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この日はアジアサッカー協会で催されているU-23の決勝日、準々決勝・準決勝ともにPK戦をモノにしてきたベトナム。 薄氷の勝利が続いて来ただけに、老若男女を問わず気合が入っているようでした。 黄色い矢印は…やっぱり国旗なのです。 日系企業を含めたほとんどの会社は、この日は午前中で仕事が終わりの半ドン。 懐かしいですね、私が仕事を始めた時も土曜日は休みではなく半ドンでした。 銀行は午後3時半に終わりですから、関係ないかな。 時刻は午後4時半、ゲーム開始は5時からなのにこんな状態、散歩する人だっていません。 いつもハイビスカスを撮る時にバイクが画像に入らないようにしていても、絶対何台かのバイクが写り込みます。 テト(旧正月)でも、こんな状態にはなりません。 決勝の相手は日本に4-0で、韓国を4-1で勝ち抜けてきたウズベキスタンです。 ここで義弟たちが弱気な発言。 「こんなに雪が積もってたらベトナムに勝ち目はない。ウズベキスタンは寒い国だけど、ベトナムでこんな積雪は経験ないもの」 キミたちね、準決勝の相手だったカタール戦でも「相手はお金持ちの国だし、ワールドカップの次回開催国だし」なんて言ってたぞ。 ゲームが始まるとご近所からは鉦太鼓の音、チャンスとなったら大歓声が響いてきます。 私も甲子園の近くに暮らしていましたから、チャンスの時は長く大きな声援が、ピンチの時には短くて悲鳴に似た声が聞こえてきたことを思い出しました。 あの特徴ある音は…ブブセラですね。 とにかく選手たちがよくスリップして倒れる事、スパイクにアイゼンを付けないといけませんかね。 「日本のベースボールでも、泥んこのセミファイナルがあったんだよ」 ベースボールにはほとんど興味がない国、誰からも反応はありません。 白いユニフォームがベトナム、赤がウズベキスタン。 前半は0-0で折り返しでした。 子供たちも真似をして、トレイや椅子を叩いて応援ですか。 確かにボールは見にくかったし、気の毒なほど選手たちは転倒したり滑ったりしていましたからね。 義弟たちによると、英国のプレミアリーグでは雪の中のゲームはよくあるそうです。 しかしこんな雪かき中断は初めて見た、テレビ中継でも珍しい事だと言っていました。 結果は延長戦に入って1-2の敗戦、それでもベトナムにとっては並みいる強敵を倒しての大健闘。 ここからがどんちゃん騒ぎが始まります、負けはしたけれど何せ準優勝ですから。 『決勝翌日の28日、ベトジェットエア[VJC](Vietjet Air)の運航するフライトに乗ったベトナム代表は、同日13時10分にハノイ市ノイバイ国際空港に到着した。 2階建てのオープンバスで市内をパレードしながら14時に市内中心部へ入り、ホー・チ・ミン廟を訪れた後、グエン・スアン・フック首相らと会見する予定だったが、代表を一目見ようと集まった数千人のファンが空港から中心部まで30kmにわたって列を成し、予定よりも4時間遅れの18時にようやく中心部に到着した。 フック首相からは、チームに1等労働勲章が、またパク・ハンソ監督とゴールキーパーのブイ・ティエン・ズン選手、ミッドフィールダーのクアン・ハイ選手に3等労働勲章が授与されたほか、残る31人の選手らに表彰状が贈られた。』 この機内ではモデルさんが水着を着てのサービス、航空会社は15万円ほどの罰金を支払ったそうです。 ベトジェットのCEOはフォーブスの『世界で最も影響力のある女性100人』で55位に選ばれた女傑、一代でベトナム有数の富豪に上り詰めた人が謝罪に追い込まれました。 社会主義国家で、過激なサービスはこんな処分になるのです。 これから市内中心部に向かうバイクの集団、これは集団ではなく自発的にこうなってしまった結果。 何かにつけてチャンスを逃さない商才、ここでも発揮されますね。 おばさん、どれぐらい鉢巻や小旗が売れたんでしょうか。 この日の夜、中華街のチョロン地区から知人が来る予定でした。 「ダメです、動けません。明日に延ばしてくれませんか」 タクシーもお手上げみたいでした。 グラブバイクに乗り換えて帰ろうとアプリを操作したら、いつもは3万ドン(¥150)程度なのに表示された価格は22万ドン(¥1100)だったと、帰宅されてから電話が。 ファミリーは顔を見合わせて、資本主義の抜け目なさを嘆くことしきり。 でも、私は羨ましくも思うのです。 日本でこんなに国旗がはためくのは、きっと皇居周辺だけなんだろうなと。 こんなサイズの日の丸を持っているお宅はないでしょう、あっても小旗が何かの行事に配られるぐらい。 決して私は右翼でもありません、ただただ羨ましく思っただけ。 |
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2018年01月27日
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