ボーっと生きて アジア放浪と里山輪行

日本で生まれた幸せを確認しに行った我が人生一番の思い出インドシナ放浪記と古き良き時代への郷愁で癒される里山原風景の自転車輪行

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放浪人には、バイブル的“深夜特急”が、どのようにして生まれたか、

そのいきさつ、書かれなかったエピソードや、

旅に出るまでの経緯等が書かれたのが、深夜特急ノート“旅する力”です。




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“旅という」のは不思議なもので、金は有ればあった方が良い、

有っただけのものを見ることが出来る。

それは確かだけれど逆も真で、

金が無ければないほど良く見えるという側面もある。

出来る事なら若いうちは、無ければ無いほど旅をした方が良いと思います”

と語っている。

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おっさんが旅発ったのは57歳で、若いどころの話ではなく、

退職金も貰ったし、それなりの金も有りましたが、

普通の観光旅行をする気はありませんでした。

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少ない年金でもアジアの国なら優雅に暮らせるのではないか?



でも行く前から此れは可能だと言う事もほぼ分かっていました。



そして、目的も無しに半移住しても退屈してしまうのも分かっていました。



半移住と書いたのは、

基本的に、日本以上に良い国が無いと思っているのと

国を捨てる気も無かったからです。



寒い時期から花粉症シーズンを南の国で過ごし

後の半年を日本で暮らせれば良いと思っていました。



やはり一番の理由は、

30年遅れたが、

連れ(同い年)の沢木耕太郎の様な放浪の旅に出たかったからです。


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此の歳に成ると色々なしがらみが有るものですが、

幸い少しの無理をすれば行ける。



行けなくても行かなければ一生行けない。



その通りでした。



もし、定年まで3年遅らせていたらとても行ける様な状態ではなかったのです。



その内とか、

暇や金が溜まったら行こうと言っていては、

何時までも行けないのと同じ事です。

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でも定年前に辞め、

同世代の人々は、まだ現役で働いていたという負い目がありました。



物価の安いインドシナで、少々の贅沢をしてもタカが知れている。



「現地の人と同じ様な所に泊り、食べ、乗り物に乗って来ました」

良く聞くフレーズです。



此れもおこがましい台詞です。



第一、インドシナで、現地人の旅行者なんて殆ど居ないし、

個室にトイレ・シャワー付き自体が庶民生活と違っている。



大衆食堂で同じ様なものを食べたと言っても、

野菜だけのぶっ掛け飯を食べている現地の人と違って、

肉や魚を注文しているし、昼間からビールも飲んでいる。

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乗り物もクーラー付の大型バスや寝台列車も一般的でない。



其処まで現地化したくは無かったし、

日本で鈍りきった57歳の老人は、するつもりはありません。



好きなビールも我慢できない。



長々と書きましたが、

現地の人と同じとまでは言いませんが、近い旅をしたかったし、

そうして来ました。



そんな訳で、僅かな金をケチッたばかりに

見たり食べられなかったりした事もあるでしょうが、

それ以上に

普通の旅行では、得られない見られない体験を出来たと思っております。



其れが、耕太郎氏の

金が無ければないほど良く見えるという側面もある。

と言う事でしょう。




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