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歩いて登れば結構道のりがあって、車で8分ですから速度が30キロとしても4〜5キロはある坂道でした。 日本の道路標識ではジグザグ道は蛇がS字にくねったようなものでしたか、こちらではN型の標識。 意味さえ分かれば、どうでもいい事なんですけどね。 しかし観光客の姿がごく少ない『有名な寺』、きっと催し物や祭りごとのある日は賑わうんでしょう。 山門には『天印寺 1627年建立』とありましたから、関ケ原の合戦から27年で三代将軍徳川家光の時代が始まった頃でしょうか。 ベトナムでもハノイ中心のチン(鄭)氏とフエ中心に勢力のあったグエン(阮)氏とが争っていた南北対立時代、まだメコンデルタではクメール族が勢力を伸ばしていた時代です。 『有名な』だけではなく、由緒のある寺とも言えそうです。 お寺に入ってからは私は別行動、みんなそれぞれ興味が、というより私の興味が人とは違っているからかな。 この位置で願い事をしたら、お二人に伝わっていいかも知れません。 こんな不信心な願掛けってありませんよね、ちゃんとそれぞれにお参りさせていただきました。 ここでは子供たちの安寧と、勉強ができますようにとお願いしておきました。 ベトナムのお釈迦様はいろんな個性があるのに、観音様はほとんど同じお顔をされています。 違うのは指先や手の動き、これで○○観音と分かるんですかね。 手と指先の動きは確か『印(いん)』と言って、いろんな意味があったはずでも私には分かりません。 誰もいないので、どうしましょう。 もちろん対で、彩色はお馴染みの陶磁器のかけらで。 足の爪は4本でしたから、かなりの格式があるようでした。 ようやくお坊さんがお一人通りかかって、許可を得る事が出来ました。 いっぱい思いつくままにお願いごとをしたけど、忘れないでくださいね。 お願いした本人は忘れっぽくなってきたのが心配です。 ここにハンモックを吊って眠れたら、それこそ極楽です。 オレンジ色の僧服を着たお坊さんが通りかかったので、ハンモックはないかと聞いてみました。 「どこから来ました?」 今はサイゴンで暮らしているけど、日本からですと答えました。 「ここにはハンモックも布団もありません。英語のできる僧がいますからお茶でもいかがですか」 お茶をいただいていたらぞろぞろと10人足らずのお坊さんがやって来て、そのうちの3人が英語達者でした。 私が質問するより、皆さんの問いかけの方が多い何とも不思議なお茶会。 それでもこのお寺は中国人の建立で、山門には1627年とあるけれど建設の始まったのは1616年だという事です。 11年もかかって山頂のお寺が出来たとは、実に当時の人海戦術が偲ばれるではありませんか。 ここでポケットの電話が『十番街の殺人』のコールで集合連絡、他にも聞きたい事もあったのに これからまだ見て回りたい所があるからと、お茶のお礼を述べて引き返しました。 おまけ。
いっぱい小さな蓮池があったけど、私の好みは蕾です。 |
ちょい旅
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