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僕にとって生きると言う事は戦う事であった。
戦後のどさくさでは
弱虫や腰抜けは、恨み言を言い、泣き叫びながら
何もせずに、唯死んでいった。
前に進むと言う事は自ら戦う事である。
ロ助と戦い,支那人、朝鮮人と戦い
馬賊や匪賊と戦うとき
話し合い何て、間抜けな事では、一切通用しない
助けて下さいと言う言葉は相手には聞こえない。
自分では何もしないで、反対、反対なんて騒いでも
屁の突っ張りにも成らないのだ。
此の年の夏は早く来た。
アスファルトの照り返しと、灼熱の陽光に曝されて
脳内は思考能力が無くなり、煮えて来る。退屈は沸点に達した。
小学校を止めて、東京へ行こう。と、僕は決意した。
小学校6年生、2学期が始まる前であった。
学校で教わる授業は、あまりにも幼稚で
体育も、修羅場を潜ってきた僕にはひどく退屈であった。
飽き飽きし、講談社の絵本で見た東京の
上野・浅草・日本橋・銀座・品川・等々は輝いて見え
ワクワクする新天地に思えた。
通信簿は総て、全甲・全優・オール5点であった。
テスト試験類は全部100点。
僕は外地では学校には行かなかった。
父が内地から厳選して呼び寄せた住み込みの家庭教師
美しい女性の、三原先生が総ての教科を指導して呉れた。
毎月内地からは、少年倶楽部・講談社の絵本
少年ケニヤ・ノラクロ・冒険ダン吉・等々が送られてきた。
勿論小学校。国民学校の教科書も総て取り寄せてあった。
僕は8歳の頃には旧制中学1年の実力を備えたと言われた。
少年航空隊への入隊を希望熱望したが
年齢不足で却下された。
体格が良すぎるのも災いしたらしい。
デカすぎるのは飛行機乗りには、不向きだと知った。
武道は書生頭の服部師範から、つきっきりでの猛特訓を受けた。
師範は剣道5段錬士・合気道師範の実力者である。
日夜特製の木刀を持ち、近隣の野山を駆け巡り技を磨いた。
弓道と詩吟・剣舞は、父からの直伝である。
僕には正式な段位は無い。
剣道の有段者昇格試験を受けた時
防具を付けた試験管の脳天を一撃。
その場で試験官は失神、担架で搬出され、判定不能と成った。
以来有段者を含め近隣では、僕と立ち会う者は居なくなった。
あの年の8月に我が国は戦争に敗れ終戦を迎えた。
このとしの3月に父は急病に倒れ敗戦を知らず逝った。
座敷には内地から妹の為に取り寄せた豪華な雛壇が飾ってあった。
服部師範は敗戦の翌日
シベリヤ送還を拒否、我が家の庭先で、自ら切腹して果てた。
僕の戦いは此処から始まった。
満州との国境地帯、新儀州に日本人収容所が在った。
此処から集団脱走し東を目指した。
コウリョウ湾・チンナンポ・平城を走破
距離にして広島・東京間程の行程であった。
ロ助と戦い。支那・朝鮮人と戦い。
馬賊や匪賊・村々に出没する追剥と戦った。
僕の木刀に木端微塵とされた輩は数え切れない。
道中では進むほどに生き倒れ死に分かれるものが多発した。
最期の難関は38度線突破である。
ロシア兵がマンドリンを乱射する
北朝鮮人も機関銃をメクラ撃ちに出る
無事南に到達できたのはたった27名。
僕は幸運にも無傷だった。
途中で足を止めた者、座り込んだ者、伏せた者達は全滅した。
釜山港から引き揚げ船で博多上陸。
色々在ったが右往左往の末大阪旭区の母子寮に落ち着き
近くの小学校4年生に配属と成った。が此れには無理があった。
学力も体力も群を抜いて差が在り
一週間でうんざりした。
一瞬の気晴らしに成ったのは悪餓鬼どもの退治である。
淀川の手前に城北公園が在る。
その周辺は昔からの大きな朝鮮人部落が在った。
周辺に点在する各種学校はこの部落出身者が牛耳っていた。
いわゆる番長だ。
悪餓鬼を集めて、強請、集り、かっぱらい・万引き
弱い者苛め、等々なんでもやり放題だった。
事有る毎に一人ずつ潰していった。
終いには部落へ乗り込み
大立ち回りの末に、大人共々張り倒して平定した。
僕が本気でぶん殴ると、死人が出るので
歯向かうやつは一人づつ
顎を外した。
どんな悪も顎を外されるとふにゃふにゃに成る。
周辺の学校には、平和が訪れた。
平和は戦い取る物である。
のこのこ話し合いなんかに出かけたら
ぶん殴られるのが落ちである。
そうこうしているうちに5年生に成った。
学級委員はずっと続けていたが
学校自治会会長選挙が始まった。通常立候補者は6年生から出る。
廻りに担がれて、5年生から立候補する羽目に成り
当選した。学校自治会会長である。
当初は張り切って見たりもしたが
日に日に上京の念は膨らむばかり
担任の先生に相談したが取り合ってもらえず。
意を決して、校長先生に中途退学を申し出た。
後もう一寸だから、我慢しなさい。と
当然の答え。
大騒ぎに成るのは承知で家出を決行した。
晴れて風の無い朝、身一つ、一文無しが
大阪駅へ向かって歩き出した。
難しく考えずに
東京行の列車が在れば客車でも貨車でもいい
飛び乗って潜り込もうと考えた。
その日はチャンスが無く
浮浪者の群れに紛れ込んで野宿した。
あくる日には大騒ぎが伝わってきた。
校長先生がラジオで帰ってこいと呼びかけている。
つづく
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1)小学校中退
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