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知恩院 (紀行文 2007.11.7)京都市 青蓮院の前の道を北から、知恩院を訪ねる予定でいた。 知恩院の「黒門」を潜った辺りの風情が、私は大好きである。 緩やかな石畳と、城郭のような土塀、木々の美しさと、苔むした土盛り・・・。 今回、所々修理工事中のため、黒門からは拝観できなかった。 知恩院は正式には華頂山知恩教大谷寺と称し、浄土宗の総本山である。 梅原猛氏は、知恩院について「私の古寺巡礼」の中で次のように述べている。 『知恩院は二つの顔を持っている寺院である。 一つの顔というのは、法然上人の由緒の寺という顔である。・・・・・・ 徳川家康は、法然上人の熱烈な崇拝者と自称し、知恩院を保護した。・・・・・・ 知恩院は徳川家の菩提寺となり、幕府の京都における根拠地の一つともなった。 これが、もう一つの知恩院の顔である。』 三門 なんせ!巨大な楼門である。 我が国最大の三門で、5間3戸、入母屋造本瓦葺、高さ24メートルを誇る。 禅寺でもないのに、巨大な三門とは解せない気もする。 この三門は、元和7年(1621)徳川秀忠によって建立された。 徳川家の威光が、一番大きく荘厳な山門を作らせたのではないかと思われる。 梅原氏は、この門は城の役割をしていて、三門の上から旗をふるのが二条城の やぐらから見えて、京都御所を監視するのであると、述べている。 急な山廊を登り、回廊に出ると素晴らしい眺めである。 京都の街が一望で、やヽ右手奥に御所の緑がはっきり見定められる。 南禅寺の三門で石川五右衛門は「絶景かな絶景かな」と言ったと逸話があるが。 まさしく、知恩院の三門こそ、それに相応しいと思える。 楼上内部は、極彩色の彩画、文様で包まれ、豪華絢爛たる仏殿である。 中央に宝冠釈迦如来坐像と脇侍2体、そして十六羅漢像がずらりと並んでいる。 東福寺の山門内部より幾分広く感じられたが、緻密差が欠けているように思えた。 中央天井に龍,脇間には天女の天井画、大虹梁には麒麟と雲、小虹梁には龍に波。 板壁には菊と牡丹の草花、組物に描かれた文様と実に見事で美しい。 狩野探幽ら狩野派によるものである。 よく見ると、柱や、虹梁、組物にいたずら書きがあり、特に板壁の落書きが目立つ。 以前、三門は自由に拝観できたそうで、当時の観光客が書いたらしい。 明治の廃仏毀釈の頃は、もっと悲惨で、管理も充分されていなかったのであろう。 墨で書かれた落書きは、もうここに溶け込んでしまっているようにも思えた。 山門を過ぎると、急な石段が待ち構えている。 右側に緩やかな石畳の坂があり、急な男坂に対して女坂と呼んでいる。 石段を登りきると、広い境内に出る。 御影堂、阿弥陀堂、経堂と多くのお堂が建ち並ぶ。 知恩院の本堂は御影堂とも呼ばれる。 即ち、浄土宗開祖の法然上人の御影を安置しているお堂である。 御影堂は、寛永16年(1634)徳川家光公によって建立された。 幅24間、奥行き19間、入母屋造、本瓦葺の江戸初期の建築物である。 浄土宗ころから、本尊より開祖の方を敬うようになった。 御影堂が一番大きく造られ本堂になっている。 本尊の阿弥陀さまは、本堂の西側の少し小さめの阿弥陀堂に安置されている。 本堂の西奥に続く方丈の庭園を観賞する。 玉淵坊という坊さんの作によるに池泉回遊式の庭園である。 ここは観光客もほとんどいなく、静かでゆったりと庭を楽しむことが出来る。 小方丈の庭は枯山水で「阿弥陀二十五菩薩来迎図」を模して作庭されたとある。 「阿弥陀二十五菩薩来迎図」は知恩院が所蔵する有名な仏画である。 方丈庭園から山道を登ると「山亭」の庭に出る。 高台にある庭で、こじんまりとして小さめだが、ここから洛中が望まれる。 「山亭」は、法然上人の強い信者であった内親王のお住まいを移したもの。 優美で上品な建物である。 「山亭」の庭先から、墓地を抜け南に進むと「勢至堂」に辿り着く。 この勢至堂は享禄3年(1530)の建立で、知恩院の諸堂中最も古い建築物である。 平屋造り、こぶりなお堂は、天井もあまり高くなく、質素な感じである。 勢至観音菩薩を安置する。 合掌 外陣正面に、後奈良天皇宸筆による「知恩教院」と書かれた額が掲げられている。 この「知恩教院」こそが、「知恩院」の始まりなのである。 法然は美作国の生まれで、15歳の時比叡山に登り修業をつむ。 承安5年(1175)法然43歳の時、比叡山を下り東山吉水に住み専修念仏を提唱する。 建永2年(1207)、比叡山僧徒の弾圧により讃岐に流される。 建暦元年(1211)帰洛し、青蓮院の慈鎮和尚の庇護得て草庵を結ぶ。 法然死後、弟子であった源知上人が文暦元年(1234)に伽藍を再興して大谷寺とした。 勢至菩薩の化身と信じられた法然の恩に報いる為、境内に勢至堂を建立。 勢至堂を「知恩教院」と称したのが知恩院の起こりである。 勢至堂の山側の奥を見上げる辺りに法然さんのお墓がある。
今回工事中で、「法然廟」はお参りできなかった。 南無阿弥陀仏 |

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お参りしたことがありません。親鸞上人の師にあたる法然上人〜五木寛之がここ数年、こうした先達に参じて、興味深いことを書くようになっていますね。人はみな確実に死に向かった歩なんでいる〜次第にあちらに近づくと、その道の師に学び始めるのか〜はたまた時代の不安がそうさせるのか〜窮極の生き方、あるいは生きる姿勢というものが気になるのですね〜他人事ではなくなりつつあります。順調に長らえても○年程度、事故にでも遭えば、あっという間もなく・・・でありますね。
2008/11/12(水) 午後 5:01
知恩院なかなか風上情がありますね。
ココからお参りさせていただきます。
南無阿弥陀仏。
2008/11/12(水) 午後 7:13
「まさし」さん、京都はいいですね〜。大好きな都です。
知恩院は浄土宗の大本山で、除夜の鐘でも有名な寺院です。
2008/11/12(水) 午後 9:51 [ 竹淵 ]
京都に行きたい衝動に。。名古屋にも寄って。。
2008/11/13(木) 午前 8:04
「まあやん」さん、人間年をとっていくと、死についての無常観に苛まれるようになる様です・・・・。
いまは自分らしく精一杯楽しく生きることです??
西国三十三所観音霊場で、本尊のご開帳が進められています。好きなお寺巡りと、観音さまの巡礼を楽しみにしています。
2008/11/14(金) 午前 10:52 [ 竹淵 ]
[kt90jp]さん、名古屋経由、京都行き!いいですね〜〜。
京都にも美味しいそばやさんがあるようですしね(まあやんさんのブログ)。
実行されればいいですね!!
2008/11/14(金) 午前 10:57 [ 竹淵 ]