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南部はメコン川が象徴的な『ミルクティー色』。 中部でしか日本のような透明な川水は見られません。 これはスアンザイ湾にそそぐ一番大きなタムジャン川、これを渡ると国道1号線から西に離れます。 これを利用してご覧のように多くの多くの養殖筏があって、グーグルマップで拡大して見ると湾の半分がこれで覆われています。 稚魚から育てる養殖業ではなく、持ち船で湾外に出て獲った魚や貝をここに入れて育てるそうですから肥育業とした方が適切かも知れません。 もちろん市場に出荷するのが主力でも、小さな店を構えて『海鮮料理店』を経営する業者もあって、これが評判なのだそうです。 私たちが入ったのは一番左に写っている『BONG BENH』なる店でした。 駐車場の日よけには古い漁網が使われていて、何となく漁師直営の雰囲気がありますね。 ベトナムではよく見かける貝で、これが一人前とはなかなか豪快じゃないですか。 サイゴンだと、きっと二人前ぐらいでしょう。 『ナッツ姫』はこれを食べたらサイゴンに帰ります、彼女の目的の一つでもありますから大量注文したようです。 旅行は『アゴ(食事)』『アシ(移動費)』『マクラ(宿泊代)』、中部旅行の前半は『マクラ』以外は私の負担する約束ですので、家内は何も心配していないみたいでした。 もっと大きければ、中からビーナス誕生となるんでしょうか。 カットするのはハサミで、ちょっと味気がありませんでしたね。 見ての通りで歯ごたえのある貝肉、特段評価するものでもなかった。 これが乗っていなければベトナム料理とは言えないのです。 カニは大好きなのに、なぜエビでは蕁麻疹が出るのでしょうか。 あ、かっぱえびせんは大丈夫なんですよ。 彼が連れて来てくれた昼食ではここは大当たり、弟のDさんは私たちの好みをよく知っているので全勝ですけどね。 ただ心配したのは食事の後、6人でこれだけ食べればサイゴンだと一人4〜5千円ほどでしょうか。 珍しい物、美味しければそれに見合った対価が必要、ちょっと心配でした。 つまりこれだけ食べて一人当たり2千円、さすが評判になる事だけはありますよね。 5行目が缶ビール、24本入りのケースが置かれて19本返却の意味。 24-19ですから私一人が5本飲んだ計算になります。 60とは6万ドン(¥300)、額が大きいから千ドン単位で表示するのが常、つまり1缶12000ドンという事です。 いかに安い『海鮮料理店』だという事が、これからでもお分かりになるでしょう。 6人がお腹いっぱい、ごちそうさまでした。 あまり見て欲しくない、おまけ。
胃からこみ上げてきそうになったけど、グッと堪えました。 |
食べ物・飲み物
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時刻は6時過ぎですから十分ご家族と楽しんでください、そう言って別れました。 「クイニョンでは有名なレストランです」 この言葉で、お昼は大いに失望しましたから安心はしませんでした。 車が到着したこのお店、古くからお付き合いしていただいている方は、もしかして身覚えがあるかも知れません。 そうです、二年前に乗ったタクシーでもここがいいでしょうと案内してもらったお店なんです。 急にその時に食べたサフランライスの味を思い出しました。 一口飲んでから、キャッシャーテーブルに行ってみました。 オーナーさんが座っているはずなのに、今夜は姿が見えません。 いたのは息子さん、英語もできます。 覚えていてくれました、このレストランで「マグロを食べさせてくれるお店はありませんか?」なんて失礼な質問をした日本人ですからね。 「昨日、マグロを食べに行ってきました。ご主人は亡くなったんですね」 「はい、まだ若かったのに」 「あなたのお父さんはお元気ですか?」 「とっても元気ですよ、今本店に行っています。電話しましょう」 そう言えば、この店の名前の後ろに『2』が付いているのを思い出しました。 「わざわざいいですよ、みなさんお仕事中でしょうから」 「いえ、あの後にずいぶんあなたの事で話が弾みましたから、父もきっと飛んでくると思います」 聞くとバイクで20分ほどとか、仕事の邪魔にならないといいけど。 まだ他の料理が出てこないのに、名物ですからすぐに出せる態勢なのでしょうか。 何だか二年前とほとんど同じパターンなのに気付きました。 これが一番時間がかかりそうな料理、でもきっと下ごしらえは済んでいたのでしょう、出てくるのは他の店よりずっと早かった。 普通ならたいてい最後にお目見えするので、ちょっと箸の順番が狂ってしまいました。 カーコート−だけで、ビールは〇本飲めますからね。 一般的な『コムガー』は、鶏がらスープで炊き上げた白いご飯なのです。 これは歯のない人でも食べられそうです。 「父が帰って来ました」 もうお腹が一杯で、帰ろうとしていたところにわざわざ息子さんが呼びに来てくれました。 歳のせいですかね、いくらお腹が一杯になっても、こんな見苦しいことはなかったのに。 オーナーのお爺さんは、中国福建省からベトナムに来たそうです。 「日本人なら、漢字が読めるだろう」 ご本人の名前を書いてくれたのはいいけど、姓は読めても名前は繁体字で分かりません。 二年前に下手なベトナム語を使わなくても筆談ができたんですね、でも『鮪』と書いてもきっと分からなかったでしょう。 また二年か三年したら、また会いましょう。 一期一会と思っていて再開できれば、こんなうれしい事はありませんよね。 おまけ。
私はコーヒーにしておきました。 お兄さんの話は先ほどのレストラン以外、裏切られっぱなしですからね。 ホテルに戻ってからチビに聞いたら、やっぱりサイゴンの方が美味しいと言います。 明日は漁港に行きます、早朝起きですからもう帰ろう。 |
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二年前とはずいぶんテーブル数も増えているのが分かります。 それだけでなく、店員さんもユニフォーム姿で人数もずいぶん増えていました。 画像のタイムスタンプは17:51、いつもより1時間も早い到着はみんなお腹が空いたと言うからです。 ウエルカムのマットのある部屋で中を覗くと、誰も知らない顔ばかり。 ちょっと困ったな。 親指を突き出して「ボスは?」と聞いてみました。 みんな頭を左右に振るだけ、いないみたい。 商売が順調だから遊びにでも行ったのかな、二年前は自分で包丁を握っていたのに。 声を掛けて、二年前のブログを見せてオーナーはどこに遊びに出かけたのか聞いてみました。 「一年半前に死んだよ、バイクの事故で」 私たちが来たのは二年前の8月、事故は12月だったそうです。 今は弟さんが経営を引き継ぎ、頑張っておられるそうでした。 「お店は順調そうで、何よりですね」 「まだたくさん借金が残っているよ」 お婆さんはそう言いながらも、笑顔は絶やしません。 戦争を乗り越えてきた人は、強いのかな。 家内は店員さんから事情を聴いたそうで「会うのが楽しみだったのにね」、私も同感。 野菜はマグロを食べる時に一緒にいただくもの、ベトナムでは大葉にマグロと野菜を一緒にくるんで食べるのが一般的です。 もちろん日本人は『刺身』としていただきます、チューブ入りのわさびも持参してきました。 これを食べさせておけば静か、私はまだ待ちました。 前のオーナーなら、きっと一番先に私の注文を料理してくれたでしょう。 家内と子供たちにも一皿、食べ方が違うのでこれは私だけです。 ビンディン省クイニョンはクロマグロの漁港、大阪の卸売市場にも出荷しています。 なぜ大阪だけかと言えば、堺の会社が捕獲とその後の管理を技術指導しているから。 でもまだ漁獲の10%も日本へ輸出できないのは、漁獲後の管理がまだ悪くて仲買人のお眼鏡にかなわないからだそうです。 これをクリアすればベトナム国内価格の10倍以上、中国価格の5倍以上で取引されると言いますから、当局も力を入れていると聞きます。 はい、西洋風に言えばフィンガーボール、カニを食べると手に臭いが付きますからね。 食後はこれで手を洗うのです、これもベトナム風かな。 さて、明日からはDさんのお兄さんが運転。 どこに連れて行ってくれるんでしょうね、楽しみです。 |
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一般国道を整備したら使用料金を取る、これはベトナム流なのです。 8人乗りの乗用車だと35000ドン(¥175)、中型車では無理でもちょっと遠回りすればこのゲートを通らなくてもすみます。 しかしこの程度の料金で時間をロスするなんて、まず考えられません。 海岸療養所の次は、国道1号線を北上します。 Dさんが「ホットスプリングがある」と言うので、ベトナムには珍しい温泉に行くことにしました。 私たちの旅は臨機応変、別な言い方をすれば行き当たりばったり。 私の記憶に間違いがなければ、この立地条件だと『銅塔』かな。 でもDさんには何も言いません、まずは子供たちも期待している温泉に行かねば。 療養所からは、もう小1時間程でしょうか。 ちゃんと水着は全員準備しています、ベトナムでもこれは必須です。 和歌山に川湯温泉があって、川の中で温泉に浸かれるところがありましたっけ。 熊野灘にキャンプへ行った帰り、よく途中停車して入ったものでした。 ここも川で楽しむんでしょうか、それとも足湯なのかな。 もしかしたら、ひとり用ぐらいの樽が置いてあるから、そこで順番に楽しむのかな。 「川には魚が住めないほどの熱湯が噴き出しています、魚は煮上がってしまいます」 Dさんはそう言います。 「ここでは、卵を楽しみます」 そう言えば、向こう岸にも茶屋風の建物があって、もう数グループが「ヨー(乾杯)!」なんて声を上げていました。 湯加減を確かめようとしたら、Dさんからストップがかかりました。 「そこは80度以上あります、気をつけて!」 確か日本の温泉卵は蒸気で茹でるもの、こちらでは熱湯に直接入れるようです。 これでも黄身より白身が柔らかい『温泉卵』ができるんでしょうか。 気温は35度越えですから、水面から立ち上る湯気は見えません。 真冬の日本なら、きっと川沿いに靄が立ち込めているでしょうね。 左奥のぐい飲みは、決してお酒を飲むためではありません。 う〜〜む、黄身よりちょっと白身が柔らかいかな。 でもこれなら、家庭用の『温玉製造機』で作った方が、よほどそれらしいものが出来そうな気がするんですけど。 このポンプとパイプは、きっと源泉をどこかに送っているはずです。 『温玉』を作ってくれたおかみさんに聞いてみました。 詳しく聞いたのはDさんです、でもパイプの先が来た道を50メートルほど戻ったところにある病院に入っていると分かりました。 そこに行ったら、もしかして温泉に浸れるかも知れない。
「食べたら、すぐに行ってみましょう。交渉次第ではあなたの希望が叶います」 今日は不思議と病院に縁のある日です、別に治療を受けるわけではありませんからこれもまたよしかな。 |
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ベトジョーさんからでした。 今年の5月にベトナムに来たオバマ大統領がハノイで食べたというブンチャーはこのつけ麺式。 「独特のブンチャーがあるから、出勤前に一緒に行きましょう」 知人さんにそう誘われてやって来ました。 同じ米麺でも私はフォー派、あまりブンは好まないんです。 でも美味しいと言われたからには、食べるスタイルは変わっても挑戦するのが私の食いしん坊魂。 これが…サイゴンで食べるより、断然美味しかったんです。 「表で作っているから、見てきたら?」 このレストランへ入る時に写真を撮ってありますから、モニタで確認してみました。 それらしき人は写っていません。 店の名前は『ティェンアン(天英)』、ああ、ブンチャーの文字が切れていますね。 知人さんに見せると、頭だけが写っているそうです。 やってますね、手つきも鮮やかです。 向かって左の蒸気鍋に米粉を溶いたものをこの杓子1杯流し込んでから、こうして広げます。 蒸気鍋は二つ、中央に生ライスペーパーの出来上がりが置かれていますね。 これがブンチャーに盛られる一人前の半分。 出来上がりは左奥の鍋に入れて行くのに、これだけ早くても在庫がありません。 私が前に立って写真を撮っていても無視、話を聞く間さえ与えてくれないのです。 よく工場でするように、3回の作業を腕時計で測ってみました。 3人前作るのにジャスト1分、素晴らしい早業です。 そう声を掛けても、顔は上げてくれません。 これは作戦を練らないと。 日本語でならこんな風に幼児語で言ったら、やっと顔を上げてくれました。 「中国人?」 「いや、日本人です」 外国人とは先ほどの言葉で分かっていたんでしょう、でもまた俯いて作業に。 「美味しかったですよ」 「ありがとう」 「豚ミンチもあなたが作ったんですか?」 「ヤー(はい)。昨日作ったものを一晩寝かせて、味を浸み込ませます」 「この店は何時まで?」 「たいていお昼ぐらいまでには売り切れるから、それで終わり」 「それから、豚ミンチを作るんですか?」 「昼寝をしてから」 奥から家内が出てきて、追加で注文したのが来たと言うので会話はこれで打ち切り。 おまけ。
今年初の顔出しは恥ずかしながらここで、彼女がちゃんと笑ってくれたのは一瞬だけ。 もうちょっとズームを上げるか近付いてくれたら、もっとよかったのに。 |




