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確かここはアーリントン墓地、USアーミーの軍服を着て小銃を傍らに置いて。 説明文はありませんでしたが、きっとお父さんのお墓参りなのでしょう。 あどけない表情に、何を感じられますか? 2〜3年前、世界平和のために国連が世界から募集した中で、ベトナムの少女が一位に入選した時のものです。 その詩と少年の写真が訴えるハーモニー。 私たちは大人になって、子供のころのことをすべてPUT AWAY(放棄)してしまいまったのでしょうか。 本当はこの左下におばあさん、左上に少年が写っている1966年のピューリッツァー賞(報道写真部門)を獲得した有名な写真。 1965年9月6日、ベトナム中部クイニョンでのことでした。 沢田教一さんについては、また別のスレッドでお伝えしたいと思います。 私がベトナムに強い興味を持ち始めたのも、この頃。 ただし、ベトナムを終の棲家にするとはつゆにも思ってはいませんでしたが。 何がきっかけか、それはある僧の『焼身自殺』がテレビのニュースで流されたからです。 気の弱い方は、ここまででご遠慮ください。 フエのダイ・フン寺からオースチンでやって来た僧の名前は『ティック・クアン・ドゥック(Thích Quảng Đức:釋廣徳)、1963年6月11日のことでした。 在南ベトナムアメリカ大使館の前、レ・ズアン通り。 周囲の支援者たちが手を合わせる中で蓮華座を組んだ僧は、ガソリンを浴びる時から絶命するまで微動だにしなかったのです。
詳しい動画はhttps://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=NiYWjnMDvbMにあります、写真だけでは信じられない方はどうぞ。 きっと今なら『放送コード』に引っかかって、決して家庭のテレビでは見られないでしょう。 私にもあった多感な時期、シュプレヒコールにはバカバカしくって声を合わせませんでしたが、大阪扇町公園から始まるデモ行進にも3度参加したことがありました。 気の弱い方や心臓に疾患のある方は、ぜひスルーしてくださることをお願いいたします。 贈られた方には、ご迷惑だったかな? |
ちょい旅
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