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平成29年4月13日(木)、ハイキングサークル「犬山から鵜沼宿ウォーキング」に参加
犬山城下町、鵜沼宿の江戸時代からの建造物の街並みを散策
見るもの食べるもの満載コース。
名鉄名古屋駅中央改札口に集合、名鉄電車に乗って犬山駅へ!
名鉄犬山駅
今日のウォーキングは犬山城下町を自由に散策
グループで好きなランチを頂く
そのあと全員で鵜沼宿へ!
リーダーから挨拶
参加人数25名
木下城跡
秀吉も飲んだという金明水の井戸が境内にある
枝垂れ桜は終わっていた
立派な巨木は新芽が吹いて青々していた
正面に犬山城が見える
名物の食べ物を食べながら散策
「椿」にてランチセット頂く
大安寺川に垂れる柳が美しい
中山道の宿場町
江戸時代の宿場町の面影を伝える鵜沼宿の町並み
脇本陣、町屋館、町屋住宅が並ぶ
新鵜沼駅まで戻り、名鉄電車にて名古屋へ!!
街歩きのウォーキング、天気にも恵まれした。
桜もあちこちで美しく咲いていました。
皆さんに感謝感謝!!
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ハイキング&ウォーキング
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平成29年3月9日(木)、ハイキングサークルの「月ヶ瀬 梅渓歩き」に参加
「一目百景」から始まりそれぞれの梅林には名前が付けられています。
「帆浦梅林」「天神梅林」「鶯谷梅林」など、名張川を見下ろすこれら全体でこの地を梅渓谷と称します。
TV塔駐車場からバスに乗り、名古屋高速・東名阪自動車道・名阪国道を走り、治田ICから下車月ヶ瀬梅林に向かう。
世話人から挨拶
今回参加者数23名、初参加1名
趣のある家屋の前に「名勝月瀬梅林」の石柱が建つ
右手に曲がって進む
お土産屋さんが並び坂道を上る
梅と茶の里らしい店が続く
五月川と梅林が織り成す景観が美しい
樹齢200年の「城州白」の梅が見事である。
お社の一画が広場になっていて見晴らしがいい
東屋で昼食を頂く
何時もながらおにぎりが美味しい
温かい「お味噌汁」の提供がうれしい。
全長160mの大きな吊り橋
橋を渡って対岸I渡る
駐車場付きの休憩所
梅の大木がまだ少しの花をつける
霞みのように梅林が続く
坂道を上って「雲景山梅林」を超えると八幡神社がある
神殿の裏手には大きな岩が鎮座している
役の行者の修業の地といわれる
この後、近くに駐車していたバスに乗り込み一路名古屋へ!
風が冷たく、強く吹き付ける時もありましたが、晴天に恵まれ絶好のハイキング日和になりました
梅は少し早かったようですが、見事な梅と名張川渓谷の絶景が楽しめました。
約1万5千歩のウォーキングとなりました。
皆さんお疲れ様でした
感謝感謝!!
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平成29年2月9日(木)、ハイキングサークルの「みかん畑と浜名湖をながめながら里山歩き」に参加
三ケ日から姫街道を東に向け引佐峠を越えて気賀まで歩き、東海道の脇道として栄えたルートを訪ね、龍潭寺へバスで移動して井伊直虎の生誕地を散策する。
TV塔駐車場からバスに乗り、名古屋高速・伊勢湾岸道・東名高速道を走り、三ケ日IC下車
三ケ日IC近く、姫街道との合流点からスタート
今回参加者数27名
世話人から挨拶
少し戻ると慈眼寺庚申堂がひっそり建ていた
内外陣向拝つきの古いお堂
格天井には福田半香。蘆水粽林らの絵が架かる
江戸時代この地を支配した旗本大谷近藤家の陣屋があった
もの静かな佇まいであった
昔、行き倒れの人を葬った墓地
江戸の僧円氏を葬った墓
三ケ日のみかん畑が広がる
江戸から70里
昔は両側に土手が作られていた。
広々した視界から山側に入る
小雨が降りだす
引佐峠を登り下りするときに、この岩に石を投げつけて無事を祈ったと伝わる
大きな岩に小石がたくさんくっついていた。
巨大な象は船で渡すことが出来ず、姫街道を迂回した
この厳しい峠のため象が鳴いたという
開けたところに出ると東屋がありここで昼食とする
おにぎりが美味しい
熱いみそ汁を作ってくれました。
姫街道の随所に石畳が敷かれていました。
昔の面影が感じられます
浜名湖の北部が望まれます
大木の桜の木が咲いていました。
平石御休憩所
姫街道を通行する大名や姫様に、近藤家の家臣が出向いて接待したと伝わる
巨大な岩に座るといいことがあるといわれている。
本尊は薬師如来
引佐峠を登り下りする旅人の休憩場所であった
琵琶湖を掘った土を運び富士山を作ったという伝説
巨人ダイダラボッチの足跡?
姫街道気賀宿の本陣跡
公園として整備され休憩所になっている
平成2年に再建された
展示棟には駕籠、宿札、手形などの資料が展示
伊井家の菩提寺
小堀遠州作の庭園が有名
伊井家歴代の墓地
直虎や直政の墓が並ぶ
後醍醐天皇第四皇子、宗良親王を祀る
南北朝時代、南朝方として井伊氏とともに奮闘した
小雨降る中、姫街道を歩きました。
風はなくそんなに寒くはありませんでしたが、
皆さん本当にご苦労様でした。
約2万歩弱のウォーキングでした。
感謝感謝!!
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平成29年1月12日(木)、ハイキングサークルの「津島街道ウォーキング」に参加
江戸時代は上街道と呼ばれ津島の町中で巡見使が通った巡見街道と重なり佐屋街道に至る下街道と合流した。
津島から勝幡までは中世の自然堤防上の道であり、街並みはこの堤防に沿って発展した。
名鉄名古屋駅改札口に集合、名鉄電車に乗り勝幡駅へ!
近代的な駅舎である。
昔の地名は塩畑であったが、城が出来勝幡と言い換えた。
世話人から挨拶と今日のコースについて説明
今日の参加人数は23名
勝幡城にて信長が生まれる。
信秀と土田御前に抱かれる信長
1504年に織田信定が築城
信秀が清州を攻略後衰退する。
尾張6地蔵の一つ
釜の上に鋳鉄地蔵尊が安置される。
旧津島信用金庫本店
津島観光の案内や展示が行われている。
今回は雛人形が飾られていました。
津島神社の神木
樹齢およそ400年。
高さ約30m、幹の太さ5.4m。
牛頭天王を祀る。
疫病や厄除けの神様として信仰が篤い。
楼門は豊臣秀吉の寄進による
木曽川の支流である佐屋川に合流する天王川。
現在は市の西部に丸池として残り、自然豊かな公園となっている。
ここでお昼ご飯を頂く。
彫刻家イサム・ノグチの父で、詩人ヨネ・ノグチが幼少期を過ごした家。
昔商家に押し入った盗賊の前に六人の僧が現われ、何も取られすんだ。
僧は地蔵さんの化身と信じお堂をたてて6体の地蔵を祀った
後醍醐天皇の曽孫にあたる良王君の菩提寺
1494年(明応3)の創建
本尊は丈六の阿弥陀如来座像
信仰のあつい津島の人々の暮らしや土地柄が偲ばれる。
街道の追分には津島への道をしめす道標が立つ。
浄土真宗大谷派。山号は久遠山
長島一向一揆のときに、教如上人の身代わりとなったことなどの功績から津島御坊の称号を授けられた。
服部小平太の菩提寺
織田信長が桶狭間の戦いで、今川義元に一番槍をつけた人
五百羅漢堂があり住職さんから法話を頂く
駅前の喫茶店で時間合わせと、冷え切った身体を温める
津島駅から電車で名古屋へ!
約2万歩を超えるウォーキングでした。
みなさんお疲れ様でした。感謝感謝!!
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平成28年12月8日(木)、ハイキングサークルの「美濃赤坂ウォーキング」に参加
中山道の宿場として栄えた赤坂、金生山は大理石、石灰と化石の宝庫、国分寺、円興寺の周辺は歴史を偲ぶ。
TV塔駐車場からバスで、名古屋高速・名神高速道・東海環状自動車道を通って大垣西ICで降り、美濃赤坂へ!
スタート地点に到着
参加人数24名
美濃赤坂宿は中山道56番目の宿
赤坂宿は、東山道時代から杭瀬川の舟待ち宿として存在していた杭瀬宿がもと。
壬申の乱の際に大海人皇子が祈願し勝利を納めた。
また関ヶ原合戦では徳川家康が祈願し勝利を納める。
いたるところに葵の紋が見られるのは、徳川家康から三つ葉葵の定紋を受けている証拠。
寺の裏山に岡山本陣跡(徳川家康陣跡)がある。
赤坂宿の中心街
「赤坂本陣公園」となっている。本陣役は馬渕家、平田家、谷家と続き、以降は矢橋家が明治初年まで務める。
和宮の逗留の碑がある
赤坂港跡の対面にそびえる高〜い櫓
岐阜の方では子授けや安産の祈願をする有名な神社。
産刀を造り安産を祈られてきたそうです
濃尾平野を一望できる金生山の山頂にある寺院
持統天皇の勅願により朱鳥元年(686年)役の小角により創建された。
カルスト台地のような奇岩怪石の自然の岩があり、堂内は岩屋内陣になっている。
虚空菩薩が本尊
境内にて昼食を頂く
おにぎりが美味い!!
牛若丸が奥州へ落ちのびるとき、この地で休憩し、葦の杖を地面に刺したところ芽が出て竹になったという。
小篠竹の塚があり、その横手に照手姫の墓が並ぶ。
国家の泰平を願い天平13年(741)聖武天皇の命により、全国68か所に建立され寺院の一つ。
1615年(元和元年)、旧美濃国分寺の北東に、金銀山瑠璃光院美濃国分寺として再興された。
美濃国分寺の本尊で江戸時代初期、真教上人が土中から見出したと伝わる
高さ304.8cm、行基の作と伝わるが、平安後期の作と見られる
丈六のケヤキの一木造
円興寺末寺
大伽藍があった様子がうかがえる
延暦9年(790)、伝教大師最燈が創建
織田信長の焼き打ちにあい焼失する
梁塵秘抄(りょうじんひしょう)の碑がある
円興寺山中には平家に追われた源義朝・朝長の墓がある
約2万歩のウォーキングになりました。
バスに乗り込み一路名古屋へ!!
皆様お疲れ様でした。この後恒例の忘年会!!
感謝感謝です
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