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雄王伝説:100の卵

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紀元前1000年頃の北部ベトナムにはヴァンラン(文郎)国が繁栄していたと、ベトナムの歴史書にあるそうです。
古代史に記されたヴァンラン国の王は代々フンヴーン(雄王)を名乗り、それぞれの生涯はゆうに100歳を超えたとされています。
その初代フンヴーンのベトナム建国に関する伝説です。

中国の史書にはもっと細かく、紀元前2880年からとされていて、紀元前258年にアウラック(甌駱)国を建てたアンユンヴーン(安陽王)に滅ぼされるまでの2622年間、18代の王が続いたとされています。
こちらは一度計算していただくとお分かりでしょうが、いかにも壮大な歴史書です。
この「十八史略」に登場する三皇(天皇、地皇、人皇)伝説から始まる子孫の一人、漢方薬の祖とされる炎帝神農氏がベトナム史書の始めに名が記されているそうです。

この炎帝神農氏から三代目の帝王には二人の男子があり、帝王はこの二人を平等に扱おうと、本来なら長男に国土全てを譲るところを二つに分けて兄には北方を、弟には南方を分け与えました。
弟はドンディンクワン(洞庭君)の娘と結婚し、生まれたのがラックロンクワン(貉龍君)で、この血筋は名前の通り龍だとされています。



ラックロンクワンは長じて山びと(仙人)の娘であるアウコ(嫗姫)と結ばれます。
ふたりの間にできた100個の卵から、100人の男の子が生まれたそうです。
ふたりはそれぞれ50人ずつの子供を連れ、ラックロンクワンは海に近い平野に、アウコは山岳地帯に住むことになりました。
ラックロンクワンに従った子供のなかから、初代フンヴーンが登場するのです。
長々とややこしい話が続きましたが、ベトナムを知る背景としてはとても重要なことなのです。

なんだか前半は史実に基づいた話で「へ〜、ほ〜」と思わせておいて、後半はとりとめのない物語になります。
高校の先生を含めた家族・一族総動員でのお話ですから、本来の史実・真実とはかけ離れているかも知れません。
なぜラックロンクワンとアウコが離れて暮らすことになったのかも、今もってわかりません、残念。【おしまい】

注:言い伝えの古い物語ですので、これは「わが家バージョン」とご了解下さい。

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この時期の果物

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和歌山に親戚のある友人が、クリスマス前になると持ってきてくれた、いわく「くずミカン」
確かに粒は小さくて市場には出せないし、ワックスもかけていないから見栄えも悪い。
でも口にすると、とっても甘い逸品でした。

ベトナムにもミカンがあって、特産地のベンチェーから親族が持ってきてくれました。
上が大粒、しっかりした重さがあって皮も分厚いのでこんな切り方をしていただきます。

下は懐かしい「くずミカン」と呼びたい小粒、友人を思い出してしまいました。

国は違えど、作っているご本人たちがいちばん美味しい物をご存じのようです。

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