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「甚目寺観音展」

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名古屋市博物館にて「甚目寺観音展」が開催されている。
期間は7月16日〜8月28日
 
甚目寺は尾張四観音の一つ。推古5年に創建された古刹である。
仁王像の修復完成を記念し、数々の寺宝と1400年の歴史が紹介されている。

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1 甚目寺の歴史
 コラム 古代の海部郡と甚目寺
 コラム 豊臣秀吉・福島正則と尾張の寺
2 甚目寺のほとけたち
 コラム いわゆる運慶作の仁王像について
3 名古屋城下と甚目寺
 
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仁王像
この写真は図録より拝借しました
仁王像の内部から地元の武将、福島正則による造立奉納を示す墨書銘が発見された。
運慶の作とされていたが、桃山時代の奉納者、作者が判明した一級品の仏像である。

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愛染明王坐像
この写真は図録より拝借しました
三重塔に安置されている愛染明王坐像。修復後の像です。
 
本展覧会を前に解体修理したところ、胎内仏である小像の愛染明王が納められていたのが判明した。

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「五指量愛染」
この写真は図録より拝借しました
愛染明王の胎内仏。
五指量愛染とは、5本の指の長さを表わす。
小像の高さは僅か6.6cm。
細かい細工、色彩も確り残されている。可愛らしい愛染さまである。
胎内仏は再納入されるため、二度と見ることは出来ない。

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「甚目寺の仏像をめぐって」
山岸公基(奈良教育大学教授)による講演会を聴講。

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「仏像の材料とその周辺」
横川耕介(愛知仏像修復工房代表)による「仏像修復セミナー」を聴講。

「美濃の白隠」展

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「美濃の白隠」展が美濃加茂市民ミュージアムで開催されている。

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白隠慧鶴(はくいんえかく 1685〜1768)は「臨済宗中興の祖」といわれる人物で、臨済宗妙心寺派の僧です。
貞享2年(1685)駿河国に生まれ、15歳で出家し慧鶴と名付けられました。
当時の修行は、各地の禅匠の評判を聞いて訪ねていき、研鑚を積むというものでした。
そのような中で、白隠は美濃国の寺を訪れ、その数は静岡に次ぐ多さです。(パンフより)

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白隠の禅画と墨蹟は独創的な表現で知られ、そのユーモラスな中に禅の教えにふれることができます。
大きな画幅に迫力満点に描かれる「達磨図」や笑い顔でユーモラスに描かれる「布袋図」など、当時としては新しく稀有なものでした。(パンフより)

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本展では、美濃にのこる白隠の書画を展示し、その足跡をたどるよとともに、
早稲田大学會津八一記念博物館から白隠の作品を紹介します。(パンフより)

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正眼寺
美濃加茂まで足を運んだので、伊深の正眼寺を尋ねてみた。
正眼寺は元徳2年(1330年)、関山無相大師が開山した臨済宗妙心寺派の妙法山正眼寺は妙心寺の「奥の院」とも呼ばれる道場である。

円空展

円空展が愛知県一宮市の博物館で、7月11日まで開かれている。

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一宮博物館
一宮市の歴史や文化遺産に関する展示を行う目的で、一宮市が運営する博物館である。
禅宗の古刹妙興寺に隣接する静かな雰囲気の中に建てられている。

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円空展
本展覧会では、一宮市をはじめ県内に伝わる作品を中心に70点余りを展示し、円空作品の魅力に迫る。

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パンフ
円空は寛永9(1632)年に美濃国に生まれ、全国各地を巡り生涯に約12万体の神仏像を彫ったといわれます。

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パンフ
柿本人麻呂像
天照皇太神像・馬頭観世音菩薩像・熱田神宮明神像
聖観音菩薩像・他
観音菩薩像
財善童子像
竜王像
大黒天像

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妙興寺公民館
円空展に伴い特別講演が公民館で開催された。
「円空の生涯」
講師:円空学会理事長 長谷川公茂

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講演会
円空の彫刻ほど私達の心を打つものは、そんなにない。
その彫像は簡潔で、要点をつかみ、いつも豊かなほほえみと、人間愛にみちて、こぼれ漏れる慈恵相のほほみでほほえむ。
(円空の生涯より)

素敵な円空仏たちの微笑に堪能しました。
庄中観音堂の観音さんの微笑みは、にっこり笑って優しく話しかけてくるようです。
稲沢の阿弥陀堂の観音さまの微笑みは、細く長い目と口元が円満の笑顔を称えています。
それぞれの円空仏はそれぞれの微笑があります。
みんな素敵な微笑の仏さまたちです。
「開府400年記念特別展 名古屋400年のあゆみ」名古屋市博物館で開催中
1月24日展示説明会を聴講し、展示会を鑑賞した。

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名古屋400年のあゆみ
名古屋城のパンフレットは杉本健吉の原画

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名古屋博物館
1月9日(土)〜3月7日(日)開催中

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展示説明会
学芸員の方から主な展示物の解説がありました

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40のトピックスで
400年のあゆみを40のトピックスで区切って振り返ってみる
名古屋城の築城から、伊藤みどりさんの銀メダル獲得まで
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臨済宗妙心寺派大本山妙心寺は建武4年(1337)に、花園法皇が自らの離宮を改めて禅寺とした。
妙心寺の歴史を語る名宝の数々と、中部地方に所在する貴重な文化財を紹介されていた。

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一章 妙心寺の開創
花園天皇は仏教に深く帰依し、特に禅宗に強い関心を寄せて、宗峰妙超に師事する。
宗峰妙超が没した建武4年には、宗峰の弟子の関山恵玄を迎えて妙心寺を創建した。
関山恵玄は幼くして出家し、鎌倉の建長寺で大応国師に師事し、ついで京都の大徳寺で大燈国師について修行する。

宗峰妙超墨蹟「関山」道号(京都・妙心寺)
この写真はお借りしています

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二章 妙心寺派の高僧と文化
関山恵玄以後、妙心寺には次々と高僧が輩出した。
室町時代の中頃に、支柱となる四つの分派が生まれた。

達磨図 白隠筆(豊橋・東観音寺)
この写真はお借りしています

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三章 戦国武将と妙心寺派寺院
妙心寺派の寺院は戦国武将の支持を得て大いに発展した。
今川義元が太原崇孚に
織田信長が沢彦宗恩に
徳川家康が鉄山宗鈍に帰依している。

織田信長像 狩野常信筆(名古屋・総見寺)
この写真はお借りしています

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四章 ゆかりの名宝
妙心寺は応仁の乱で炎上したのちに、細川勝元・政元父子によって復興した。
その後、戦国大名たちによって、塔頭が次々に創建された。

雲龍図 川合玉堂筆(犬山・徳源寺)
この写真はお借りしています

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