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カブでも、左のサイドカバーにエンジンキー(矢印)のあるタイプは珍しいのではないでしょうか。 HONDAさんには珍しく、機能的ではないと考えてしまいます。 今は孔っぽだけになっていますが、ここにはライトスイッチと連動した『キー・ライト』がついていたのです。 高校生の頃、誰もがスポーツタイプのバイクに指向する中、ひとりだけこのカブに乗る友人がいました。 当時は『行灯カブ』という言葉があったかどうか。 仲間内では『蛍カブ』と呼んでいたほうが多かったと思います。 盗難防止のためか、それとも約束を忘れさせないためか、お父さんはこの行灯部分にペンキで『T酒店』と書き込んだのです。 お父さんはご自分で贈答用の熨斗紙も筆で書くほどの達筆家だったのに。 以来ずっと50ccカブの愛用者、もちろん高校卒業後に家業を継いだからでもあります。 T君の暮らす街は軽自動車が1台通れるほどの狭い路地も多かったため、配達には大活躍したことでしょう。 まだ瓶ビールが主流、お酒の一升瓶は6本入り木箱もあった頃です。 カブのような堅実さで商売をしていたけれど、新しい住宅ができたりコンビニエンスストアが酒販にも進出したりで売り上げは右肩下がり。 商売敵としていたコンビニチェーンに加盟することにしたと聞いたのはちょうどミレニアムの年でした。 「箱庭になってしまった」 これはいろんな季節の花を育てていた奥様の嘆きでした。 今も古いお客様から電話注文が入ったら、カブが活躍します。 奥様いわく、『嬉々として出て行く、酒を売るのか油を売るのかわからない』のは昔のT君のままと思います。 「定年はないけど、隠居はいつでもできる」
これがT君の口癖でした。 まるでカブそっくりだと同級生で笑いあったものです。 ベトナムではとっても珍しい行灯カブは、『HONDA』ではなく『HOMDA』だったのが残念。 |
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2012年11月28日
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