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ゴ・クエン(呉権)は、ハノイを流れるハン川のバックダン江で当時の南漢(唐の次にできた中国南部の地方政権)に勝って、1000年に及ぶ朝貢関係に終止符を打ったのでした。 そんな由緒のある名前の学校の7年3組(中学一年生に当たります)が、チビ(ANH THU)の現状。 新学年になった9月から校長先生が変わって、チビの学校生活に異変が起こりました。 6年生では朝6時半に登校して補習のない火・木曜日は4時頃、補習のあるその他の曜日は5時過ぎに帰宅していたのです。 つまり、学校での補習は一切禁止という事、それに宿題もなくなりました。 今学期から校長先生が替わったので教育方針が変わったのかなと思ったのは、ずっと4時頃になるとチビが帰って来始めたからでした。 補習がなくなることを知っていた家内は夏休みのうちに塾の情報を集めていて、4時半から毎日2時間の英語や数学の勉強に通わせることにしたのです。 ところが9月半ばになってから、こんな通達が出ました。 これもベトジョーさんからのコピーです。 『ホーチミン市共産党委員会常務部は、学校での補習クラスの開講に関する規定について、小学生及び全日制の授業を受ける生徒を対象に芸術やスポーツ、社会的な実践スキルのトレーニングなどの補習クラスを開講することは認める一方、それ以外の補習クラスの開講は一切禁止することを指導した。 ただし、学生の要求に応じて芸術などを除く通常の補習クラスも開講が可能となる。補習クラスの開講にあたり、学校は学力によってクラスを分けるほか、生徒を本人の学力に見合ったクラスに入れなければならない。また、生徒自らが好きな講師を選べるように有利な条件を整えなければならない。 また、補習クラスの取り締まり強化に伴い、同委員会常務部は同市人民委員会に対し、講師に対する生活支援策を講じるよう指導した。』 校長先生の『実績・業績』とはいかに良い高校へ卒業生を送り込めるか、これは世界共通だと思います。 この指示で生徒たちからの『要望』を強制的に集める文書が出て、10月1日から補習が再開されることになりました。 10月1日は土曜日、それでもチビは学校に行きました。 普段より1時間遅い登校で、8月半ばから始まった7年生の授業を最初からの復習から始まったそうです。 一ヶ月半分の遅れを取り戻すためとか、しばらくは仕方ないのかなと思っていました。 もちろん給食はありませんから、昔懐かしい『半ドン』で。 自分のパソコンに向かうのはもう7時過ぎ、今までは食事中にテレビを見たりパソコンを触ったりするのは固く禁じて来たのに、これでは仕方ありません。 日本でも『ゆとり教育』などの試行錯誤がありました。 これは5年単位で見直す教育制度のせい、ベトナムホーチミン市政府は試行錯誤とは言えない朝令暮改。 被害を受けるのは子供たちと教員、行政はちっともお構いなしです。 ベトナムには古くからのことわざがありました。
『王の掟(おきて)も村の垣根まで』 社会制度が変わると、ここまで変わってしまうのかと思ったら違いますよね。 生徒・児童から要望させる形をとって、市政府の意向を無視するんですから。 |
ワンコとアントゥ
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