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もっとも有名であろう「失われたアルバム」がビーチボーイズのスマイルであることに異論は無いだろう。近年、具現化された商品として出てるが、そういう行為は伝説の陳腐化を招いてしまい随分と幻滅させられた。

ご存知の通り、スマイルは1967年にビーチボーイズ、もっと言うとブライアンウィルソンが血眼になって制作していたアルバムである。前作ペットサウンズをさらに深化させた緻密なサウンドと、あたかもアメリカ横断のような目まぐるしく流れるトータルアルバムといった印象だ。

しかしブライアンの好敵手、ビートルズの面々が同年、あのサージェントペッパーを発表したあたりから事態は変わる。ブライアンはサージェント以上のものを作れる自信を無くすとともに、以前より深刻だったドラッグ中毒が追い打ちを立てる。その結果、アルバム録音は放棄される。

実際、公式発売された当時のセッションを聴く限り、あと数曲のボーカルトラックを残すのみと思われる。実に惜しい。
アルバムは「英雄と悪漢」「サーフズアップ」「グッドバイブレーション」を核に目くるめく小品が埋め尽くす。幻想的で美しすぎる巨大な交響曲を聴くと、ブライアンは自分の頭の中で鳴っている音楽をアウトプットしきれない、という天才がゆえの悩みを抱えていたようにも思える。

個人的にはサージェントよりもずっと優れたアルバムだと思うし、ペットサウンズよりも彼ららしいコーラスワークも充実しているように思える。
以降ビーチボーイズはサンフラワーという傑作をものにしたものの失墜は止むを得ず、スマイルでの録音物は以後のアルバムで小出しにされていった。

ボブディランはブロンドオンブロンドをちゃんと発表してから燃え尽きただけに、ブライアンもあと少しだけ頑張ってもらたかった。
お久しぶりでございます。

さて、単発でこれから数回、ロック史上でも有名な「幻のアルバム」についての記事を書いていこうかなと思っております。

さて、シリーズ1回目はポールマッカートニーです。

ポールのソロ活動は依然として天才で多作であるものの、その才能に甘えて弱い作品を発表することも少なくありません。
要は、自分の才能を理解できていないのでしょう。ディランと同様に、アウトテイクが素晴らしい!ということも多々あります。

それに加えて、シングル曲をアルバムに収録しないというポリシーのため、アルバムの水準がさらに下がってしまいます。
例えば、ウイングスの79年のアルバム「Back To The Egg」は、先行シングル「Goodnight Tonight」「Daytime Nightime Suffering」が収録されていればかなりの名盤になっていたでしょう。

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前置きが長くなりましたが、今回に限ってはアルバムごと未発表です。
1987年に制作され発表が予定されたこのアルバムは、プロデューサーのフィルラモーンとの確執もあり頓挫してしまいます。

ここで、1987年という時期に注目してみましょう。
ポールは前年に発表したアルバム「Press To Play」のセールスが落ち込み、かなりの気合いを入れていたと思います。加えて、この年はビートルズの「Sgt. Pepper's 〜」から20周年を迎えていました。
そこで、ビートルズへのオマージュも兼ねた作品を目指したようです。

ここに収められるはずだった未発表曲を聴いていくと、勿体ないなあとつくづく感じます。
「We Got Married」「This One」「Beautiful Night」「Once Upon A Long Ago」は後年のアルバムやシングルで小出しにされましたが、「Lindiana」「Return To Pepperland」「P.S. Love Me Do」などの優れた曲が現在もお蔵入りしています。

ポールは長年「Cold Cuts」という未発表曲を集めたアルバムを構想しています。発端はなんと74年まで遡ります。しかし未だ実現せず、ついにはアーカイブシリーズのボーナストラックで小出しにされてしまいました。

以上のように、彼のソロ活動は「たられば」が膨らみますが、自分の天才さを客観的に理解することもまた才能なのでしょう。そこだけがポールには欠けていました。
ビートルズのように、同程度あるいはポールより優れたミュージシャンがいると、そのような不運は無いのですが。
迎えた1980年、ジョンがカムバックを高らかに宣言し、ビートルズは5年のブランクを経て再始動することとなる。

80年9月の第一弾シングル「Starting Over c/w Daytime Nighttime Suffering」は完全復活を印象づけるにはこの上なく良くできた曲で、全米で12週一位となる。

11月にはニューアルバムからの先行シングルとして、「Coming Up c/w I'm Steppin' Out」が発売され、これも6週一位に輝く大ヒットとなる。

アルバムは11月中旬に発表。発売当初から最高傑作との呼び声も高かった。

The Beatles / Starting Over

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A1. Starting Over
A2. Temporary Secretary
A3. Cleanup Time
A4. Waterfalls
A5. All Those Years Ago
A6. Beautiful Boy (Darling Boy)
B1. Coming Up
B2. Watching The Wheels
B3. Goodnight Tonight
B4. Woman
B5. Arrow Through Me
B6. Dear Yoko

アルバムが全米一位をひた走る1980年12月8日、ジョンは凶弾に倒れる。再始動の直後の悲劇だった。世界中の多くの人が悲しみに暮れ、追悼の意も含め圧倒的なセールスを記録。

翌81年にシングルカットされた「Woman c/w I'm Losing You」「All Those Years Ago c/w Nobody Told Me」「Watching The Wheels c/w Borrowed Time」はいずれも全米一位を記録。皮肉にもジョンの死によってビートルズ人気は最高潮を迎えるのだった。

しかしバンドの兄貴分であるジョンなしで活動を続けるのは愚の骨頂である、という判断で81年5月、シングル「Here Today c/w Grow Old With Me」の全米一位を置き土産にビートルズは解散を表明する。


というわけで、一つの区切りと決めていた80年までが終わりました。皆さん見てくれてありがとうございました!

今後も気が向いたときにアルバムの曲順をいじくったりしてるので笑、チェックしてくださいねー
75年に入り、ジョンに息子ショーンが産まれたのを境に、ジョンは主夫宣言をしてしまう。
これに伴い再生ビートルズは終わりを迎えることが決定的となったが、有終の美を飾るべく4年ぶりとなるコンサートを行う。

75年3月末にマディソンスクエアガーデンで5公演が行われる。「The Farewell Concert」と称されるこれらの公演は、動員数もさる事ながらバンドとしての技量の健在をアピールした。

またこのフィーバーを機に、新たなアルバムのプランが浮上。再結成からの5年間で溜まった未発表音源が二枚組で放出された。通称「ブラックアルバム」と呼ばれる本作も12週間全米一位を記録する大ヒットとなる。

The Beatles / The Beatles

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A1. I'm The Greatest
A2. That Would Be Something
A3. Woman Is The Nigger Of The World
A4. Helen Wheels
A5. Run Of The Mill
A6. Bless You
B1. Going Down On Love
B2. The Lord Loves The One (That Loves The Lord)
B3. Teddy Boy
B4. What You Got
B5. Single Pigeon
B6. Hear Me Lord
C1. Big Barn Bed
C2. Six O'clock
C3. Awaiting On You All
C4. I Know (I Know)
C5. Little Woman Love
C6. Nobody Loves You (When You're Down And Out)
D1. Remember
D2. When The Night
D3. Don't Let Me Wait Too Long
D4. Medley : Hold Me Tight - Lazy Dynamite - Hands Of Love - Power Cut
D5. My Mummy's Dead

五月にシングル「Helen Wheels c/w Mamunia」「Woman Is The Nigger Of The World c/w Picasso's Last Words」が発売されいずれも全米一位を獲得。これを最後にビートルズは5年間沈黙してしまう。



ビートルズ空中分解後、ジョンを除く3人はソロ活動に移行する。

75年12月、ポールは新たなバンドであるウイングスを妻リンダ、元ムーディーブルースのデニーレインを中心に結成。
76年3月の「Venus And Mars」、78年8月の「Water Wings」の二枚のオリジナルアルバムはビートルズ時代と遜色のないセールスを記録する。
この間、「Silly Love Songs」「Listen To What The Man Said」「With A Little Luck」「Mull Of Kintyre」「Wonderful Christmas Time」の五曲が全米ナンバーワンヒットとなる。
また76年夏からは全米ツアーを行い、記録的な動員数を数える。ツアーの模様は77年2月に「Wings Over America」として発売される。三枚組にもかかわらず五週間首位をひた走った。

ジョージは、マイペースに活動していく。76年に「33 & 1/3」、79年に「George Harrison」の二枚の質の高いアルバムを発表。ともに全米一位を記録する。
この間、「You」「This Song」「Love Comes To Everyone」がスマッシュヒットする。

リンゴは既に70年にカバーアルバム「Sentimental Blues」を発表していたので、77年の「Ringo」は7年ぶりのソロアルバムとなった。ビートルズメンバーが全員クレジットされたこのアルバムは豪華なゲスト陣も話題となり全米一位を獲得。
79年は「Rotogravure」を発表。全米三位のヒットを記録。

このように、75年から79年にかけてビートルズが活動停止をしてもなお、メンバーの動向には大きな注目がされた。
そして勢い有り余る中、ジョンが復活し第3期ビートルズがスタートする。



ということで、次回は80年の活動を見ていきましょう。
シリーズ5回目は、74年の彼らの活動を見ていきましょう。

74年は3月のヒットからスタート。そのシングル「Whatever Gets You Thru The Night c/w Oh My My」は、エルトンジョンとの共演という話題性も相まって全米で八週間一位の座を守る。

6月は18作目のアルバムの先行シングルとして「Junior's Farm c/w You Can't Catch Me」が発売。B面はCome Togetherの盗作疑惑のお詫びとしての演奏だが、開き直ってCome Togetherに似せたアレンジが話題になった。

そして、待望のアルバムは8月に発表された。

The Beatles / Band On The Run

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A1. Band On The Run
A2. Whatever Gets You Thru The Night
A3. Old Dirt Road
A4. Goodnight Vienna
A5. Try Some Buy Some
A6. Let Me Roll It
B1. I'd Had You Anytime
B2. Stand By Me
B3. Sally G
B4. Junior's Farm
B5. The Day The World Gets Round
B6. 1985

(ジャケット写真はhttp://albumsthatneverwere.blogspot.com/2012/11/the-beatles-band-on-run-1973.htmlから使わせてもらいました。)

ジョンに関してはカバー曲1曲と外部との共作2曲の提供にとどまり創作意欲の低下が囁かれたものの、アルバムの内容自体は高い水準を誇り、強力なシングルもあったおかげで10週間一位を保持。

10月にはポールは拒んだものの「Band On The Run c/w Surprise , Surprise」がシングル発売され、五週間首位となる。


どうでしょうか。今回も傑作ができあがりましたね。
次回は75年から80年を見ていきましょう。

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