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ジォシティーズから移ってきました。よろしくお願いします。
 
今日は満77歳の誕生日です。
昨夜は天草松島温泉泊(五橋苑)
 
ふぐ食って ふく噛みしむる 今日の宿
 
息子の贈り物。ありがたいことです。
誕生日は毎年どこかへふぐを食いに行っています。
これが最後の誕生日になるかなと思って、もうこれで4回目。なかなか死なぬものですね。8つも部品が欠けているのに痛くも苦しくもない。ごく普通に生きています。
機械は部品が一つ欠けたら動かなくなるのに、人間は不思議ですね。
自然の仕組みに感謝しています。
人間と、人間の作る世の中を含む天地自然の営みに感謝しています。
神や仏もカレエダは自然現象だと思っています。
神や仏は錯覚や妄想の中から生まれる幻想だと思っています。
神や仏は人間が勝手に見たり感じたりするだけで客観的存在ではないと思っています。もし神が存在するなら、神仏などないと言っているカレエダほど神仏を冒涜するものはない。カレエダがこんなに長生きしこれほど幸せな晩年を送っていることは、神や仏が存在しないことの何よりの証拠だと思います。
もし神仏が存在するなら、もうとっくの昔、カレエダは神罰にも仏罰にも当たって殺されていなければなりません。もしカレエダが今夜急死したとしても、それはただの偶然です。
 
カレエダは満州からの引揚者です。敗戦後、敵地と化し、中国の人々の恨みと憎しみ、怒りの渦巻く中、迫害、暴行、虐殺、疫病、餓死で多くの日本人が亡くなりました。特に乳幼児の死亡率は高く、次々に子供たちが亡くなりました。
そのような状況下にあって残留孤児が生まれました。子供を中国人に託した人も少なくなかったのです。中国人に預けた方が子供が生き残る確率が高いと思われたのです。親も子も亡くなったケースもあります。
子供たちが亡くなった人数は把握されていません。
そのような中にあって、敗戦時4歳であったカレエダは生き残って、
13か月後の昭和21年9月末、故国の土を踏むことができました。
その幸運に感謝せずにはいられません。
その後大した事故や災害にもあわず、70過ぎまで生きてこれた幸運に感謝します。
71と73の時に、大病で死にかかりましたが、現代医療システムとそれに携わる人々のご尽力で、命を繋いでいただきました。
昔なら享年71で終わっていたでしょう。
そして今でも僻地に住んでいたなら、助からなかったでしょう。
現代医療のおかげと、その恩恵に与ることができた幸運に感謝するほかありません。
人間は目に見えない多くの人達との関わりの中で生かされています。
それらの人々から受ける恩恵にも感謝しなければなりません。
周りの人々に恵まれた幸運にも感謝しています。
家族に恵まれたことにも感謝しています。
ブログで親しくして頂いた方々にも感謝しています。
言葉を交わしたことのない読者の方々にも心から感謝しています。
満77歳の誕生日にあたり、ただただ感謝あるのみです。
残り少ない余生を一日一日大切に生きたいと思っています。
 
 梅が香に あるやなしやの 風を知る   枯葉
 
 風を知る 芽吹きの春も すぐそこに   枯枝
 
 
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