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 ガンジーさんのコメントに応えて 

 前回、《エントロピー増大の法則は諸行が無常であることを示している》と言いましたがエントロピーについては長くなるので触れませんでした。
 
私たちは学者ではありませんので数学的に把握する必要はなく大づかみにわかればそれで十分であり、むしろ大づかみに感覚的にわかることの方が大切だと思います。
辞書には、
エントロピーとは、
《エネルギーを絶対温度で割ったもので乱雑さの度合いを表す》とか
《エネルギーと変化を意味するトロピーの合成語》とか
《可逆変化では一定であるが不可逆変化では常に増大する》などとありますが
、これでは感覚的にはなんのことだかわかりませんね。
そこで、ごく大雑把に言えば、
鍋の水に一さじの砂糖を入れると砂糖は溶けて分子として水に拡散しますね。これがエントロピーの増大です。
この鍋に熱を加えて水を蒸発させると砂糖の粒が残りますね。これがエントロピーの減少です。エントロピーが減少するにはエネルギーを加えねばなりません。
 
物質は原子や分子の集まりですね。大雑把に言えば、原子や分子の拡散がエントロピーの増大であり、凝集がエントロピーの減少です。
物質は放っておけばエントロピー増大の方向に進みます。鉄は錆びてボロボロになり土に還ります。銅像は雨に少しずつ溶けて金属イオンとして土に浸みていきます。
人間は生きている間は食物によってエネルギーを補給するので、エントロピー増大の流れに逆らって生きつづけています。
人間も死ねばただの物質ですから腐れて水やガスや土の栄養となって自然界に拡散していきます。人間を構成していた分子がバラバラになって自然界に拡散していく様は、砂糖が水に溶けて分子として水に拡散していくのと同じです。
拡散した砂糖の分子は熱エネルギーによって濃縮させ元の砂糖に戻すことができますが、人間を構成していた分子は自然界に拡散したあと別の物に再構成されます。人間の体が腐敗分解して自然界に拡散した分子は、太陽のエネルギーによってCO2やH2Oは光合成されデンプンとして植物体に取り込まれます。また、土に溶けたものは肥料として植物体を育てます。植物体は食物連鎖によって、虫や小動物となり、まわりまわって人間の体にもなります。しかし、これらの生き物は死によってまたバラバラの分子になって自然界に拡散していきます。
宇宙全体ではエントロピーは増大しており、宇宙は今もなお拡大拡散しつづけていると言われています。宇宙にはたくさんのブラックホールがありそこにはあらゆるものが吸収され凝縮されたエネルギーがたまりにたまって、ついには次の新たなビッグバンをひき起すのではないかとも言われています。宇宙もまたエントロピーの増大と減少を繰り返しているのかもしれません。
いずれにしても万物は常に変化している。諸行が無常なることは、仏教とは無関係に、万古不変の大原則であってこのことは人間は太古の昔から知っていたに違いない。と、カレエダは思っています。
なぜなら、太古の人々は自然とともに自然と一体となって生きており、自然の摂理に従うことが生き延びることでありそれに反すれば亡びに向かうのだから、古代の人々の、自然の摂理を感じる感覚は、現代人より遥かに敏感であったと思われるからです。古代人にとっては、万物が常に変化しているなどということはいうまでもないことだったのではないか。と、カレエダは思っています。
 
自然をよく観察すれば、そして自然の成り立ちをよく理解すれば、
宗教などで誤魔化さなくても、人間は草木の枯れるのと同じように、静かに穏やかに死んでいくことがわかります。安心(あんじん)は、宗教に頼らなくても、古代から脈々と受け継がれている自然思想と現代科学の知見に裏付けされた自然観察によって得られます。
極楽だの天国だの復活だの妄想世界に逃げ込まなくても、自然のありようがわかれば自分自身の死にも親しみを感じるようになります。
自然のありように従って死ねるのは幸せなことだと思います。
カレエダは死に急いでいるわけではありませんが、幸せな気持ちでその時を待っています。
 
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あとがき・「ちょうどいい死に頃」
死は初めから生にプログラムされています。
しかし、自然も偶にはエラーします。プログラムされた死のスイッチが入らず、
なかなか死ねないまま爬虫類や虫けらのようになって生きつづける人もいます。これは悲惨です。
また、自然に死につつある人に点滴や胃ろうなどによって栄養を与えつづけ死なせないために悲惨な状況になる場合もあります。
1分でも1秒でも長く生きようと生にしがみついて不自然な治療をすることが悲惨な死を招くことはよく知られるようになりました。
人間を含めて動物の自然な死は、絶食状態になり、やがてエネルギーが尽きて、眠るような穏やかなものです。死につつあるものに点滴などで無理やり栄養を補給するからその栄養から生じるエネルギーで苦しむことになる。
余計な計らいをせず自然に任せておけば気持ちよく死ねるように自然は仕組まれています。自然界の動物はすべて静かに死んでいきます。痛いだの苦しいだのとジタバタして死ぬことはありません。ただし、毒を与えた場合は別です。
イヌもネコも静かに死んでいきます。ただし、人間と同じ治療をすれば人間と同じように悲惨な死を迎えることもあります。
有機水銀を取りこんだ魚を食べ続けたネコは、人間と同じように水俣病になり狂い死にしました。有機水銀は、もともと自然界にはないものです。
自然のありように従った死は静かで穏やかです。
 
良寛さんは「死ぬ時節には死ぬがよく候」と言っておられます。
長生きをすることは必ずしも幸せなことではありませんね。
限度を超えた長生きは悲惨です。
ちょうどいい死に頃というものがあるようです。
自然のありように従っておればちょうどいい頃に死ぬのではないでしょうか。
良寛さん享年74、西行法師74、蜀山人75、カレエダ現在76。
 
青々と繁れる山も やがて来む
      もみぢ散り敷く枯枝のとき
 
 
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