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「へっへへへ〜」から始まって「午後8時半、午後8時半」で終わる約1分間の繰り返し、それも早口過ぎてチビさえよく分からないと言います。 いつもは部屋の中で聞いているけど、今日は朝早くからあまり騒々しいのでデジカメをそばに置いて写真を撮ってみる事にしました。 朝食後にはテレビニュースを見ていたから、一発目の音声には出遅れましたね。 心配ご無用、この先は1.8メートル規制があるのできっと引き返してきます。 文字を読んで初めて分かったのは、ハノイから来たサーカス団が今度の日曜日まで公演している事。 最近は行商さんたちにもスピーカーを使う人が増えました、でもこんな大音量で繰り返し回って来るのはこのサーカス団だけ。 音が聞こえ始めてから聞こえなくなるまでの時間を計測できました、なんと1分半以上もあるじゃないですか。 これはサイゴンの建物はほとんどレンガ造りだから、音声が反射するせいもあるけど。 後の乗った人はチラシを配る役目も、これは運転する人との息が合わないと難しい。 こちらはヘルメットの上に緑の山高帽ですか、こうして四種類の宣伝カーやバイクが夕方まで走るから堪りません。 金曜日午前7回午後8回、土曜日午前7回午後5回、日曜日は午前午後とも7回ずつ。 私は深夜のチャルメラ音などでも、人が職業としての一過性であるなら、そんな騒音は気にしないタイプです。 でもこれはあまりに多過ぎませんかね。 日曜日夜の小宴会で、やって来た交通警官OBの義弟に聞いてみました。
「日本なら車に設置するスピーカーは、陸運事務所とか警察に複雑な手続きがあるけど。ベトナムではどうなん?」 「法律はある。でも、反政府活動以外なら…」 「うるさくないのか?」 「これはCSGT(交通警察)の仕事じゃないからね」 縦割り行政の著しいお国柄でしょうか、そう言えばチャルメラの音を流す深夜のラーメン屋さんはどうなのかな。 あまり大きなことを言うと墓穴を掘ります、ここまで。 |
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ちょっと別の視点からもお伝えしましょう。 路地向かいのカフェは、最近5時頃に営業を終わってから様子が一変。 代わってこんな店が舗道を使っての営業を開始、新たに整備されたこの通りでは舗道での営業は禁止されています。 義弟の店からテントを強制撤去された記事でもお伝えしました、なのに矢印の所には90インチのテレビまで取り付けて舗道を占拠しています。 公安(警察)が見ぬふりをしているのは、何か裏がありそうですね。 これは準決勝の夜ですから、まだまだおとなしいものでした。 きっと雰囲気を盛り上げるためでしょうかね、時刻は7時14分ですからあと16分で決勝戦の第二試合が開始です。 義弟いわく『オレの店だと1ヶ月分ぐらいの瓶ビール』を降ろしていたそうです、キミの店は缶ビールが主力だからね。 こうして盛り上がれば経済効果は高まります、家で飲んでもハメを外せないのはよく分かるのです。 考えてみれば日本には盛り上がれる機会って結構ありますよね、思い出してみると町内の運動会や会社対抗ソフトボール大会などが終わった時には必ず『反省会』なるものがありました。 贔屓の球団が優勝すれば橋から飛び込んだり、デパートではバーゲンセールなども行われます。 ベトナムのスポーツと言えばサッカーがダントツの人気、それにクリスマスやテト(旧正月)の直前に行われるのもミソでしょうか。 先取点を取ったのはベトナムのエース、グエン・クアン・ハイからのクロスを、11番のFWグエン・アイン・ドゥックが鮮やかなダイレクトボレーで決めてベトナムが先制しました。 試合開始直後6分の事でしたから、イケイケムードは最高潮。 もう外はブブセラと車やバイクのクラクションで大騒音、テレビの音声など聞こえませんでした。 もっともスポーツには解説や中継アナウンサーなど、こうなると必要ありませんかね。 後はダン・バン・ラムを中心としたベトナム守備陣が、この日も鉄壁の守備を見せて、相手攻撃をシャットアウト。 試合はこのままベトナムが1-0で逃げ切って、2試合合計3-2とし、10年ぶりの東南アジア王者に返り咲いたのでした。 今回のシリーズでのMVPはほとんど(ベトナム人ファン)の予想通りで、この試合でもアシストポイントをあげたグエン・クアン・ハイ。 賞金は1万米ドルでした。 勝利に水を差すような言動は控えておきましょう、まだブブセラもクラクションも鳴りっ放しですから。 ここで私はファミリーとはおやすみの挨拶をして寝室に、いいえまだ寝ませんよ。 と言って若者たちのように外で騒ぐこともありません、様子を観察するだけ。 それでもテレビでリプレーを楽しむ人がいます、でも北側にある中心街に向かう大通りではもう大騒ぎが始まっています。 中央の旗がベトナムの国旗、金星紅旗と呼ばれます。 ずいぶん道路上にはみ出した『舗道店』はそれでもお構いなし、葬儀や結婚式などではみなさんも目をつぶってくれる習慣のある国ですから。 サッカーとはいえ東南アジアで10年ぶりの優勝となれば、何もかもお構いなしになってしまいます。 ブブセラの音は相変わらず、クラクションは道が混んでいるからか優勝の余韻を楽しんでいるのか判断できません。 もちろんサッカー優勝の話題ばかりが朝の5時半から続いて、6時半にはさすがに日本人はスイッチを切りましたとさ。 |
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今まではピタッと畳めたのに、胸のポケットに入れてもページが厚紙の所で開いてくるのはなぜなのでしょうね。 場所はここですか、なるほど。 領事館には1番から6番までの窓口があって、6番は通常使われていないし1番は通称『内緒部屋』と呼ばれる個室になっています。 在留邦人が主に利用するのは2番窓口、この前に24インチぐらいの液晶モニタがあるのです。 ずっと前から何に使うのだろうと不思議にい持っていました、それが今回分かりました。 IC付きパスポートをリーダーにかざすと、登録された主要情報が表示されるのです。 「これで間違いございませんか?」 オフィスまではバイクで15分ほどの1区中心街からやや離れた所、遠戚様が窓口におられた頃は私も一緒に出掛けていたんです。 行かなくなった理由は…ベトナムなど後進国独特の…ご想像にお任せしましょうか。 帰ってきた家内が言いました。 「あなたの10年パスポートよりも高くなってた、行くたびに高くなる。私の5年ビザ(日本で在留期間更新許可)は4千円だったのにねぇ。マルチの再入国が6千円で、両方でも1万円だったのに」 私のベトナム入国は、いわばイリーガル。 在大阪領事館から6ヶ月以上も定住ビザを貰えずに、ベトナム外務省某幹部から「入国すれば、何とかします」とのFAXを頼りに来たのです、家を退出する期日もありましたから。 そのために最初は6ヶ月に一度にビザを更新、話が違うと思っていたら2008年からは何と3ヶ月に一度に法改正。 ようやく正式な在留カードに当たる定住ビザを貰ったのは2015年からでした、「何とかします」が長かった。 3ヶ月に一度の手続きに10米ドルですから1年に4度で40ドル、3年なら120ドルのはずがなぜ155ドルになるのか誰も分かりません。 やっぱり不思議の国だわ。 それに最長五年のビザは国が認定した人にしかもらえません、ベトナムに貢献した人にだけと書かれています。 私だって1979年からのお付き合い、ずいぶん尽力はしてきたつもりなんですけど。 きっと公安関係への問い合わせ(素行調査)で時間がかかったのでしょう、最近は警告された事もないので大丈夫のはずです。 ビザの種類は前法令の10種類から入国目的に応じて20種類(NG1, NG2, NG3, NG4, LV1, LV2, DT, DN, NN1, NN2, NN3, DH, HN, PV1, PV2, LD, DL, TT, VR, SQ)に変更されたうち、私はベトナム人の配偶者であるDNに当たります。 新規入国者に関しては電子ビザなどで手続きが簡易化されているのに、継続ではこんなに時間がかかるんです。 これで3年は(法律を犯さなければ)安穏に暮らせます、ありがとうございました。 家内にもお疲れさまでした、日本の入管とはずいぶん雰囲気も応対も違いますからね。 ちょっと長い、おまけ。 これは全景。 あと5分もすれば、もっと違う風景になるんです。 |
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旅行に出たって同じ、家内には嫌な顔をされてもこれはマイペースです。 地引網漁をしているかが楽しみだったのに、今朝はないそうでした。 朝散歩からホテルに戻って来たら朝陽が昇りそうだったので、もうしばらく外にいる事に。 家事や母親の介護から解放された家内やテスト後のチビには、もう少し朝寝を楽しんでもらいましょう。 少しホテルに下ると、霞朝陽が見えてきました。 ♪真っ赤っかっか 空の色 みんなのお顔も真っ赤っか〜♪ みんなって、私一人だけなんですけどね。 この穴は浜蟹の隠れ家、近づくと中に逃げ込んでしばらく待っても出てきません。 やっぱりもう少し上に行って、椰子の葉葺きの屋根を写真に入れないと南国の雰囲気が出ないですよね。 実は数年前に行ったクイニョン市内で見た『だるま朝陽』を期待していたんです、ここまで昇ってしまうと諦めないといけないでしょうね。 やっぱり珍しいからだるま朝陽が有名になるわけで、そんなにたびたび見られるものではないのでしょう。 いくらデジタルカメラが進歩したって、人間の目とは明らかな差があります。 私は朝散歩、この人たちは朝泳ぎですか。 時計を見るともう5時半、1時間近く散歩した後はシャワーにします。 こちらに来る前に住んでいた大阪玉手山もつつじの名所、柏原市が近鉄から遊園地の無償譲渡を受けてからは以前より見事になりました。 つい思い出してついシャッターを、帰ってから花図鑑を調べても分からなかったけど。 ブロ友さんを信じてスパイダーリリーとしておきます、波風が立たなくていいでしょう。 気が付くとホテルの入り口にまで来ていました、ここで大騒音が。 ナンバープレートは軍用の物、この大きさだと戦車でも運ぶんですかね。 時刻は6時過ぎ、この音でほとんどの人が目覚めた事でしょう。 シャワーを浴びて朝食にしますか、その後は私がお願いして特別に組んでもらった半日ツアーです。 |
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こちらに来た時に持って来た21穴の電気たこ焼器は3年ほどで熱源のニクロム線が断線、220ボルトを110ボルトに落とす器具を使っていたのに、やっぱり10%も高い電圧だと無理があったのでしょうか。 以降は日本料理店も増えてきたことだし、新たに日本から送ってもらう事もなかったのです。 日本料理店のたこ焼と言っても、目の前で焼いていたのは今は閉店してしまった屋台村だけ。 他は冷凍物をチンするだけですからね、その冷凍物も作っているのはベトナムですべて輸出品なのです。 こうして目の前で焼いてくれるだけで、うれしくなりますね。 中にいるのはベトナム人のおねいさんと、日本人らしい男性の二人だけ。 「どれくらい時間がかかるんですか?」 日本語で問うと、男性からやっぱり日本語で準備が遅れているから15分ぐらいかかるとの答え。 普通のたこ焼はオタフクソース、もう一種類は中身が海老で味噌胡麻ポン酢でいただくらしい。 関西人ですから出汁につけて食べる『明石焼き』は何度も食べた事があるけど、ポン酢は初めてです。 二つお願いしました。 いまだに『限定品』とされれば弱いなあ、これも二つお願い。 たこ焼は6個入りとどちらも6万ドン(¥300)ですから、目の前で料理してくれたわが駅前の店と変わらないかな。 やっぱりイントネーションが関東風だったので、溶き粉を先に入れるのも関東風なのですかね。 大阪では先にタコなどの具を入れるんですけど、わが家でもそうしてきました。 ひとつ気になる事があって、つい声をかけてしまいました。 「兄ちゃん。タネを入れるんは、鉄板が熱なってからと違うんか」 「そうですよね…」 ちゃんと焼いておいてよと、ここを離れて他の売り場を見て回ろうと思いました。 もう15分は経過したので戻って見たら、関東風イントネーションの男性はタコ焼き台を移動させての格闘中です。 「どうしました?」 「電気が…来てないんです」 電検二種を持っているから見ましょうかと言っても「何とかできます」と答えるだけ。 見込みが付かないからとレシートを持ってキャッシャーに払い戻ししてもらいに行くと、店発行のキャンセル票が必要だとか。 また戻って男性に請求すると、「もうすぐ直りますから」とだけ。 待ってられんわ。 12万ドン(¥600)、返せ〜〜〜! おまけ。 私が来た頃にはまだ特定の場所を根城にした靴磨き屋さんがいたもの、これも15年の時が流れると変わります。 「おじさん、1足いくら?」 「2万5千ドン(¥125)。あんたのサンダルなら2万ドン(¥100)にしておくよ」 おじさんは仕事を再開、これで何度目だろうこの現象。 ソニーのサービスセンターもずいぶん遠くになったし、5年以上も使うと買い替え時かな。 でも、高島屋では絶対買わんぞ→たった600円でこうなるんだわ。 |



