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赤岩寺 (紀行文 2007.11.17)豊橋市多米町 豊橋の赤岩寺で寺宝展が行われているので出掛けた。 赤岩寺は神亀3年(726)、聖武天皇の勅願で、行基の開創と伝わる古刹である。 空海の高弟果隣(こうりん)が、天安元年(857)に再興改宗して真言宗となった。 平安時代には12坊を有する大寺院であったらしい。 赤岩山を背景にいただき、落ち着いた趣のある寺院である。 中門まで、町並みが押し寄せて来ていて、時代の移り変わりを感じさせる。 仁王門から赤門(中門)までは、参道があるだけである。 境内は閑寂で、伽藍がいかにも古く古刹を思わせる。 南面の「本堂」、本尊の阿弥陀如来像を安置する。 本堂の左手に東面の「護摩堂」が、右手に西面の「薬師堂」が建つ。 始めてみる伽藍である。 「護摩堂」の本尊は愛染明王坐像である。 現在は、護摩堂の奥に収蔵庫が出来、他の寺宝と供に安置されている。 護摩堂の手前に地蔵菩薩の石像がある。 左足をだらりと下げ、別の小さな蓮の花に足を乗っけていらっしゃる姿で珍しい。 社務所をたずね、会場に並べられた数々の寺宝を拝見する。 平安時代の仏像や、南北朝から室町時代の仏画が揃っている。 下調べなしで来訪したのを後悔しながら、拝見させていただいた。 定印を結んだ阿弥陀如来坐像。平安時代の作とある。 鼻形や唇が鋭く、顎がしゃくれた感じの仏さま。行基の作とも。 小ぶりな観音菩薩の木造の立像。平安時代の作とある。 やさしさと品のあるお姿で、長い蓮の茎を持っているのが印象的である。 やはり定印を結んだ阿弥陀如来坐像。暦応3年(1340)の作。 仏師宗慶の銘が残っている。 愛染明王坐像は、離れた収蔵庫に祀られている。 愛染明王は名の如く、恋愛・縁結びの神として信仰されてきた仏である。 人間の本能である煩悩、愛欲は禁じえない、この本能の力を以って仏道に導く。 密教独自の尊王で、一面六臂の明王像で忿怒相をしている。 眼は三つあり、一つは眉間に縦についている。玉眼が嵌められている。 身色は真紅であり、燃える愛を表しているかのようである。 高さ95.6センチの桧の寄木造、鎌倉時代の作。 頭の上に獅子の冠をつける。獅子の眼にも玉眼を持ち、睨みを効かしている。 形相はでそんなに怒りの顔ではなく、童顔でやさしくさえ見える。 台座の蓮が美しい。蓮弁の葉脈が一本々々細かく浮き彫りにされている。 6本の手には夫々の仏具を持ち、衣には載金が施されている。 日輪を表す円光の光背を背負った見事な愛染明王像である。 昭和7年修理の際、冠から4センチ程の小さな愛染明王像が104体見つかった。 その諸仏も一緒に展示されていた。 円空の千体仏などの小仏像を思い出される。 市電「赤岩寺」の電停近くにある、蕎麦処「正家」で新そばを頂く。
長野県奈川産と案内があり、つなぎなしの蕎麦は美味であった。 寺参りの後の食事には何故か蕎麦がよく合う。 |

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