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やっぱり目立たないところに日章旗(黄色い矢印)が。 たいていどんな国の領事館でも建物の屋上や正面に、国旗はあるものなんですけど。 「日本へ行こう!」 チビやお姉ちゃん格姪っ子たちの夏休みに、今年はかなり張り込んで日本旅行と決まりました。 ところが大問題、今は社長令嬢になっている中チビ(中学二年生)は全く問題なかったのに、高校二年生と小学四年生のツアー引き受けが拒否されてしまったのです。 問題は日本のビザ、条件がクリアできないそうです。 それならば私が直接ビザをもらってやろうじゃないか、意気盛んに出かけたのはよかったんですけどね。 間もなく呼ばれることになります。 右のビザ手数料をご覧ください。 ベトナム人を含む外国人は65万ドン、インド人は18万ドン。 およその日本円に換算するには、200で割ってください。 以前は確か複数の国が意外と高かった記憶があるんですけど、今はイラン人だけが109万ドンとなっていました。 後で聞いてみよう。 これが曲者でした。 親族が日本に来た時は私自身が日本に住んでいて、住民票や源泉徴収票も提出できました。 ところが今はサイゴン暮らし。 「ご親戚やご友人がおられるでしょう?」 「もちろんありますけどね。 住民票ならともかく、納税証明なんて送ってくれる人はありませんよ。 あなたのご友人にそんなことをお願いできますか?」 日本人の担当者にそう言いました。 「少々掛けてお待ちください」 この言葉、4回もいただきました。 いくら温厚な私でも、ちょっとイライラしてきます。 「私は日本人ですよ、サイゴンで暮らしていてもちゃんとした日本人で納税だってしています。 その私が子供たちの旅行と帰国を保証すると言ってるんです。 何の問題があるんですか?」 「これは決まりです、(サイゴンで暮らす)あなたではダメなんです」 きっと彼らの上司であろうベトナム人に代わったからではないんですけれど、私の口調も厳しくなります。 日本人同士で、こんなことは解決したいのに。 「外務省のガイドラインで決まっているんです」 「ガイドラインは、法律でも何でもありませんよね? 効力は一定の条件下でしかないはずです、在外邦人では保証人になれない根拠を示してください」 「・・・・・・」 「根拠を示しなさい!根拠を!」 「少々掛けてお待ちください」 1番の窓口が、ここなんです。 在留日本人が通称『内緒部屋』と呼んでいる部屋に、初めて入りました。 入ったというより、あまり私の声が大きくなっていたので、お役人はこちらで処理しようと考えたのだろうと思います。 ビザを申請するベトナム人側で8種類の書類を準備すれば、受理してもらえることになりました。 もちろん保証人は在外邦人の私でOK。 ざっと目を通すと、難しそうなものはありません。 「ベトナムの経営許可証って何でしょう? 義弟は個人商店経営だし、もう一人の義弟はレストランのコック長なんですけど」 「個人商店なら公安(警察)のライセンス、お勤めなら1年以上勤続しているという証明で結構です」 それなら大丈夫そう。 ちゃんと内容はスマホに記録してあります、言った言わないはナシです。 家に戻って、夕食時に義弟たちへ報告。 義弟Aいわく。 「俺の勤めているレストラン、公安のライセンスなんかないよ。(給料はもらっているけど)納税証明も、ない」 義弟Bいわく。 「俺の店、もう5年ぐらい前にライセンスは切れてる。再申請は…してない」 日本から送ってもらった小学一年生の国語本を、何度も何度も書き写していたのに。 お父さんたちの手落ちを責める気には、なれません。 この国で個人商店を営んでいる人たちのどれ程が、いま現在も有効なライセンスを持っているでしょう。 日本政府がベトナム人のツアー観光ビザを不要とする、そんな噂が駆け巡っています。 現実になったら、きっと連れて行ってあげる。 私だってもう10年以上帰っていないんだよ。 そう言ったら、ようやく納得してくれました。 今日、領事館に出向いて申請書類をOさんに返しました。 「今年は、(ビザ不要の)ASEAN圏内でラオスに行きます。いろいろ便宜を図っていただいて、ありがとうございました」 「またいつの日か、ご家族7人で日本に来ていただきますように」 なぜイラン人のビザがこんなに高いのか、インド人のビザがこんなに安いのか、聞くのを忘れました。 おまけ。
アナコンダ(大ニシキヘビ)はワシントン条約で取引禁止、その皮革ですから航空便では没収されてしまいます。 日本に持ち込んでからお世話になった方に送ろうと買っていたもの、これも無駄になりました。 |
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2014年05月21日
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