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この日の司会者だった女性のマイク放送があって、会場の照明がいっせいに消えます。 スポットライトを浴びてバージンロードから登場したのがダンサーたち、バレエ風であったりベトナム伝統衣装のアオヤイであったりしますが、この日はモダンな衣装のダンサーが男女6組。 きっとキムチの選択だったと思います。 ステージの中央でひとしきり踊ってたあと、またバージンロードに戻って行きます。 新郎新婦の登場です。 ダンサーたちにエスコートされて、二人が登場しました。 バージンロードには花火が自動点火。 やっぱり二人の表情には硬さが見られます。 いちばん左が司会者、新郎KY(キーさん:空気の読めない方ではありません、念のため)さんのご両親中央にまだ表情の硬い二人、そしてキムとのご両親。 奥にはプロジェクターでのサービスもあります。 この中ではキムチパパが一番緊張しているように思えます。 これからお客様に向かってのご挨拶が控えているからです。 自己主張やこういった席でのスピーチには長けているのがベトナム人、それでも一世一代のはなむけになるご挨拶ですから、私はキムチパパの心境が手に取るように分かります。 いつもの表情ではありませんし、話す語感はとっても強そう。 あとで家内に聞くと『いつもとはまったくの別人だった』そうですから、やっぱり緊張のピークだったのでしょう。 あまりの緊張に、キムチの表情が緩んだところです。 やっぱりキムチは、誰もが認めるお父さん似。 ご両家の挨拶が終わると、シャンパンフローです。 いつもなら1本のシャンパンで済むのに、グラスが大ぶりなのでこの日は2本のシャンパンが開けられました。 何か意味でもあるのかと思ったけれど、切り出せませんでした。 ある式場では、このあとのシャンパンが奪い合いになることがあって、驚いたことがあります。 地方によっていろんなしきたりがあるのは、たぶんどの国も同じなのでしょう。 ドライアイスが入っているのできっと甘くなるだろうとは予測できます、でも、そんな理由ではないとは思います。 これは家内に言わせると『固めの杯』、両家の絆を結びつけるという意味では確かにそうなんですけど。 ステージで行われる最大の責務は、1分弱で終わりました。 この頃からキムチパパの緊張がほぐれてきたことがありありうかがえました。 『カタブツ』と言われるようになったのも私と同じく歳を取るに従って得た評判だと、これは家内の言。 今も嘱託で陸軍に月のうち半分は出勤しているそうです。 さすが強者ぞろいのファミリーの中でも酒豪と呼ばれるだけあって、乾杯の勢いはキムチパパがいちばん。 もちろんこんな式典には慣れっこですから、姿勢も美しく見えます。 言葉はほとんど通じないのに、同じ年齢ということもあってか不思議に気が合います。 ただひとつ困ることはすぐに手をつなぐ癖があること、サイゴンでご挨拶廻りの時もですからこれは恥ずかしくて文字通り手を焼きました。 ウエディングケーキに入刀。 この時に日本では万雷の拍手のはず、ベトナムでは私ひとりになります。 ご覧の通り、双方のご両親も退席されるんですから、式次第は似ていても大きな違いがたくさんあります。 BGMのいちばん盛り上がるのは同じです。 これで披露宴のセレモニーは終わって、食事に移ります。 お偉い方たちのかしこまって聞かなければならない『祝辞』は、まずありません。 私が気楽に披露宴に参加できるのは、ここにも原因があります。 今回はキムチパパのレポートを含めて、次回は食事をご紹介します。
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2010年05月20日
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