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日本で販売停止になったのが1983年ですから、33年以上前のバイク。 オセアニアには2012年まで輸出していたそうなので、その方面からの輸入となれば話は全く変わって来そうですけど。 最近、バイクネタが少ないのは、理由があるのです。 義弟に言わせると、バイクはバイクの多い通りの方が売れるから、なのだそうです。 もう3年前のこと、いきなり工事が始まっていてびっくり。 オーナーさんは「規模は大きくしたくない」とおっしゃっていたから、どこか郊外にでも引っ越されたのでしょう。 いつも上半身裸で仕事をされていた工場長、試運転だって野球帽みたいなヘルメットが小粋でした。 ずいぶんお世話になりましたが、お元気でしょうか。 3年越しの交渉をしていたドリーム50は、この工場にありました。 「ホン バン(売らないよ)」 きっとオーナーさんもお気に入りだったのでしょうね、まさに私の『ドリーム』になってしまいました。 33年以上前のバイクにしては、美し過ぎると思います。 日本製の証拠探しをしたけれど、見つかりません。 奥で台湾のSYMを修理されている方が、ここのオーナーさんだと思って質問してみました。 「これは日本からですか?オーストラリアからですか?」 「オーストラリアの隣」 「ニュージーランド?」 「ヤー(そうだ)」 「何歳ですか?このホンダ」 私はいつも車齢をこんな聞き方をします。 「確か6歳かな」 これでハンターカブはこの方のものではないことが分かりました、断定しませんでしたからね。 タイヤも都会走行用だし、ちょっとサイゴンでは勿体ないかも知れません。 地道のまだ多いメコンデルタの悪路や、中部から北部の山岳地帯ならもっと生かせる走りができるのに。 ポイントのないCDIシステム。 ウィキペディアを見たら、オセアニア仕様では1985年からCDIに変わっているとありました。 紙やすりでポイントを修正するのが好きだったから、これはちょっと残念。 とうとう日本製を証拠づけるシール類は発見できませんでした。 再塗装の形跡も見つかりません。 でもクランクケースの『MADE IN JAPAN』と『HONDA』のロゴがまだこんなにきれい。 これだけでいいのじゃないかなと、お礼を言ってからお別れしました。 おまけ。
完成した絵に額を付けてくれたんですけど、ガラスがまだ入っていません。 しばらくはラップのままです。 |
乗り物百態
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