ちょい旅

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バイクタクシーで到着した『ポーシャヌ遺跡(日本の書物にはホーハイと記されることもあります)』、丘の中腹にある駐車場からはもちろん徒歩で。
(誰が決めたかは知らないけれど)熱帯三大花木のひとつ、火炎樹(鳳凰木)はポーシャヌの名物でもあります。
あと1ヶ月ほどすると、きっと満開でしょう。

私が熱帯三大花木を認定するとすればまずハイビスカス、それにブーゲンビリアとプルメリアかな。



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一番近くにあるC塔、昔は『宝物庫』とされていたそうです。
今は建設当時のレリーフは見る影もありません。



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メインタワーのA塔と、寄り添うように建つB塔。
観光客のいるところは、以前にもお書きしたように諸説紛々。
何度もご紹介しているので、今回は説明はごく簡単に。

2世紀の終わりごろにベトナム中部に興ったチャンパ王国の祖先はインドネシアを基盤とした海洋民族、中国からインド、中東との海洋交易の中継港を擁して栄えたとされています。
狭義のベトナム人(キン族)と西方のクメール人による圧迫を受けて徐々に王都を南下させ、南限がファンティエットにあるポーシャヌ(ホーハイ)遺跡。
砂岩を含めた石造りの多い東南アジアの宗教建築の中で、焼結レンガを六面摺り合わせて積み上げられただけの遺跡は、規模は小さいながらも異彩を放ちます。



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以前は興味を持つ外国人ぐらいでほとんど観光客もなく、1000年の昔に思いを馳せられたものでした。
今はベトナム人にも観光地と認識されて、いろんなところに立札が見られるようになっています。 

やれ『登ってはいけません』だの、やれ『落書き禁止です』だの、まるでどこかの国とそっくり。
ツアーバスも何台か来ていました。



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メインタワーの内部です。
この辺りに暮らすチャム族にとっては今も神聖な場所、花や線香などのお供え物は絶えません。

中央のリンガはもう模造品に置き換えられて、本物は博物館で管理されているそうです。
3年前までは本物があったのに、誰かの落書きのせいでこうなってしまいました。



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リンガの前から振り返ると、こんな光景。
歌と踊りが大好きだったチャム族の伝統は十数年前に復活、陰暦の1月15日には夜っぴいて盛大なお祭りが行われるそうです。



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新たに建設されていた博物館に寄ってみました。
踊りをしていたんですけどね、踊り手さんがどうもチャム族ではなさそうだし、衣装はキン族のアオザイ。
きっと音楽だって違うと思うけど、確かめることはできませんでした。



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売られていたリンガとヨニも、ポーシャヌにあったものとは違うんです。
ずっと違和感のある博物館の中で、ちょっと違った雰囲気を味わえるところがありました。



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例祭に使うチャム族の衣装はよく知っているんですけど、この方が着ておられるのは民俗資料館でもあまり記憶がりません。
でも、お顔や髪の毛の特徴は紛れもなくチャム族の特徴がありあり。
ご存じでしょうが、わが甥っ子の奥様は中学時代の同級生だったチャム族ですから、まず間違いはないと思います。

両手片足で織機に向かう姿、素敵ですよ。



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日本の織機は幅広い布を織るので、縦型がほとんどです。
東南アジアで多いのは、こんな横型。
後ろにキン族(ベトナムで90%を占める、いわゆるベト族です)の女性が来ていろんな質問をしますが、応えても手と足は止まりません。
いいなあ、プロフェッショナルだ。

帰りにこんな布でこしらえたペンケースを2個買いました。
そのうちの一つは、きっと日本で使われていると思います。

長引いて、申し訳ありません。
眼帯をした旅、これで終了です。
読んでいただいて、ありがとうございました。

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