ソノバシノギ

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>人は滅しても、「捧げもの」は不滅です。
というトラックバック先の一文に触発されて、記事を書きます。

 世の中のものごとについての考え方は、「個人主義」か「全体主義」のどちらかに分かれる、というのはもっともに思えます。個人と全体が対立するときに、どちらを尊重するか、によって分類できるでしょう。
 しかし、この二分法では不十分で、「作品主義」を含めた三分法も考えられる、というのを大学の一般教養科目で聞いた覚えがあります。自分が受けた授業での「作品主義」の解説としては、ただ一文を引用をして示すのみでした。「屋敷で火事が起こり、『モナリザ』と子供が取り残されている。どちらかしか救えないとしたら、結論は明らかであろう。」といった内容だったと思います。「こいつとんでもねえやつだな」と思う一方、大変刺激的に感じました。

 以下では、個人主義・全体主義に対比させて極端な解釈を重ね、「個人も全体も自身のために存在してはおらず、作品を残すためにのみ存在する」という主張を試みることにします。
 ピラミッドなどというあまりにばかげた建造物をそれにたずさわった人間がみな喜んでそれに参加した、という説を思い浮かべると妙に納得してしまいます。エジプト文明は多くの犠牲を払ってまでそれをすることに何の意味があったのか?実は、ピラミッドを建造するために勃興・発展したのではないか、と。
 原始的な社会から発展して起こった歴史上の文明の多くが、ごく一部の支配者に財貨を集中させ彼らにきらびやかな繁栄をもたらす構造だったのは、すべて「作品」のためだったのではないでしょうか?その意味では、その社会のあらゆる層の人間が「作品」のために貢献していたと言えます。そして私の考える「作品主義」は、人間を「作品」へと駆り立てるなにかが人間全体に共通する深層に通底しているのではないか、という考えに自然と行き着きます。

 個人の意志にせよ、全体のうちで個人に還元できない部分にせよ、これらの存在を認め、尊重する思想は、ここで主張した「作品主義」を前にすると相対化されてしまうように思います。しかし残念ながら、このような相対化のトリック・錯覚は、この世は神なり宇宙人なりの創造物であり彼らの管理下にある、とかいう陰謀論・宿命論によっても引き起こされます。また「作品主義」は、こうした陰謀論・宿命論と同様に立証も反証も難しい非科学的な主張です。

 尻すぼみになりましたが、まとめとしては、個人と作品との関係は、個人の主体性や社会とのかかわりに起因するものとは決して言い切れず、個人を「作品」完成のための道具(または、道具の一部)として解釈することも可能だ、ということです。

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極小零細な出版社に勤める学友が、そろそろ古巣に舞い戻ってくる。
過剰在庫の本を手土産に。しかも、ゴリゴリの学術書。

その一方、古本屋でバイトしている私。
店員特価で買い取ってもらえるだろう。

イメージ 1

この壁紙を、一番サボっているであろう自分が、バイト先のパソコンの壁紙に設定する、というシャレ。
笑えなさすぎる。
元ネタはこちら→[http://www.aperfectcircle.com/]

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