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徳川園80周年 「秋の寺院特別公開と文化財建築物ツアー」 11月10日(土)に行われたガイドツアーに参加しました。 建中寺御霊屋ー蓬左文庫旧書庫ー徳川美術館山の茶屋 蓬左文庫 尾張徳川家の旧蔵書を中心に和漢の優れた古典籍を所蔵する文庫。 蔵書数は約11万点。 徳川家康の死去により、その遺品の多くが、尾張、紀伊、水戸の御三家に分譲され、これを契機に尾張藩の御文庫が形成された。 旧書庫 昭和10年、尾張名古屋家大曽根邸内にあった2棟の蔵を1棟にあわせて移築した。 外壁は土蔵造りからコンクリート造りに改築された。 平成13年改修工事で西向きから北向きに回転させ、数メートル曳いて新設され建物と渡り廊下で繋がった。 現在は玄関ホールとして活用されている。 2階に書架が見られるよう床が抜かれている。 キングポストトラスト 伝統的な土蔵造りの軸組みにキングポストトラストと呼ばれるイギリス式の小屋組を持つ珍しい和洋折衷の洋式。 三角形に組んだ柱で屋根を支える工法。 徳川美術館山の茶屋 木造、平屋寄棟造、浅瓦葺き胴板葺き出庇付きの数奇屋建築である。 明治年間に名古屋城内から移築改装された可能性が高い。 東西と南北に棟を持つ(移築寺に改装されたようで元は一棟であった) 4つある各室は濡れ縁を介して往来でき、全て隅を切った平面を持つ。 灯篭は加藤清正が朝鮮の役の際に持ち帰ったと言われるもので珍しい姿である。 徳源寺 臨済宗妙心寺派 蓬莱山 徳源寺 織田信長の次男信雄が熱田に宝泉寺を建立したのが始まり。 尾張藩主徳川慶勝が雲水修行の専門道場として開創した。 仏殿 大正年間に建造。 堂内には銅製の釈迦涅槃像が祀られている。 建中寺 1651年(慶安4年)に第2代尾張藩主徳川光友が、父である第1代藩主徳川義直の菩提を弔うために建立。 以後、尾張徳川家の菩提寺となる。 御霊屋 保存修理事業が平成27年まで行われる。 ヘルメットを着用して、御霊屋の唐門、渡殿、拝殿、本殿と拝見しました。 内部の部屋は色彩も確り残っていて素晴らしいものでした。 格天井、蟇股、板壁等に描かれた文様や鳳凰図などが見られます。 外気に当たる部分の剥奪は激しく修復が待たれます。 尾張徳川家歴代の位牌 本堂の脇陣に歴代の位牌が並べられていました。 御霊廟の改修が済むまでここに祀られることになる。 素晴らしいガイドツアーの企画でした。
今後もこのような催しが行われるよう期待します。 名古屋市の歴史まちづくり推進室 頑張ってください! |
史跡めぐり
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大須観音で御本尊の御開帳が10月18日〜25日開かれている。 羽島市から移されてから400年。 御本尊御遷座四百年記念・国宝古事記誕生から千百年を記念して大開帳される。 前回の御開帳から28年振りという。 仁王門 大須観音の門、仁王さんを祀る。 位置の関係でここから入ってお参りする人は少ない。 本堂 大開帳の立て札が立つ。 結縁を結ぶ「善の綱」が本堂から引かれている。 御開帳の雰囲気が漂う。 外陣 多くの信者が参拝に訪れている。 御開帳受付を済まし内陣へ! 僧から左手に香を頂き全身に込め、さらに別の僧から清め頂く。 内陣中央に大きな須弥壇があり、その壇上に厨子が設けられていた。 開かれた扉の中に、聖観音が安置されていました。 薄暗くで良く御姿が観えませんでしたが、全体的に温和な感じのする容姿でした。 黒っぽく、約1mほどの立像。木造?で藤原時代の作か? 開創された能信上人が霊夢で拝した観音菩薩。 霊験新たかな観音さんとして信仰され続けた。 施無畏印の手首には5色の御手糸が結ばれています。 境内 人になついたハトが飛びあう。 大須観音は庶民に信仰されている。 8の付く日には境内で骨董市が開かれる。 |
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秋晴れの日(10月8日)、京都の名所を散策した。 東本願寺 東本願寺は、浄土真宗「真宗大谷派」の本山で「真宗本廟」といい、「お東」、「お東さん」とも通称される。 御影堂 宗祖親鸞の坐像を安置する。 建築面積において世界最大の木造建築物である。 現在の建物は、明治28年の建築物であり、平成の大規模修復が行われた。 阿弥陀堂・御影堂門は改修中であった。 大寝殿・大玄関 大寝殿の前の地下はギャラルーホールが造られていた。 菊門 勅使門とも呼ばれ、勅使のみが使用する門。 桧皮葺唐門の豪華な建築物である。 白書院の庭 よく整備されたお庭で気持ちが落ち着く。 能舞台 使用されていないようであった。 白書院から鑑賞したのであろうか。 渉成園(枳殻邸) 池泉回遊式庭園をもつ東本願寺の別邸。 庭園 邸宅周辺が枳殻(からたち)の生垣であったことから枳殻邸(きこくてい)とも称された。 石川丈山が作庭したと伝えられ、庭園内の見所を「渉成園十三景」として紹介している。 能「融」の舞台としても知られる。 榜花閣 「渉成園十三景」の一つ。 二階建ての楼門造りで、左右に二階へ登る階段がある。 三十三間堂 正式名は、蓮華王院で、南北にのびるお堂内陣の柱間が33もあることから「三十三間堂」と通称される、 平安後期後白河上皇が、「法住寺殿」と呼ぶ院御所内に、平清盛の資財協力によって創建された。 本堂 南北120メートルの長大なお堂は、和様、入母屋造り本瓦葺きの建物。 堂内には前後10列の階段状の壇上に等身大の1000体の観音立像が整然と並ぶ。 中央に千手観音坐像が安置、風神・雷神と二十八部衆が祀られる。 通し矢 本堂西側の射程60mの特設射場で矢を射る「三十三間堂大的全国大会」が行われている。 太閤塀 大仏殿・方広寺にあった築地塀を南大門とともに移築された。 智積院 智積院は、京都市東山区にある真言宗智山派総本山の寺院。 宝物館には長谷川等伯・久蔵父子による大書院障壁画 画展示。 山門 講堂・大書院に向う門 参道に敷かれた石組みが美しい。 庭園 大書院に面した庭園は千利休好みと言われ、国の名勝に指定されている 山は「廬山」を、池は「長江」をモデルとしている。 サギ? 散策に疲れ庭園を眺めながら一息入れる。 サギが庭の石組みに舞い降り一息?餌を狙っているのか? |
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江南市にある「音楽寺」で「あじさい祭り」が行なわれている。 この期間、境内にある資料館で「円空展」が開かれる。 音楽寺 音楽寺は元大乗院といって、村国男依の建てた寺院である。 村国男依は大海人皇子の舎人で、壬申の乱で功をたて寺院も拡大した。 奈良時代から平安時代初期の布目瓦、風招などが出土している。 本堂 紅白の幕が垂れ祭りの雰囲気が漂う 薬師堂 薬師如来の幟が立ち並ぶ 薬師堂内 薬師如来、十二神将?が安置されていた。 以前はここに円空仏が祀られていたのか? 境内 高台の観音堂?から境内を望む 落ち着きのあるしっとりした風情である。 あじさい この季節「あいじさい祭り」が開かれる。 15種、1200本の紫陽花が咲き誇る。 資料館 「あじさい祭り」の期間「円空展」が開かれ円空仏16体が観られる。 薬師如来三尊 3体 十二神将 11体(戌像を欠く) 荒神 大護法善神 大護法善神 この写真はお借りしています 頬が高く、人間味あふれる、楽しげな像である。 穏やかな微笑が、観る人を魅了する。 |
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稲沢市の性海寺で「あじさい祭り」が開かれている。 梅雨の合間、爽やかな天気に誘われて出かけた。 性海寺 性海寺は空海が愛染明王を本尊として創建した古刹である。 鎌倉時代に中興される。 山門 延宝7年(1679)建立された薬医門 「大塚山 性海寺」の石柱が立つ。 築地塀 門から続く築地塀にそって紫陽花が咲く 心癒される風情である。 愛染堂1 山門を入って正面に建つ 五色の垂幕が架かり祭りの雰囲気がする。 愛染堂2 回廊に奉納された底の無い柄杓が並ぶ 耳に霊験あり、昔から聞こえがよくなる様祈願されている。 多宝塔 建長5年(1253)の建立、室町中期に再建される。 銅葺の屋根の反りが美しい。 庫裡 「あじさい祭り」の期間、寺宝の数々が展示さる。 本堂の堂内も拝観できる。 菩提樹 庫裡の前の庭に菩提樹の花が咲いていた。 菩提樹の香が辺りに漂っていた。 回廊 本堂回廊から、裏山に咲く紫陽花が美しい。 本堂 慶安元年(1648)建立 入母屋造、杮葺き。 三間四方の御堂で、正面に唐破風の向拝を持つ。 堂内には、善光寺三尊を安置する宝塔が須弥壇の上に祀られる。 大塚性海寺歴史公園 6月1日から「あじさい祭り」が開催 90種1万株の紫陽花が咲き誇る |




