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ジォシティーズから移ってきました。よろしくお願いします。
 
 このごろ、PCに取りこんだ写真を見ています。
もう現実の景色はぼんやりしか見えませんが、
PCに取りこんだ写真は画面いっぱいに拡大できるのでよく見えます。
一葉の写真から次々に思い出が浮かぶことがあります。
これからシリーズでそんな写真を取りあげてみたいと思っています。
 
 イメージ 1









今回の写真は中尊寺金色堂脇のもみじです。
2014 10/28(火)撮影。

この写真には
晩秋の みちのくの自然の美しさが思い出されるとともに、
金色堂に入ったときの異様な雰囲気もまた甦りました。
四体のミイラ、濃く立ち込める香の匂い、目にしみる煙り。
金ぴかの仏像と装飾。煩悩の塊を見る思いでした。
死してなおミイラとして形を残したいと考えることも、金ぴかの金色堂を造って永遠に形をとどめようとすることも、もともとの日本人の感覚ではないと思いました。
 
芭蕉も三百年前ここに立ち寄っていますが金色堂をたたえる句は詠んでいません。芭蕉の感覚とは相容れないものだったと思われます。このことについては下記関連記事をご覧ください。
 
 
関連記事
 
1.「秋のみちのくへ・光堂のこと」 2015 12/4
 
2.「芭蕉と素龍」 2015 12/7
 
3.「芭蕉の自然思想 1「不易流行」 2015 12/17
 
4.「芭蕉の自然思想 2「人間の計らいは」2015 12/21

 
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