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今はもう誰も案内してくれる人もいなくなって、家内が代理を務めるしかありませんでした。 ここへの訪問は私は2回目、前回は2009年でしたか。 ファン・バン・ドンの生家隣に建てられた記念館、それまでの田圃が埋め立てられている現場も見た事があります。 どうも社会主義国家は偉人を偶像化したがる傾向が強いんでしょうね、国父のホー・チ・ミンも立派な廟を立てられておやすみだしすべてのお札にも同じお顔が印刷されている。 ファン・バン・ドンもこんな記念館を建てられて、果たしてお喜びなのかどうか。 右が軍務を担当してきたボー・グエン・ザップ将軍、102歳でお亡くなりになって国葬まで行われました。 左が外交内政に腕を振るったクアンガイ省出身のファン・バン・ドン、ベトナム独立前後の25年にわたって首相職を担ってきた重鎮です。 前回訪問時の記事にも書きました、この3人が写真に納まっているのは珍しいと。 でもお亡くなりになっての葬儀の写真がなくなっていました。 高齢のボー・グエン・ザップが白い軍服で敬礼をしている写真、何か不具合でもあったのでしょうか。 記念館中央の建物に、鎮座されています。 あまり似ていないなぁ。 子供たちは写真の下にある説明文を真剣に読んでいます、学校で習ったはずです。 ここは4度目、最初に来た時には遠戚だとおっしゃる方からお茶をいただきましたっけ。 お話がまた伺えるかと、ちょっと期待して行きました。 豪族の子孫がフランスでコミンテルンの影響下に入ってしまうのも、歴史の皮肉でしょうか。 詳しくは前回の記事をご覧いただければ。 井戸も昔のままだと、遠戚様に聞きました。 上から3メートルほどはのちに改修されたヒューム管で、その下のレンガ部分は昔のままだと聞きました。 その左右にはわが家と同じご先祖様の写真、わが家は三代前の写真しかありません。 分家ですからね。 フランスから独立を目指して戦ったディエンビエンフー(ラオスとの国境近く、フランス軍の拠点がありました)でたった一人の息子を亡くして半狂乱になったとされるのがこの女性。 この女性がお亡くなりになって後妻を迎え、今は5人でしたかのお孫さんもあるとも聞きました。 誰一人として政治の道に入ってはいけないとの遺志で、子供も孫もみんな一般人として暮らしているとも。 二世・三世が政権の中枢に就く国が多い中で、地元の人たちからいまだに尊敬を集めている理由の一つとされています。 記念館の写真だけ見て、面白いかなぁ。 私は生活感の残っている生家の方が好き、ベッドや机などに想像を掻き立てるものがあるのに。 時刻はもう4時を回っています、そろそろキムチの実家に戻りますか。 |
ちょい旅
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