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やっぱり渋滞の激しいホーチミン市中心部、それでも約束は果たさなければ男がすたります。
今はこんな書き方をしたらいけないんでしょうね、『おじさんとしての立場がありません』とでも訂正しておきましょうか。
目的地はチビご指定の高島屋、同行は私と家内にチビとその親友の4人です。



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「マリクリ ゴウカクシタラ ウデドケイ カッテチョーダイネ」
マリクリとはフランス統治下に建設された、今年が創立ちょうど100年の伝統を誇るサイゴンでは有名な高校。
本人も早くからの志望校、校名は日本語でいうと『マリー・キュリー』がベトナム語ではマリクリと申します。



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私が高校に入った時にオヤジからもらった腕時計はナルダンで、目覚めた時に30回竜頭を回しておかなければ止まってしまう代物でした。
今はあんなに小さなボタン電池で5年動きます、大学生になってもまだ動いているはず。
高島屋の3階にある婦人もの売り場で購入、いろんな時計メーカーが並ぶ中で彼女が選んだのはスイス製のこれ。
予算が600万ドン(3万円)ですから、日本のメーカーでは無理だったのが実情です。
高島屋で買ったから、たぶん偽物ではないでしょう。



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チビの親友が一緒に来たのは「日本のうどんを一緒に食べよう」と誘ったから、以前に行った○亀うどんでは2人とも失望しましたからリベンジです。
人の好みはそれぞれ違うもので、「コレダッタラ ドンベーノホウガ オイシイ」とまで言われましたからね。

私は天蕎麦、家内がわかめうどんと焼き餃子、チビは初めて食べるあんかけうどん、親友は肉玉うどんで午前の部は満足。
午後はわが家近くの回る寿司店の予定ですから、麺類の店ではこれで終わり。



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左が一緒にマリクリに合格したPちゃん、お父さんが韓国人でお母さんがベトナム人の小学校から仲良し。
第2外国語もチビと同じ日本語選択で家にもよく遊びにくる子、家族ぐるみでもお付き合いがあります。
以前お伝えしたようにお父さんは大阪の大学に留学していたので日本語もほぼ問題なし、ベトナムで韓国の食品店を経営されています。
店が定休日の日(ベトナムの祭日)に一家で遊びに来ると、わが家ではベトナム語・日本語・英語・韓国語が飛び交う大騒ぎで頭が混乱しそうになります。
でも、長くお付き合いしたいファミリーでもあります。



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蛇足になります、ある方から『あんかけ』は海外ではどう呼んでいるのか、英語ではどう表現するのかとのご質問がありましたのでメニューを写真に撮っておきました。
『あんかけ』は『ANKAKE』とお答えした通りですよ、信用していただけましたか?



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ホーチミン市の高校だけでなく、20年ほど前は白いアオザイ(南部ではアオヤイかアオジャイと言います)が女子学生の制服とされていました。
時代の流れとでも言いますか、いつの間にか私服での登校が大勢を占めるようになっていた所に、2015年になって政府が週に2度は女子学生にはアオザイを着るようにと通達が出たのです。
チビもあこがれていたそのアオザイを2着仕立て、ただし学校の指定した店でなければ作れないのは私学だからですかね。
白いアオザイでのおしゃれは遠くからでは見えない織り紋様のある生地を使う事、この店では出来ません。
その分安く上がって家内は喜んでいました、それが学校の狙いでしょうか。

マリクリでは、今の日本だときっとブーイングの出る『ブラック校則』と指定される事間違いなしの規則があります。
化粧やコロンは禁止・毛染めもダメ・下着は白限定などの細かい校則で、チビは不満でも私は個人的に賛成です。



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日本語に直すと『ダサい』となるでしょうベトナム語でチビが言うマリクリの制服、これは同意ですね。
私にはやっぱりまだ中学生にしか見えません、ならばPちゃんは小学高学年ですか。
でもサイゴン開放の1975年から変わらないとされていますから、それも仕方ないのかも知れません。
もう一つチビのご不満はマリクリの第二外国語がフランス語である事、でも二年生からは日本語もそうですから1年間は勿体ないけど我慢ですかね。



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『がんばる小学一年生』でご紹介した小学校入学当時の写真、チャン・クアン・ジュウ小学校で5年間、バックダン中学校で4年間学んで、この9月からはマリクリで3年間学びます。
私がこちらに来た年に生まれたチビ、ヤフーブログが終わらなければ『がんばる社会人一年生』までお伝えしたかったのに。
とっても残念です。



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お別れにお伝えするわが家の花は…大輪ハイビスカスにしようと思っていたのに、残念ながら今は葉っぱばかりです。
一年中咲いている黄胡蝶でさようならを。

ヤフーブログは12月に終わります、9月からは投稿も修正も出来なくなるのでこれが『ベトナム オフロード』としては最後の投稿。
14年の長きにわたってお付き合いいただいてありがとうございました、みなさんのご健勝を祈りながら。

帰り道

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朝食に管理棟へ行く途中の海岸、朝の地引網はすっかり片付けられて釣り人がひとり。
底魚狙いですかね、ここは岬のはずれですから百恵ちゃんの古い歌が…。
あれは少年だったけど、ここでは青年でした。
遠くに船影も見えなくなって旅行者日和、でも今日はサイゴンに帰ります。



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最後の朝食、ビュッフェ形式のフードテーブルが2列に並んだ食べ物は来た時からまったく同じです。
ホテルは貸し切りですから食事のメンバーは私たちを除いてみなさん社員とその家族、第9義弟の会社は130人の従業員と聞いていたのに観光バスが4台、満席にするため私たちが呼ばれたのでした。
みんな若いから食欲旺盛、私もつい引き込まれます。



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レセプションで清算を済ませてコテージから荷物をバスに積み込むのは私、いつまで肉体労働を任されるのでしょう。
たった2泊なのに女性の荷物はなぜこんなに多いのか、私なんぞはバックパック1個で収まるのに。
来た時とバスが違います、私たちが乗る3号車が写真の左になっておりました。
同じホテルに2泊だし丸1日は自由行動でどこにも出かけないからバスを遊ばせるのは勿体ないって、なるほどねえ。



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タンロン畑が疎らになってくるとビンディン省から遠ざかります、ここもまた来ないといけないなとチビに言ったら返事なし。
理由を聞くと「遊ぶところが、何もない」からだそうです。
こんなに自然がいっぱいでいつでも泳げるのに、それにイベントも組んだつもりなのにご不満ですか。
大人と子供の端境期にあるから、難しいですよね。



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「あっ、チャイ(火事)!」
チビは私と同じで車中で寝る事はなく車外の風景を楽しみます、その中での出来事でした。
「これは火事じゃないよ、ある物を作ってる。さて何でしょう」
国道1号線のこの辺りは昔からあるものを生産していました、今は大規模工場が取って代わりつつあります。
鉄分の多い赤土の産地ですから、この産業が興りました。



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典型的な昔風の工場、右隅に生産されたものが写っていますね。
はい、レンガ工場なのです。
熱源の木はすぐ近くの山岳地帯から手に入るし、掘れば赤土の粘土が出るし、大消費地のホーチミン市にも近いと好条件が整っていました。
その昔には『レンガ御殿』なるものがあったと聞いています、今はどうなったか…あとはチビの社会科勉強で。



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国道1号線ですから、こんなドライブインが増えました。
ベトナムにはなじみの薄かった無料トイレがありますから、ほとんどのバスはこんな所で休憩や食事を取ります。
長距離バスなどは契約しているドライブインがあって、バスの乗務員には特別食が出るのは日本の観光バスと同じかな。
もちろん特産物も販売しているのも同じ、この辺りの果物的特産品とは。



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つっかえ棒をしたバイクの荷台にあるのが特産品とされている果物、私はこの匂いに弱いのでズームで撮ります。
特産品といってもベトナムほぼ全土で採れますから、これはどう捉えればいいんでしょうね。
最南端のカマウ省でも最東端のフーイン省でも、木成りの状態を見た事がありました。
風評として一番おいしいとされているのがダラットとメコンデルタのものだそうですけど、これに関しては興味が湧かないのであります。



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ここがそのダラットへ行く国道1号線と20号線の分岐点、道路標示を見てチビが言いました。
「コンドハ、ダラットヘ イコー!」
「もう3度も行ったぞ」
ベトナムの学校には修学旅行もないし、行ったのはまだ小さかったから覚えてないだろうし。
「よし、高校の入学試験に合格したら行こうか」
急におとなしくなったのが気がかり。



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今回の旅行では生タンロン以外はあまりお土産として目ぼしいものがありません、やっと買ったのはこれ。
ベトナム語で『メ』と呼ばれる『スイートタマリンド』なぜかタイ産、5袋も買ったら間に合うでしょう。

到着後第6義弟に支払ったのは1人当たり100万ドン(¥5000)の格安社員旅行、どうやら準社員の扱いになったようでした。
こんないい加減さも大好き、ベトナム。

地引網漁

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昨日よりちょっと早めに浜へ来たのに、もう地引網は引き揚げられて後のようです。
ヘルメットをかぶったおじさんの前にあるお椀舟に、漁果が入っているのは今までの経験からみなさんも想像つくでしょう。

この浜あたりで獲れる小魚は、ほとんど近くのヌックマム(魚醤)の原料になる他、佃煮にされることも多いと聞きます。
網を揚げる現場に出会えなかったのは残念、私も力任せに引っ張りたかったのに。



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網の長さは40〜50メートルもあるでしょうか、もうかかった魚はほとんどお椀舟に移されているみたいですね。
長く寝そべっている緑の網の手前には白い網が、こちらはまだ濡れていません。
網目もほとんど同じ大きさだし、どう違うのかが気になりました。



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先ほどのお椀舟の中にはこれだけの小魚が入っています、おばさんが漁師さんからプラスチック容器に溢れるほどの小魚を入れてもらいました。
佃煮にするのでしょうかね、でもお金は払っていません。
どうやら家族か親戚かも知れません、どちらもこの笑顔ですから。



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「ちょっと、写真撮らせてもらっていい?」
少年らしくていい笑顔じゃないですか、同時に先ほどの疑問について聞いてみました。
白い網はこれから海に入れるもの、緑の網は1日間家で天日干しにしてから綻びを修理するそうです。
「(この他に)もうひとつ、緑の網もあるよ」
「それは、どこに?」
「家でお母さんたちが修理してたから、もうすぐ来る」
なるほど。



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お椀舟がヌックマム工場に出発、気前よく容器一杯の魚をあげていた漁師さんですね。
この浜から5キロほど北の工場があるとか、波は穏やかだけど気を付けて。
テレビで、このお椀舟を作っている現場を見た事があります。
菜切り包丁のような形をした刃物と、素手だけで作り上げてしまうのにちょっとびっくり。
防水塗料は地方によって差がありました、まず編み上げた最初に塗るのは同じでしたけど。



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一緒にタンロン畑へ行ったPちゃんが、今頃来ました。
残念だね、獲れた魚はもう全部出発した後だよ。
「何匹か残っているはず、ほらここにも!」
今度はタンロンでなく緑の網で落穂ひろい、根性はチビよりあるみたいな高校生です。



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少年が準備していた白い網は別のお椀舟に乗せられて、やって来た漁船に積み替えられます。
ここでも少年は海に入っての大活躍、きっと将来はいい漁師さんになる事でしょう。
緑の網がもう1枚あると少年が言っていたのは、小舟から仕掛けに降ろされているこの網なのかな。
もう少し話を聞いておけばよかった、この緑の網を降ろした後に積み込まれていたのが白い網。
『にわかガイドさん』は三日に一度引き上げられると言っていたから…どうもよく分からん。



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小舟はかなり沖合にまで出て網の敷設、それも一直線に。
これって引き上げる時はどちらに振るのでしょう、海流があるから決まってるとは思うんですけど。
やっぱりもっと早く来てみるべきだった、漁師さんの朝仕事には早起き日本人もお手上げでした。



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朝陽の昇る頃に敷設が終わって、ようやく白い網が小舟に積まれます。
いろいろな疑問は次に来た時に譲って、みんな頑張ってね。
朝の二度寝をしてご飯、帰りの出発は午前8時半だそうですからまだひと泳ぎできます。

タンデムバイク

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昼食に向かう途中、空にたくさん飛んでいるのは通称『赤とんぼ』、バッチャン焼の図柄にも多く取り入れられているのはご存知でしょうか。
ホーチミンでは(いや、わがファミリーだけかも知れません)このトンボが低く飛ぶと、もうすぐ雨が降ると言います。

さて食事が済んでから、午後の遊びについて『にわかガイドさん』のカウンターに行きました。
「何かいい遊び、ありませんかねえ」



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まず案内されたのはフィットネスルーム、ジムとかこういった類いはあまり興味がないんです。
25歳の時にアキレス腱をほぼ全断裂して、スポーツ人生をあきらめた黒歴史があるから。
それでも普通の生活に戻れるように、1年近くは病院のリハビリセンターにあったこんな施設に通ったから好きになれません。
「他には?」
「すみません、後は車でどこかに行くしか…。小さなホテルですから」



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では車でどこかに行くかと元のカウンターに戻る途中、こんなサイクリング車を見つけました。
「これは、レンタルバイクですか?」
「今日は残っているのが3台しかありませんけど、明日なら予約がありませんから8台準備できます」
さっそく家内に電話、3台ならチビと3人で遊べます。
「今、Pちゃんが遊びに来ていて、あなたのベッドで寝てるよ。出来たら4台あれば」
Pちゃんとはタンロン農家に一緒した高校生、どうやら暇をもてあそんでいるようです。

4台なければと言うと、二人乗りのタンデムなら午後2時に戻るとの返答。
『にわかガイド』さんに予約して、昼寝に戻りました。



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私のベッドはチビとPちゃんに占領されていたので、昼寝は部屋に備え付けのハンモックを吊って。
ちょっと長い昼寝を終えてカウンターに行ったのは1時半過ぎ、もうタンデムは戻っていると聞いて現物確認です。
アサマという台湾メーカーの車体に変速機はシマノ、中部高原のダラットでも家内と乗った事がありましたっけ。
その頃はまだチビが小さくて、後ろの席に家内と一緒に乗っておりました。



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私と家内はシルバーに、チビとPちゃんはブルーの車体に乗って出発。
レンタルしたのは2時間、午後4時にホテルに戻ればまだまだ泳げる時間はたっぷりあります。
30分ほど順調に走って、ここで一旦休憩。
おいおい、誰も水分補給を考えなかったのか、私の500ミリリットルのペットボトルがすっかり空っぽに。
「省道沿いなら、店ぐらいあると思った」と家内、本当に何もない所に建っているホテルですなあ。



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三叉路で初めて見つけた茶店で休憩、ここで走り始めて45分ほど。
「ビールにする?」
いえ、今ビールを飲んだら帰る元気がなくなってしまいます。
それに自転車とはいえ飲酒運転はいけません、ベトナムでは全然厳しくはないけど。



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チビとPちゃんはまだまだ元気、対するシルバー世代二人は息切れする寸前。
なだらかな下り坂が終わったところでギアをチェンジしようとしたら、前後に付いているペダルが空回りして進めません。
バイクは走っているけど店は何もない、工具もないし今は目も悪くなってる。
ここはチビたちを先に帰らせて、家内が聞いてあった『にわかガイド』さんに電話。
車で迎えに来てくれる事になりました、ちょっと恥ずかしいなあ。



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帰ってから整備担当者が言うには、このギアチェンジャーが何かの原因で動かなくなったとか。
原因って何だろう、世界のシマノがそんなやわな構造をしているわけがない、そう思っていたらすぐに結論。
「ロゴは入っています、でもこれはコピーですよ」
世界的企業にコピーはつきもの、でも実際に迷惑をこうむったのは初めてでした。



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これが迎えに来てくれた車、運転手さんは車や自転車の整備士も兼ねているようです。
朝タンロン畑に案内してくれた方で、ベトナムではこうした兼業職が多いんですね。
料金の支払いにカウンターへ、はい、ご想像通りに1台分だけで済みました。
救援の料金も不要、いい国でしょ?

カウンターでもうひとつ、私にとっては重要な情報をいただきました。
「明日は地引網の引き上げがありますよ、朝早いけど。三日に一度あります」
「何時頃ですか?」
「5時前には始まっているでしょう、起きられますか?」
私はどこに行っても起きるのは4時半、大丈夫。
きっと小魚ばかりでしょうけど、楽しみですなあ。

タンロン畑

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農場主のご夫婦が戻ってこられて、園内を案内していただく手はずも整ったようです。
「この辺りは収穫までひと月はかかります」
「タンロン(ドラゴンフルーツ)って、収穫に差をつける事も出来るんですか?」
「水を撒く量で変わってきます、一度にこの畑で同時に実がなると家族だけでは大変です」
「どれぐらい差を付けられるんですか?」
「3ヶ月ぐらい」



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この辺りは収穫済み、それでもまだ残っているタンロンがありますよと近付いた先には後ろから見えませんが…。



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振り向かれると、立派なタンロンを2個お持ちじゃないですか。
「今は他の場所が(収穫で)忙しいので、取りこぼしがあります」
右端に写り込んでいるのは家内とチビの日傘、それほど日差しが強いのです。
「この辺りのタンロンなら上げますよ、まばらにしかありませんけど」
「よし、落穂ひろいのタンロン版だ!」
誰にもウケませんでしたが。



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私が最初に見つけたのは、色はいいけどかなり小ぶり。
もっと大きなタンロンを探しましょう。



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さすが地元の『にわかツアーガイド』さん、大きなタンロンをナイフもなしに真っ二つ。
ちょっと古いけど、ワイルドじゃないですか。



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同行した高校三年生は四つも、畑の奥を見ても赤い実が見えないのに。
この子はチビと同じくホーチミン育ち、そのチビはお菓子を入れてきた袋に何と6個も。
ホーチミン市でも買えるのに、お父さんや大学生の姪っ子の土産にするそうです。



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こちらは新たに挑戦しているという『セリ』の畑、こちらの記事で4枚目の写真がチョー(市場)で売られているセリ。
ミニトマトより小さな、酸味の強い果物(?)。
タンロンの収穫が3〜4ヶ月なので、時期がずれる作物を植えたそうです。



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セリの花は薄いピング、あと4ヶ月もすれば収穫が始まるそうです。
ちょうど全部のタンロンが収穫を終える頃、現金収入の途が増えて収穫作業のないのは3ヶ月に減るのだとおっしゃいました。



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こちらは料理に使うためのパイナップル、ベトナムでは炒め物やスープによく入っています。
たまに空芯菜の炒め物にも入っていて、甘味と酸味が程よくなるとも言われます。
私は素材そのものの味が好きでも、これもけっこう美味しいですよ。
それに、お孫さんも大好きな果物でもあるそうです。
日本の果物を持ってきてあげればよかったな、今の時期ならイチゴでしょうか。



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かれこれ2時間も農家でお邪魔、帰り際におばさんと記念撮影しようと思ったら『にわかガイド』さんとそのおばさんがもめている様子。
ガイドさんがお礼にと20万ドン(¥1000)2枚を渡そうとしているのに、おばさんは遠い親戚だからと受け取らない。
こんなのたくさんのタンロンをいただいたから当然でしょう、そのままを撮らせてもらいました。
おばさんに右手に20万ドン札が2枚、さて、その後は…。

右隅にお孫さんが写っていますね。
ガイドさんの電話番号も家内が聞いていたし、また来ることもありそう。
その時は日本の旬な果物をお土産に持ってくるからね。

ホテルに戻って昼ごはん、その後のスケジュールは何もありません。
昼寝しながら、考えよう。

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