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一夜あけて 切り株見れば
アイスキャンデー われ囚人(めしうど)の甘露とぞなる
シベリアの 白樺林 春浅く 恵みの露に舌つつみうつ
終戦直後シベリアに抑留された小堀宗慶さん(遠州茶道宗家)がいま日本経済新聞に
「私の履歴書」を連載中です。その人生の中でつらかったシベリア抑留の話があります。
中国北部で戦っていた大勢の人がロシアの捕虜となりシベリアに送られ、極寒のなかで
鉄道、道路の開拓、建設作業にロシア軍の監視の下従事させられました。
栄養失調、凍傷、しらみ、皮膚病 下痢等劣悪な環境でかなりの人が亡くなりました。
捕虜になったときに貨車にぎゅうぎゅうに沢山の人が詰め込まれ何日も何日も列車が走っていく・・・
あるとき海が見えたのでみんな「日本海だ・・・」と思い「帰れるのだ・・・」と涙を
流し喜んだ・・・しかし着いてみるとどうも海ではないようだ・・・そのうちバイカル湖という
とてつもない大きな湖でさらに日本からは遠く離れたということが分かり悲嘆の涙に
変わったと・・・それから極寒でひえ、粟、肉のないスープ、ぱさぱさのパンでぎりぎりの
生命力を維持しながら、シャベルを持ち毎日ノルマを果たすべき作業場に歩いていき、そこで
重労働。 蛇、虫の幼虫、は重要な蛋白源。見つかり捕獲すればれば大喜び、木の皮、も食べた・・・
外で労働中に寒さで手、指、耳、鼻などの色が白く変わって来る・・・凍傷の始まり。
みんなお互いを監視しあい、「指!!」「耳!!」「鼻!!」と大声で声を掛け合いその部分を
手で叩き、こすりあう・・・赤みがさしてくる・・・血がとおりひりひりしてくるがこれで
凍傷を避ける、そうしないとすぐにその部分が腐り、ぼろっと落ちてしまう。体の一部がなくなる・・・
その中でも体力のないもの、生命力の弱い仲間が倒れていく・・・この悲惨な毎日の
中でもささやかな、喜びを見つけ出す・・・・冒頭に書いた歌は、白樺の幹に染み出す樹液が食べられる・・・そしてそれが甘い・・・と分かったときの喜び・・・・ある浅春の朝、切り株の上にこの樹液が
凍っており、それを口にしたら・・・日本で子供の頃に食べたことのあるアイスキャンデーの味がする・・嬉しくて嬉しくて小躍りしたと・・・歌にまで詠んだもの。
この連載を話を読んでいると、涙が出てきます。どんなつらい、過酷な状況でも希望、嬉しさを見つけ出し生きていく。その先に何かいいことがあると信じて・・人間です。
この連載は日経の裏表紙ですが毎日この連載から読み始めます。
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生死の狭間で生還された人は強いはずですね。私には胸が傷むくらいしか実感はないのですが・・・
2006/8/19(土) 午後 5:01
まさにそのとおりです。 私の奥さんのお父さんはこのシベリアがえりです。83歳で今老人介護病院で病気と闘っていますが生命力は強い。かわいそうですが。
2006/8/20(日) 午前 3:54 [ thi*pos* ]
> nonnonさん
こんにちは。ブログ投稿ご無沙汰ですが先週京都舞鶴の
シベリア抑留引上者記念館に初めて家内と行ってきました。今は亡き義父をしのんで。このブログの投稿思い出しました。10年たちますがnonnonさんは続けられてますね素晴らしいです。
2016/6/13(月) 午前 7:56 [ thi*pos* ]