|
信長は親父信秀の葬儀に遅れて顔を出し、位牌に向かって抹香を投げつけた? 先日、大須の万松寺を訪ねた。 本堂は地下一階、地上五階建の鉄筋コンクリートの近代的な建物です。 境内から本堂を見上げると、織田瓜の家紋のついた扉が見える。 定刻になると梵鐘の響とともに扉が開き、からくり人形が出てくる。 あの有名なエピソード、信秀公の葬儀の再現です。 信長は19歳、親父は41歳で亡くなった。 家督はすでに就いていた。 が、弟の信行を担ぐ家臣も多く、家督争いは続いていた。 「信長記」には、この出来事は記載されていなかったと思うが? この時期、信長の奇行の数々は「信長記」にも書かれているので、父親である葬儀での事柄なら詳しく記されていても不思議でないと思われる。 事実とすれば、何故こんな振る舞いをあえてしたのか疑問である。 織田家筆頭の葬儀である。喪主であるべき信長のこの態度は考えられない。 父への怒り? 信長は武将としての父をある意味で尊敬している。家督を譲ってから若い側室岩室と酒に溺れていたのを諌めた。 父の死は早すぎた? 清洲の信友が虎視眈々と信秀を狙っていた頃である。 うつけ者を装った? 他国の侵略を心配していた。本当の自分の味方を見極めていた。 信長の性格、攻撃的で猜疑心が強い性格がこういった行動を取らせた? とも考えられんます。 また、後世になって、信長らしい性格の一面として創作されたのかも? 史実でしょうか?
伝記として残ったのでのでしょうか? |
歴史 疑問の扉
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]






