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買収合戦第一次総括

買収合戦第一次総括

そろそろニッポン放送買収合戦も一段落ついた感があるので、ここらで備忘録をひとつ。

株式比率のまとめ

20%→放送会社はその株式全体の20%を外資に保有された場合、放送免許を取り消される。
ただし、外資100%の日本企業に20%以上保有されてもいいらしい。
(この点は、見直す動きがあるとか。05年3月14日の新聞情報)
25%→A社とB社とが株式を持ち合っている場合、A社がB社株全体の25%以上を保有
するなら、B社のA社に対する株主議決権が消滅する。
33%→ある会社の株の33%をもっている株主はその会社の重要事項決定に対して
拒否権を持つ。(重要事項は3分の2の議決が必要だから)
50%→単独過半数を有するため、通常の決定では全て思いのまま。
75%→大株主上位10名合計での保有株式比率が75%以上の場合、1年間の
猶予期間を経てもその状態が続けば、上場廃止となる。
90%→大株主上位10名合計での保有株式比率が75%以上の場合、猶予期間なしで
即座に上場廃止となる。

買収に対する対抗策

新株予約発行権によってライバル会社の持ち株の株式全体に占める比率をさげたり、
役員の退職金を大幅に引き上げて、役員取替えに大きなコストがかかるようにしたり、
買収対象の企業の資産をすべてうっぱらってしまったり、従業員を全員他の企業に
移してしまったり、いろいろな対抗策があるらしい。

研究分野?

しかし、株って面白いな〜。
株主総会における議決という面だけ見れば、投票制度とのアナロジー+αの面白さがある。
(人によって議決権が異なる、法人でも議決権を持てる、議決権2倍の株式が発行できる、
一「投票者」の要望による追加的な発行によって「議席数」が増やせる、そもそも議決権が売買可能、
などなど)
さらに、株主以外の利害関係者のことも考慮すると話が変わってくるらしい。
これはコーポレート・ガバナンスという分野らしい。やや古い分野だ。
今自分の目引いている分野では、株式だけを購入できる「クーポン」を平等に配分し、
企業の所有権・支配権を国民全員に与えることで、平等な社会の達成しようとする
「クーポン社会主義」という経済体制が考案されたりしている。ほかにもいろいろな
「ナントカ社会主義」があるらしい。これは、アナリティカル・マルキシズムという分野の
学者が主張することだが、「贈与権を廃止すれば全て万々歳」と主張するアナルコ・キャピタリズム
(無政府資本主義)論者(右傾?)と考え方が似通って見えるので、とても面白い。

家庭内職業訓練?

トラックバック先の記事での話

まずコメントをしたSCJさんに反論。disukem1106さんは肉体的遺伝を肯定していない。
観測可能なものだけを仮定するのはむしろ科学的だ。
仮定は前置きすればよく、単純なモデルで考察したのちに、意義がある限りにおいて、
遺伝などの要素をモデルに組み込んでいくべきでしょう。家庭内での会話が、たとえ
「知能的遺伝」がなくても不平等を生みだしうる、ということを示そうとする点で
「家庭内OJT」は意義のある考えだと思う。
その意見に対して「遺伝のことが考慮されていない」と訴えても無意味だ。

考察

家庭内であれ、学校であれ、職業のなんたるかを伝えることは人的資本を形成すること
であり、それを阻害すれば効率性が著しく損なわれるだろう。
しかし、金持ちの子がまったく同様に金持ちになる社会があったとして、その社会に住む人は
何を求めるだろう?自分が平均以下の暮らしをしていると思う人間は自分の子供に対し
チャンスを与えたがるだろう。こうして不平等是正の要求が生じるだろう。

紹介

経済学では、不平等の度合いを生涯所得の累積額で判断する研究があるとか(日経新聞でみた)。
その見解に拠れば、生まれや学歴で職業や地位が決まる傾向にある社会は不平等であると
みなされる。

社会学では社会階層・移動の実証的・理論的な研究がある。
各階層の人間の文化的嗜好を調査したところ、世代が移っても同じ階層の人間は驚くほど
同じ趣味を持っているという研究もある。(この研究はここに「文化資本」の存在を説く。)

左翼・右翼の定義

「左翼・右翼」という分類には何の意義・目的があるのか?大まかな「左翼・右翼」という分類は、より深い理解をなんら生み出さないと私は考える。しかし試みに、政治活動団体の分類、出版界の分類、一般大衆の分類、と3つのレベルで「左翼・右翼」に分類してみたい。

政治活動団体の分類

政治活動団体での分類では、旧左翼、旧右翼、新左翼、新右翼がある。
ここの記述は大筋、『右翼辞典』(堀幸雄、三嶺書房)と、マル共連のサイト、特にセクトの系譜とに拠っている。
穏健路線に転向した共産党に反対して50年代後半に分裂してきた学生・労働者たちが作った諸団体が、新左翼であり、過激派と呼ばれる人たちである。新左翼はどんどん分裂していって、内ゲバなる殺し合いに身を投じるようになったが、なぜなんでしょうね。『中核vs革マル』(立花隆)でも読んでください。
戦後に「親米反共」から出発した旧右翼に対抗して、「反米・安保反対」を掲げて60年代後半に出てきたのが、新右翼である。憲法改正という点では旧右翼と一致しているが、反安保・反体制という点では真逆である。新右翼には「生長の家」出身者が多く、天皇観は復古的でさえある、という。
新右翼団体の一水会の鈴木邦男氏曰く、「左翼に反対するのが右翼です」だとか。
こちらを参照→[http://www.netcity.or.jp/OTAKU/okada/library/single/AUM.html ]
この人は『腹腹時計と<狼>』とかいう本を書いて、新左翼への共感を示し、婦人解放運動などの新左翼運動にも参加したらしい。

以上の分類は現代ではあまり意味がないようだ。そこで、岡田斗志夫氏の「平成左翼」「平成右翼」という分類を参照。http://www.netcity.or.jp/OTAKU/okada/library/single/MAINICHI.html
平成左翼の特徴は個人主義、自由主義だ。国や権力を疑い、常に否定する。
平成右翼の特徴は「平成左翼が大嫌い」だ。主張は当然、「個人の権利制限」「国家の威信復権」になってしまう。

出版界の分類

新聞で言えば、左から見て、『朝日』、『毎日』、『読売』、『産経』。
オピニオン誌(学術誌、週刊誌は除外)で言えば、左から見て、『情況』や『世界』があり、『中央公論』や『諸君』に至る。最近になって『現代の理論』、『前夜』などのかなり左傾のオピニオン誌が創刊されている。
なぜこうもはっきりと自分の立場を示した雑誌ばかりなのか?しかもその「立場」というのは必ず「左か右」のどちらか、である。
ここからは推論だが、こうした言論界における「左翼・右翼」対立構造は、マスコミ産業の利益と評論家の収入安定のために人工的に再生産されているのではないか?と思う。以下に説明する。
事件が起きれば、作り出された「両陣営」がそれぞれの理屈にしたがって記事や評論を書くが、それが二極対立の様相を呈するようになると、一般の消費者には状況が分かりやすくなって注目が集まる一方、この対立によって量産される「評論」という商品が幾重にも重なっていく。対立の過程で生まれるのは「評論」の大量生産・大量消費の利益構造である。つまり、マスコミ各社はそれぞれ独自の視点を持ち、全体として多極的な記事が生産されるよりも、左右どちらかの陣営に分かれて、二極対立を演出して注目を集める記事を量産するほうが利益がえられるのである。評論家にとっても、「言論」市場の拡大は自身の収入の増大、職の安定につながる。そのため、企業の要求に応じる形で、各陣営の評論家は互いに挑発的にケンカをふっかけあい「内容は非生産的だが、会計上は生産的」な議論を大々的に展開するのである。

ネット大衆の分類

ここは噂。
サヨ=ネット左翼=単なる左傾(シンパ)のひと。
ウヨ=ネット右翼=左翼嫌い、元左翼。
ここから推論。
ネット大衆の右傾化の原因は、右翼より左翼が目立つ・主張に反目しやすい(むしろ右翼の主張にとらえどころがない)ことにあるのではないか?さらに推論すれば、左翼は主張が硬直化していてイメージが浸透しており、左翼への反発の仕方が定着してきて誰でも反発するようなった、だから左翼への反発が大きくなった、という相対的な問題ではないか?

まとめ

基本的には、大まかな「左翼・右翼」という分類は、より深い理解をなんら生み出さないと考える。政治団体であれば、その方針の仔細を見る以外に支持・不支持の意見を持ちえない。言論であれば、それぞれ個別の、記事や評論として形になった主張を仔細に見て支持・不支持の意見を持つこと以外に何の意味があろうか。出版社や論者を単位として支持・不支持を考えることなどまったく無意味である。
そしてそのような無意味な分類を行う評論家の「言論」を消費し、ネット上のサヨ・ウヨにシンパシーを感じてしまうのが、一般の左翼大衆・右翼大衆なのである。

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http://tkameda.jugem.jp/?eid=343#sequel

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保守思想の学習

『産経新聞』や『諸君』はたまーに読みますが、いまひとつ「保守思想」というものが見えてこない。『朝日新聞』を読んでも同様ですが。
ところで、はむはむさんのこの記事の中で、石垣撤去賛成の根拠を探せば、第一に自身にとってそのほうが便利で安全であることを挙げています。この点は当然主張されるべきであり、この主張だけで十分、賛成意見として成立していると思います。こうした意見を取り入れたうえで物事が決定されるなり、大学当局が判断して決定するなりすべきでしょう。
次に、第二の根拠を挙げるとすれば、こうした決定は大学当局がやるべきだ、という主張が読み取れます。
大学の機構・規則の上から言っても、道徳的に考えても、大学当局の判断や意向が優先されるべきであるのは明白である。
この部分がその典型だと思います。しかしこれは、なぜですか?私には理解できません。学校教育の結果刷り込まれたものでしょうか?バックボーンにある保守思想というものが前提にあるのでしょうか?保守思想を理解できない人間と保守思想を前提に主張する人間とは永遠に非和解なのでしょうか?
以上にあげた記事の一文の根拠と、「保守思想」の定義と根拠をお聞かせ願いたいと思います。


うまくトラックバックできないので元の記事はこちらからご覧ください。
http://tkameda.jugem.jp/?eid=337#sequel

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いわゆる官庁説明会というやつに出たことがある。
いわゆるブース形式というやつでした。質疑応答中心の説明会でした。
いわゆる冷やかしというやつです。公務員試験対策は今もしていない。
はじめに人事担当の方から、「経済産業省の役割は、国内企業の競争力をつけることです。そのために、ルールの整備や人材育成を行っています。」という説明があった。
「競争力って、経済産業省では何だと考えているんですか?」と聞いた。
「鋭いこと聞きますね」と一言してから、新聞に書いてあるようなないようなことをさらに薄めたような回答が返ってきた。

聞けばほぼ例外なく1,2年で部署を異動になるという。どうりで説明責任を求めても答えられないわけだ。
その人が以前に原子力発電を推進していたころの話を聞いたが、「反対派集会にも行きましたが、話がかみ合わないんですよ。面白かったですけど。(中略)やっぱり必要だと思うんですよね。(中略)結局は政治ですよ。」と、オモシロ発言がいろいろ出てきたので、いまだに記憶に残っている。
彼は今も各地であんな説明会を繰り返しているんだろうか?

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