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もしかして Part.4

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何という木なんでしょうか、わからないんです。
竹ちゃん電柱や椰子の生木を電柱代わりにしたものは、すでにお伝えしてきました。

これは、すでに取り払われてはいるものの、電線らしきものが成長の妨げになった形跡があります。
それ以上に、幹から飛び出しているのも電線でしょう。



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もう少し近づいてみました。
これは、もしかして、電線のなる木ではないでしょうか。

もしそうなら、大発見なんですけど。

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バンブーハウスたち

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ベトナムは多民族国家であるであることは、すでにお伝えしました。
ほかに、居住する区域の違いによるふたつの分け方も、存在していました。
平地民と山地民という分け方です。
今は住み分けが難しい環境になって、ほとんど使われることはなくなりました。

高地に住む民族の家は、構造の違いはあっても基本は高床式が大きな特徴。
素材に竹を多用することから、「バンブーハウス」と呼ばれます。
少数民族文化村に移設されたバンブーハウスを、いくつかご紹介します。

特集にしたロングハウスのバナ族は、もともと焼き畑農業で生計を立てていました。
1年のうち10ヶ月を農作業に充て、残りの2ヶ月は結婚を含む儀式や家の建築・補修をしていたそうです。



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ここには若いカップルがいて、お茶のサービスがありました。
有料ですが焼き芋も、ルーカンというモチ米から造られた濁り酒も振る舞われていました。
うつぶせられた瓶が、ルーカンの入っていたものです。

これは、比較的平地に近いところに住んでいたザライ族の家だそうです。



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椰子の葉影になるバンブーハウス、お分かりになりますでしょうか。
きっと涼しい生活ができたと思います。



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日本の古い農家でもよく見られた鍵屋。

規模にもよるのは当然でしょうが、ガイドさんの説明では、この程度の家なら1週間ほどでできるそうです。
もちろん部族の人たちが揃って協力するのは当然、きっと人海戦術だったのでしょう。



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典型的な高床式、窓も扉も竹製です。
この下に家畜を飼っていました。

いろいろな民族のバンブーハウスがあります。
開園からずっとここでそれぞれの民族が暮らしていたと、ある英語のガイドブックに書かれています。
本当は近くに宿泊施設があって、みなさんはそこで寝食をされていました。
今は、ほとんどの方がもとの村に戻られています。



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おまけ。
もちろん昔ながらのベンチではありません。



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ここはコムラムやティットヌーンを食べさせてくれるレストラン。
以前は釣り堀で釣った魚も、ここで料理してもらえました。
床もテーブルも椅子も竹製、おまけのおまけです。

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