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何という木なんでしょうか、わからないんです。 竹ちゃん電柱や椰子の生木を電柱代わりにしたものは、すでにお伝えしてきました。 これは、すでに取り払われてはいるものの、電線らしきものが成長の妨げになった形跡があります。 それ以上に、幹から飛び出しているのも電線でしょう。 もう少し近づいてみました。 これは、もしかして、電線のなる木ではないでしょうか。 もしそうなら、大発見なんですけど。
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2009年07月18日
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ベトナムは多民族国家であるであることは、すでにお伝えしました。 ほかに、居住する区域の違いによるふたつの分け方も、存在していました。 平地民と山地民という分け方です。 今は住み分けが難しい環境になって、ほとんど使われることはなくなりました。 高地に住む民族の家は、構造の違いはあっても基本は高床式が大きな特徴。 素材に竹を多用することから、「バンブーハウス」と呼ばれます。 少数民族文化村に移設されたバンブーハウスを、いくつかご紹介します。 特集にしたロングハウスのバナ族は、もともと焼き畑農業で生計を立てていました。 1年のうち10ヶ月を農作業に充て、残りの2ヶ月は結婚を含む儀式や家の建築・補修をしていたそうです。 ここには若いカップルがいて、お茶のサービスがありました。 有料ですが焼き芋も、ルーカンというモチ米から造られた濁り酒も振る舞われていました。 うつぶせられた瓶が、ルーカンの入っていたものです。 これは、比較的平地に近いところに住んでいたザライ族の家だそうです。 椰子の葉影になるバンブーハウス、お分かりになりますでしょうか。 きっと涼しい生活ができたと思います。 日本の古い農家でもよく見られた鍵屋。 規模にもよるのは当然でしょうが、ガイドさんの説明では、この程度の家なら1週間ほどでできるそうです。 もちろん部族の人たちが揃って協力するのは当然、きっと人海戦術だったのでしょう。 典型的な高床式、窓も扉も竹製です。 この下に家畜を飼っていました。 いろいろな民族のバンブーハウスがあります。 開園からずっとここでそれぞれの民族が暮らしていたと、ある英語のガイドブックに書かれています。 本当は近くに宿泊施設があって、みなさんはそこで寝食をされていました。 今は、ほとんどの方がもとの村に戻られています。 おまけ。 もちろん昔ながらのベンチではありません。 ここはコムラムやティットヌーンを食べさせてくれるレストラン。 以前は釣り堀で釣った魚も、ここで料理してもらえました。 床もテーブルも椅子も竹製、おまけのおまけです。 |
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