対する発言権も当然増すでしょう。アメリカとの協議におけるイエスとノー、これも今より歯切れよくすることができると思います。また、沖縄を始め国内の基地問題も解決への道がより明るくなると考えます。・・・これまでのところ、私の考える集団的自衛権の限定的な行使についてポイントをまとめますと、・・・一つ、憲法は集団的自衛権の行使を禁じていないという憲法解釈、二つ、日本の領域、公海及びその上空で集団的自衛権の行使を可能にする法律、三つ、実際の武力行使は法律の範囲内で極めて慎重に行うという政策の三点になろうかと思います。」(坂元一哉教授)
(第159回参議院憲法調査会における発言)

 いずれの論者も、日米同盟強化のために集団的自衛権を認めるべきということ、憲法解釈の変更によって集団的自衛権を認めるべきことを主張しており、当初の安倍総理の集団的自衛権の考え方と全く同じであることが分かります。

 しかし、安倍総理は、上で引用したように、政権発足早々にして「集団的自衛権を直ちに行使できるようにしろということではない」と述べるに至っています。この点に関して、ブレーンたちとの距離を取りつつあることは明らかでしょう(読売新聞HPによれば、唯一、未だに解釈改憲の余地が残っているかのような発言をしているのが塩崎官房長官ですが、この方はきちんと空気が読めているのでしょうか??少々心配です。)。

 こうした「トーンダウン」は、安倍総理の支持層を一部離反させることになることは否めませんし、歴史認識について妥協することは、安倍総理の政治理念に対する信頼を揺るがすことにもつながる面もあるかもしれません。

 他方、安倍総理の政権基盤の安定化につながるものと思われます。ある意味、安倍総理にとってもっともアキレス腱だった部分、つまり過去の言動との整合性をどう図っていくかという課題を封印することにもなったわけで、今後の国会審議を無難に切り抜けることにもつながるでしょう。

 こうした安倍総理の意外な柔軟性にかんがみれば、案外、安倍政権は長続きするのではないかという気もしてきました。

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安倍総理所信表明

 29日に安倍新総理の所信表明演説が行われました。
 安倍総理のスローガンは、言わずと知れた「美しい国、日本」です。この「美しい国」の姿とは、次のようなものだそうです。
1つ目は、文化、伝統、自然、歴史を大切にする国であります。
2つ目は、自由な社会を基本とし、規律を知る、凛とした国であります。
3つ目は、未来へ向かって成長するエネルギーを持ち続ける国であります。
4つ目は、世界に信頼され、尊敬され、愛される、リーダーシップのある国であります。

 アニメや音楽などのコンテンツ、食文化や伝統文化などについて、国際競争力や世界への情報発信力を強化する「日本文化産業戦略」を策定することを打ち出すなど、中には注目すべき事項も盛り込まれていますが、やはり関心は、教育問題と外交・安保でしょう。

 教育問題については、
「すべての子どもに高い学力と規範意識を身につける機会を保障するため、公教育を再生します。学力の向上については、必要な授業時間数を十分に確保するとともに、基礎学力強化プログラムを推進します。教員の質の向上に向けて、教員免許の更新制度の導入を図るとともに、学校同士が切磋琢磨して、質の高い教育を提供できるよう、外部評価を導入します。」
と述べられています。私は、教員免許更新制度も学校同士の競争もいずれについても懐疑的なのですが、要するに、一言で言えば、教育現場に「競争原理」を持ち込もうという目論みといえるでしょう。駄目な教員や学校は淘汰すべきということなのでしょうが、淘汰される学校の児童にとっては、これはたまらないことでしょう。自分が愛着を持って通っていた学校の児童数が大きく減ったり、あるいは学校自体がなくなったりしたら、子供たちの成長にとって負の影響があることは否めないでしょう。
 これらの点については、今後、おそらく文部科学省が「抵抗勢力」に仕立て上げられ、「改革者=官邸」vs「抵抗勢力=文部科学省」という対立構図が演出されていくことになるのだと思われます。

 さて、もう1つの関心事項である外交・安保については、とりわけ集団的自衛権の問題が大きな注目を集めてきたわけですが、この点については、次のように述べられています。
「大量破壊兵器やミサイルの拡散、テロとの闘いといった国際情勢の変化や、武器技術の進歩、我が国の国際貢献に対する期待の高まりなどを踏まえ、日米同盟がより効果的に機能し、平和が維持されるようにするため、いかなる場合が憲法で禁止されている集団的自衛権の行使に該当するのか、個別具体的な例に即し、よく研究してまいります。」

 新聞等の情報によれば、安倍総理はこれまで解釈改憲によって集団的自衛権の行使を認めていこうという姿勢であることが漏れ聞こえてきたわけですが、この所信表明を見てみると、いかなる場合が「憲法で禁止されている集団的自衛権の行使」に該当するのかを研究していくと言っているわけですから、集団的自衛権が憲法で禁止されているという解釈を変更することまでは結局打ち出せなかった、つまり集団的自衛権の行使を認めていこうという当初の目論見をかなりトーンダウンさせたという風にとらえることができると思われます。
 おそらく、これは連立を組む公明党への配慮がなされたということなのでしょう。次期公明党代表の太田昭宏氏はインタビューの中で、安倍総理が公明党の立場に慎重に目配りしていると述べています。
「◆自民党総裁や首相としての政治運営は、まだ鮮明ではない。ただ、今月に入ってから、かなり慎重に(公明党の立場にも)目配りしている。憲法や集団的自衛権で、これまでの政府見解と異なる主張を一気に行う感じはしませんね。安倍さん個人と、首相としての立場は違う。憲法9条1項(戦争放棄)、2項(戦力不保持)を堅持するというわが党の立場が揺らぐことはない。」
(MSN毎日インタラクティブ9月28日)

 この安倍総理の所信表明選説について、当日の新聞各紙の夕刊で大きく取り上げられているわけですが、そのほとんどが集団的自衛権について着目しています。ところが、一部の新聞においては、安倍総理が所信表明の中で、集団的自衛権の行使を容認していく方向が打ち出されたかのような報道がなされているというのは、ある意味興味深い事実です。

 以下、いくつかの新聞について見てみましょう。
「安倍首相:集団的自衛権行使の容認検討 初の所信表明」
「安倍晋三首相は29日午後の衆参両院本会議で、就任後初の所信表明演説を行った。政府の憲法解釈で禁じられている集団的自衛権の行使については「個別具体的な例に即し、よく研究する」とし、歴代首相として初めて容認に向けた検討に着手する方針を表明。」
(MSN毎日インタラクティブ)

「安倍首相が初の所信表明演説」
「安倍晋三首相は29日午後、衆院本会議で初の所信表明演説を始めた。…政府が憲法解釈で禁じている集団的自衛権の行使を認めるため、具体例に即した研究に着手する考えも示す。」
NIKKEI-NET

「経済成長維持し改革断行 集団的自衛権行使で研究、首相所信表明」
「安倍晋三首相は29日午後、衆参両院の本会議で就任後初の所信表明演説を行った。…憲法で禁じられている集団的自衛権の行使について、事実上の政府解釈の見直しに向けた具体的研究を行う考えを示した。」
CHUNICHI-WEB-PRESS

 普通に読めば、安倍総理は所信表明でいかなる場合に憲法上禁止されている集団的自衛権に当たるかについて事例研究をすることを打ち出しただけであり、その文言から集団的自衛権の行使を容認するという方向性を読み取ることはほぼ不可能だと思うのですが、上に挙げた新聞がなぜそういう捉え方をしたのか、よく分かりませんが、おそらく、これまで漏れ聞こえてきた安倍総理の姿勢から、そういう捉え方をしたのでしょう。

 おそらく安倍総理もビックリしていると推測しますが、何よりもビックリしたのは公明党執行部の人たちなのではないでしょうか。集団的自衛権にかねがね否定的な公明党が安倍自民党と連立政権を組む手前、安倍総理が所信表明の中で集団的自衛権の行使を容認していく方向を打ち出したということになれば、公明党の執行部の人たちは党員の人たちに説明できないでしょう。

 その日の記者会見で塩崎官房長官は、「憲法解釈や防衛政策、日米安全保障条約など複数の省庁にまたがる問題で、首相のもとに何らかの勉強する場を設けるのが筋だ」と述べ、首相直属の勉強会を新設すべきだとの考えを示した(YOMIURI-ONLINE)とのことですので、今後、様々な事例研究がなされていくのだと思います。私も、個別的自衛権の範囲内で我が国の自衛隊が精一杯活動することができるよう、あらかじめ頭の体操を内々していくべきだと思いますし、現場の自衛官の方々にとっても、様々なケーススタディがあらかじめなされていた方が安心して活動できるのではないでしょうか。諸外国に手の内をさらすことにならない限り、こうした取組は否定すべきものではないと思われます。

 今後の総理の手腕を見守っていきたいと思います。
 民主党の代表選に絡んで、小沢代表が先日「私の基本理念−「常識の政治」で普通の国に−」を発表しました。

 「格差をなくして国民が助け合う仕組みをつくる」とか「地方を豊かにする」とかは、大筋で異論がないのですが、やはり気になるのは、安保の理念です。この中で安保については、次のように記されています。
「自衛権の行使は専守防衛に限定」
「日本国憲法の理念に基づき、日本及び世界の平和を確保するために積極的な役割を果たす。自衛権は、憲法9条に則って、個別的であれ集団的であれ、わが国が急迫不正の侵害を受けた場合に限って行使する。それ以外では武力を行使しない。」

 正直、この記述には愕然としました。民主党(あるいは小沢代表)は、集団的自衛権の意味すら全く分かっていなかったということなのでしょうか??

 「わが国が急迫不正の侵害を受けた場合」に発動できるのが「個別的自衛権」であり、「集団的自衛権」とは、わが国に対する急迫不正の侵害がなくても、他国に対する急迫不正の侵害があれば発動できるというものです。それなのに、「個別的であれ集団的であれ」という文言は全く意味不明です。

 多少好意的にこれを解せば、民主党内の様々な安保についての見解を妥協的にまとめたものという見方もできるかもしれません。

 周知のとおり、民主党内には、集団的自衛権に対して積極的な前原前代表を始めとする人々と、そもそも自衛隊の海外派兵自体に反対の旧社会党系の人々が混在しているわけで、前者に配慮したのが「個別的であれ集団的であれ」という文言であり、後者に配慮したのが「専守防衛」であったり「自衛権は、憲法9条に則って、・・・わが国が急迫不正の侵害を受けた場合に限って行使する。それ以外では武力を行使しない。」という文言であり、両者をくっつければ、上記のような文章ができるわけです。

 いずれにしても、次期臨時国会において民主党は安倍新総理に対して集団的自衛権についての見解を質すというのであれば、もう少し身内の議論を整理しておかなければならないでしょう。こんな状況では、安倍新総理から「おたくの見解は?」と切り替えされて、倒れてしまうでしょうから・・・。
米が未臨界核実験実施 半年ぶり、23回目
2006年08月31日10時18分
「米エネルギー省国家核安全保障局は30日、ネバダ州の地下実験場で未臨界核実験を実施した、と発表した。実験は今年2月以来で半年ぶり。通算では23回目。同局は「実験は成功した」としている。「ユニコーン」と名付けられた実験は、米ロスアラモス国立研究所が担当し、深さ約300メートルの縦穴の底で実施された。未臨界核実験に対しては、96年の国連総会で採択された包括的核実験禁止条約(CTBT)に違反するなどとして国際的な批判も強い。米国はすべての核実験を禁じた同条約に署名しながら、いまだに批准していない。米国は97年7月に最初の未臨界核実験を実施した。ブッシュ政権下では今回が10回目だ。」
asahi.com2006年08月31日10時18分

 こういう記事を目にするたびに、「核不拡散政策」というのは根本的に間違っているのではないかと思わざるを得ません。イランや北朝鮮が核開発を進めようとすれば強行に非難するアメリカがなぜ大手を振って核実験できるのでしょうか??

 核不拡散は「核兵器不拡散条約(NPT)」に基づくものです。この条約は、米、露、英、仏、中の5ヶ国を「核兵器国」と定め(第9条3「この条約の適用上、「核兵器国」とは、1967年1月1日以前に核兵器その他の核爆発装置を製造しかつ爆発させた国をいう。」)、「核兵器国」以外への核兵器の拡散を防止することを目指すものです。

 これがいかにもおかしな条約であることは明らかでしょう。要するに、1967年1月1日以前に核兵器を持っている国の優位な状態を維持しようとするものであるわけです。

 なぜ、中国は核兵器を持ってもいいのに、イランや北朝鮮は核兵器を持ってはいけないのでしょうか?
インド、パキスタン、イスラエルなどがこの条約の締約国となっていないのは、ある意味当たり前の感性なのではないでしょうか。

 我が国では多くの原子力発電所が稼働していますが、そこでのウランやプルトニウムの管理はものすごく厳格に行われています。国際原子力機関(IAEA)が我が国のありとあらゆる核関連施設にカメラを設置したり、封印をしたり、IAEAの職員が施設内に立ち入ったりしてウランやプルトニウムの移動を監視する「保障措置」という制度が構築されているからです。
 他方、核保有国であれば、いくらウランやプルトニウムを移動させたとしても、国際機関から監視されたりすることはなく、自由に移動もできれば、自由に核開発もできるわけです。

 こんな「不平等条約」があるでしょうか??(これに匹敵する不平等条約を強いて挙げれば、国連憲章の安保理常任理事国の拒否権くらいでしょう。)

 そもそも核不拡散を世界に訴えていこうとするのであれば、まず核保有国こそが率先して核兵器の廃絶を進めていかなくてはなりません。にもかかわらず、アメリカは未だに「包括的核実験禁止条約」を批准しておらず、この条約の発効のめどは立っていません。

 こんな「偽善」がまかり通っているようでは、世界から核兵器をなくすことなど絶対にできませんし、核開発を進めるイランを国際社会が非難することなどできるわけがありません。こうした国際社会の「ダブル・スタンダード」を打ち破ろうとする勢力がこれからも現れ続けるでしょう・・・。

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