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だるまさんが転んだ

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いつものようにLiemのバイクタクシーでやって来ただるまさん、家内から薄切り米国産牛肉を買って来てと出掛ける前にお金を預かっていました。
「おい、Liem、いつもとちょっと様子が違うぞ」、そう言ってしばらく待ってくれるように頼みました。
いつもなら店員さんや料理人さんのバイクが10台近く停まっているはず、それが表に2台と店内に1台だけ。



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私がいつも座る席で男性が二人、厚さ数センチの書類を前に計算機を叩いています。
「やばい!」
私と同時にLiemも声をあげて、二人とも両手を胸の前で交差させてバツ印。
だるまのホームページを見たら、最近は新規開店ラッシュでちょっと気になってはいたんです。

朝の(正式な)開店前には毎日BIDV(ベトナム投資開発銀行=りそな銀行と提携しています)の現金輸送車が来ていて、けっこう売り上げがあるのだなと思っていました。
でも、でもですよ、二階席が閉鎖になったり英語や日本語のできるスタッフが櫛の歯が抜けるようにいなくなったり。
長い間こんな仕事をしていると、ちょっとした雰囲気で察するのも悲しい習性になっています。
『効率化』とは違うんです。

食べ物商売ほど難しいものはありませんよね、『美味しい・安い・サービス』が主要産条件だと言われていますが。
レストランの料理長をしている義弟7に言わせると、『美味しい』と感じるのは十人十色だし出身地によっても家庭によってもそれは違うから、どこで折り合いをつけるかが食べ物屋の落としどころだと申します。
確かに高級レストランなら美味しいのが当たり前、それでもハズレがあるから世の中難しい。



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Liemがガラスドアの新しい貼り紙を見ろ、そう言って指さします。
『だるまナム・キー・コイ・ギア店は閉店、清算中です』
意訳すればそんな短文、サイゴンではこんな貼り紙なしに閉めてしまう店も多いからまだマシな方かな。



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これは開店間なしの大阪王将に行った時の写真、第9義妹の家にも近くて、日本旅行がもう7回というご主人が贔屓にしていた店でもありました。
「そこそこ美味しいし、安いのがいい」
そう言って、会社のメンバーを引き連れてよく来ていた店でもあります。

大阪王将が見つけたパートナーがだるまチェーン、正確には大阪王将が雇用したコンサルタントがお世話したものだと思います。
現在は第二次日本食ブーム、サイゴン市内だけでも数百店の日本人オーナーとされるお店があるそうです。
怪しげなコンサルやブローカーと呼ばれる人に引っかかって、1年以内に店をたたむ人がどれだけ多い事か。
日本人が日本人を食い物にする、そんな構図がサイゴンでも見受けられるのは悲しい話です。



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最初にご紹介した貼り紙が6月3日、7月の半ばに第9義妹の家に用があって前を通るとこうなっていました。
HUTONGなるベトナム語はありません、タクシードライバーに訊ねたら中国の鍋料理店だそうです。
だるまと大阪王将の2店舗分を借り切って、鍋専門料理を提供しているそうでした。
日本料理が中国料理に負けた、いわばそんな構図でしょうか。
ただし、この店が何年も続いていたら、のお話。



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こちらは『十年経つと』で記事にしようかと思っていたお店、ここにもだるまの支店が出来ていたのです。
ナム・キー・コイ・ギア店からも2人のメンバーが移動で勤務、「この店で働くことになりましたから、ぜひ一度来てください」と言われていたのに。
二ヶ月も経たないうちに経営母体が破産してしまうなんて、誰が思ったでしょうか。



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いろんな支店が違った経営者で新装開店しているのに、ナム・キー・コイ・ギア店ではまだそのまま。
ここは市内でも一等地とされていて、きっと家賃が相当高いからでしょうか。
ナム・キー・コイ・ギア通りと言えば、今は狭い道路に引っ越したダイソー1号店もありましたっけ。



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たった1軒、美味しい焼き餃子の食べられた店もお終い。
HPからアクセスして問い合わせたら『20万ドン(¥1000)以上なら、3区だと無料で配達します』と返事をもらってから、毎週1回は配達してもらっていたのに。
いえ、私ではなく、チビの大好物になったからです。

これの原因は…日本で食べる焼き餃子とはいささか違うのに、日本人街に店を出してしまった事ではないでしょうか。
もっともいまだにネットで調べたら、『餃子の帝王 ホーチミン 閉店』のトピックはあってもどこにも記事には閉店とは出ていませんけどね。
電話は繋がらないし、行ってみたら跡形もありませんでした。



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ナム・キー・コイ・ギア通りで一番残念だったのはこの店、チビが餃子ファンになったのもこの店からでした。
私が羽根つき餃子を食べたのも恥ずかしながらここが初めて、妙なものがあるんだなと思って食べたら…美味しかったのが病みつき。

ここは新聞にも『日本名物屋台村誕生』として紹介され、一時は順番待ちの行列まで出来たのです。
サイゴンっ子は新しい物好き、私たちが言ったのはこの騒ぎがひと段落した3ヶ月後。
二階席は『赤坂』『六本木』などの名前の付いた小宴会場もあって、日本人グループにも人気でした。



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私たちが行き出してから約半年後でしょうか、寿司のカウンターがあった二階席が使えなくなっておかしいなと思っていたら案の定閉店。
話によると何人かの日本人が寄り集まって始めたこの屋台村、グループ内での争いごとがあっての解散となったと聞きました。
単一資本で良きパートナーを見つける事、これが海外出店する時の基本でしょうか。
長い間放置されていたこの跡地に、現在では高層ビルが建ちつつあります。



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だるまさんの話題に戻って、この店にはこんなにたくさんのチェーン店がありました。
オーナーは日本の大学に4年間留学した男性、初めてお会いした時はベトナム南端の省に進出すると意気込んでおられたのに。
今はどうされているんでしょうか、でもベトナムは容易に再起のできる国ですからね。

嫌気さしたか

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タイムスタンプは6月初めの午後8時、場所は路地向かいのカフェチョン。
今度はどんな嫌がらせでしょうか、下っ端役人は指示された通りに動かないといけないのは十分承知しておりますけどね。
すでに舗道にあった木製テーブルと椅子が、軽四輪に積み込まれています。



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担当官がいませんね、肩章のある制服を着ている人が取り締まりをして罰金額も決めるはず。
この時間は店に『笑わん姫』がひとりだけ、あと1時間ぐらいで閉店しますから。



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矢印がバイクでやって来たオーナーの女性、かなり長時間口論していました。
罰金といっても大した額ではありません、初犯なら20万ドン(¥1000)で三重犯以上は50万ドン(¥2500)だったかな。
このオーナーに代替わりしてから私が見た『指導』はこれが5回目、他のカフェでも舗道にテーブルや椅子を置いている所も多いのに。
店員さんの『笑わん姫』だと、きっと対応はできないのでしょう。



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これがいつもミニスカート姿の『笑わん姫』、客が来ても去る時も笑顔なしだから付いたニックネーム。
でも偉いんですよ、朝5時半に氷屋さんが来て、6時にはこうして店の前を掃除するのです。
日中は他に手伝いとオーナーさんが来ています、店はテト(旧正月)の3日間だけがお休みだっただけ。
掃除の6時から夜の9時まで働くと、笑顔もなくなりますよね。

公安(警察)の『指導』があって数日後から、閉店が1〜2時間ほど早くなりました。
『笑わん姫』は自分の電動バイクに荷物を積んで走るのも、この頃からよく見かけるようになったんです。
6月いっぱいでカフェチョンは…終わり、きっとオーナーさんも長〜い口論で何かがキレてしまったのですかね。
よく勤務時間中に公安のメンバーも何人かこのカフェで休憩していたのは見かけたのに、もしかしたらその都度料金を取っていたのではないかと、これは義弟との推測話。

前のオーナーとは顔を合わせれば話もしたのに、二代目のオーナーさんとも『笑わん姫』とも言葉を交わしたこともありません。
私だけでなく、義弟に対しても全く同じだそうで、お客様だけが神様なのでしょうか。
その『神様』に公安のメンバーが含まれていたかどうか、定かではありません。
それでも…ちょっと寂しい気がしました。



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7月に入ってからは人の出入りが激しくなって、4日にこうして引っ越しがありました。
この辺りはバイクの交通量も多い割には家賃が安い方、すぐに借り手は見つかるんですよね。
家主が例の『地区坦』さんでもあるからでしょうか。

蛇足になります、この建物の歴史をちょっと。
私が来た年にはまだフェンスだけの更地で、中には数匹の犬が遊んでいたものでした。
その年に平屋が1週間で建てられ、最初に入居したのは活け魚の卸業者が約1年間の営業。
次に入ったのが建築会社、この時に2階建てになって1回が資材置き場で2階が事務所に。
もちろん建て増ししたのもこの会社だったんです、これが約3年ほどでしたか。
次は美容室、この時から2階が住居になったのでした。
1年も経たずに次が初代のカフェチョン、そして二代目とこれは今年まで続いたので計8年ぐらいになりますね。



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荷物を下ろしただけでトラックは引き揚げ、経験がないのでベトナムの引っ越しを見物させてもらいました。
店の中に階段もあるのに、ベランダから荷物を入れるんですね。




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テントも替えるようです、ベトナムの店舗が変わる時はたいてい『居抜き』といって、什器も店名もそのままが多いのに。
今度の名前はライクさんですか、いろいろ先行投資がかさむようですね。



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当然見慣れたカフェチョンの丸看板も交換しないといけません、デザインはほぼ同じですか。
こうした様子を逐一カメラに収めていたのを、きっとご覧になっていたのでしょう。



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翌日こんな目隠しがベランダに出来ました、これって私対策なのでしょうか。
今は5人の家族が2階に住んでいるはず、目隠しするならカーテンかブラインドでいいのにね。
だいいち川沿いのいい風が入らないだろうし、洗濯物の乾きも悪くなるはず。
私は…家の中まで覗いたりする趣味はないのに。

いいですよ、この建物の素性は一番よく知っているのは私。
1本の鉄筋も使わず、レンガとモルタルだけで建てられている事、教えてあげませんよ〜〜。



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この通りは別名『カフェ通り』と呼ばれるほど、8割の家屋がカフェを営んでいます。
上の写真でもこの写真でも、舗道いっぱいにお客さんのバイクが停められていますね。
ホーチミン市の条例では、舗道の1メートルは歩行者用にスペースを確保しないといけません。
だから指導に来たのかなと思ったら…この公安車はそのまま去って行くのでした。
何か匂うぞ、でもこのカフェは長続きしそうな予感が。



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カフェチョンの時代は店アドの電源が一晩中ついていたり、逆に暗くなっても点灯していない事がありました。
今はしっかりしていますなぁ、また一晩中…なんてことはありません。

午後5時前、ビナサンタクシーが渋滞を避けての休憩は以前からと同じです。
ただカフェチョンが閉じてからは、南隣の店で談笑休憩するようになりました。
なんでだろう、この理由が気になって仕方ありません。
やっぱりミニスカートで目の保養、ではないですよね。

カップ麵

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コンビニはほとんど撮影禁止、ですからこれはコープマートというスーパーマーケットから。
スーパーと言えども価格は義弟の店と同じ、何で一般小売店との差別を付けるかと言えば…おまけなのです。
それは別記事に譲るとして、価格をご覧ください。
スープ麺が7700ドン(¥39)で焼きそばが8600ドン(¥43)、内容量は全く変わらないかやや多いほどかな。
それではこちらで手に入る日本製のカップ麺をご紹介、私が仕入れる店は3店に増えました。



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日本人街にあるサイゴンでは一番の老舗、ここに珍しい焼きそばがありました。
わさびがたくさん利いていると苦手なチビには取られないだろうけど、私だって初めてですからまずは味見の積もりで一つだけ買いました。
ひらがなで書いてあれば、もうチビでも何かは分かります。
何せわさびマヨネーズが『じごく』の25.9グラム入りだそうで、こちらでは唐辛子に慣らされているから私にはどうかな。



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それにしてもこれは高価、80500ドン(¥425)もします。
味の方は…レギュラーのUFOの方が美味しいですよね、買ったのは1個で正解でした。



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定番のカップ麺、世界で初めて世に問うた即席めんから始まって今では世界を席巻。
独身の頃にはよくお世話になりました、今ではひと月に一度は食べたくなるのです。



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これも定番のひとつですよね、赤と緑のカップ麺。
日本では家内が食料品を買うのは一番近くだったイズ3ヤで、電動アシスト自転車に乗って10分ぐらいでした。
店の特売でこの二つが時々目玉商品となっていて、よく新聞のチラシに乗っていたのを覚えています。
『お一人様5個限定』が、1個何と60円でした。



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チビの大好物、家内がこちらのミー(中華細麺)で作ってもまったく気に入らないようです。
ちゃんとソースを使ってキャベツもモヤシや豚肉もたっぷり入っているのに、こちらの方が美味しいと主張。
これはハチハチに売っていますから、切らした事はありません。



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そのハチハチのレシート、一番膨らんでいる部分に焼きそばの価格が見えますね。
わさび入りのUFOよりずっと安い55000ドン(¥275)なのです、日本のアマゾンで見たら1個155円でした。
こちらで手に入る日本製食品は輸送費や関税でほぼ2倍以上しますから、このお店は良心的なのか特別なルートをお持ちなのか。
チビは週に一度は「チョーダイネ」と持って行きますから、私としても安上がりで大助かりなのです。



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これは老舗のレシート、とろろ昆布や海苔の佃煮に冷凍物の食品も売っていますがいずれも少々高めなのは致し方なし。
それでも私が来た14年前と比べたらずいぶん安くなりました、他にもミニマートやファミリーマートが進出したおかげでしょうか。
ただコンビニの日本製食品は数品目と限られていますから、ひと月に一度ずつこの2店に来ることになります。

なぜこんなに高いのに食べるのか、みなさんには理解できないでしょうね。
ベトナムには美味しいものがたくさんあるのにって。
いわば私のノスタルジー、ホームシックが形を変えて食欲に表れているのかも知れません。



おまけ。
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コープマートにも日本のチョコレートが並ぶようになりました。
今まではハチハチでしか手に入らなかったから、ちょっとしたお礼に使えたのに。
これからどうしましょう。
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家内の母親が今年に入ってほぼ寝たきり状態、こんな時も娘が5人いれば交代で面倒を見るからきっと安心でしょう。
ただ誰もが家庭を持つ身、家内も当番の日には母親を風呂に入れたりするので夕食の支度が出来ません。
そこで週の水曜・土曜・日曜の3日は出前を取るようになりました、これを内心喜んでいるのが私とチビ。
土曜と日曜は和食の出前、水曜がチビの大好きなピザかKFCとほぼパターンが決まりました。

そのピザは日本でも大手であろう店から取っていたのに、家内の友人が始めたというチェーン店からに変更してもう3ヶ月。
水曜日は私の休肝日と重なるので、日本人としてはやっぱりご飯ものも欲しいと思っていたら、この店ではあるというではありませんか。
家内の顔も立てられるし、ご飯ものも食べられるならありがたいとすぐに同意しました。



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レシートには『ベーコンラザニア』とあります、でもラザニアはパスタを使うものですよね。
ベーコンは間違いないけど下はご飯、何かの間違いではありませんか。
クリームチーズが入っていてそれらしいけど、休肝日にご飯が食べられるからまあいい事にしておきましょう。
味もなかなか、ただ焼けたベーコンがアルミのトレイにくっ付いて、一緒に配達してくれるプラスプーンでは取りにくいのです。



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もうひとつ難点が…、この右にある袋入りソースなんです。
見た目は分かりにくいのでアップにしましょう。



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タイトルはここから取りました、こちら側のどこからでも切れないのです。
横の切り込みもないし、上下のギザギザカットの部分からも切れない。
そこでチビに買ったセラミックの果物ナイフが出番、休肝日はチビと食事するのでいつも持って来てくれるようになりました。
これはチリソースもトマトソースも同じ、チビがピザを食べる時はトマトソースです。
あ、歯で切ろうとしてもダメですからね。



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さすが世界ブランドのKFCです、どこからでも切れるようになっています。
きっと材質が違うのでしょうかね、この場合はチビも果物ナイフは持ってきません。



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たいていチェーン店には作業のマニュアルがあるもの、これはまだ私も一切手を付けていません。
上の写真と比べるまでもなく、明らかにベーコンが少ないじゃないですか。
チビはピザ派、ご飯ものには手を付けないので私の不満は分からない。
クリームチーズだってオニオンだって、明らかに少ない。
まぁ、1回ぐらいは許しましょうかね。



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次の週もこんな状態、ひもじい年少時代を過ごさざるを得なかった人間には辛いなあ。
『食い物の恨みは…』というより、同じお金を払っているんですから、これはいけませんよね。

「KFCかパパズキッチン(煮込みフライドチキンの店)に替えてもらおうか」
チビにそう言ったからでしょうね、チビは家内にご注進したようです。
この店は作りたての熱々が食べられるので、チビはお気に入りだとは分かっていたんですけど。



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さて次の週、普通私はこの『ラザニア』と30センチのピザ半分を食します。
ここで元通りにならないと、いくら家内の友人が経営する店だって、本気で怒りますよ。
わが年代、食べ物の恨みは引きずりますからね。



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ははは、さすがに家内が店ではなく友人に直接電話した効果です。
ただ、ソースの袋はやっぱり切れません。
チビのセラミックナイフが必要な休肝日、でもソースを入れ忘れて配達された日もあったから、それよりずっとマシか…。

十年経つと(2)

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ちょうど10年前になる2008年7月、サイゴン駅構内の写真です。
珍しいからか、子供がおねだりして買ってもらう光景が見られました。
初めて公共施設に設置された飲み物の自動販売機、これから増えるかも知れないけど街中には欲しくないなと思っていました。
露店は衛星的に…とおっしゃるなら、缶飲料をそのまま口に付けて飲むのもあまり衛生的とは言えません。

そういった不毛な論争をするまでもなく、この種の自動販売機はサイゴンからほとんど姿を消しました。
高級ホテルには、各階のフロアスペースに残っていると聞きます。
ただし、使う側にはいくつかの条件があるのは後述しますけどね。



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1年後、日系食品店に置かれていた自動販売機。
駐車場の片隅に置かれていたけれど、電源は入っていません。
はい、もう使われていないのでした。



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もうこの頃には『National』ブランドは国内でも使われていないはず、海外ではもっと早くから『Panasonic』ブランドです。
きっと日本からの中古品をベトナム用に改装・改造して置かれたものでしょう、日本語の注意シールが残っていますね。
左のシールにバツ印があって、お札の入れる方向まで指定されています。
日本だと裏表でも前後逆でも受け付けてくれる機械がほとんど、こちらでは一定方向で入れなければ受け付けてくれませんでした。
硬貨ならどちらでも大丈夫でも…。



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これは街で見かけた光景、硬貨の発行は私が来た2004年の事です。
5000ドン(¥25)硬貨は発行当時にとても人気、ベトナム人(だけではないでしょうが)の愛する金色だったから。
それが4年も経つと、こうしてコンクリートで磨かないと2000ドン硬貨と間違えるほど色変わりしてしまうのでした。
コンクリートで磨いても、色は元に戻りませんけどね。

もともと町の小売店では嫌われていて、政府は「受け取り拒否をすると罰せられる」とテレビでコマーシャルを流すほど。
チビもブタの貯金箱にこの5000ドン硬貨を貯めていたもの、まさか政府が発行した硬貨がこの年に使用禁止となるとは誰も思いませんでした。
自動販売機が使えなくなった理由は、これだけではありません。



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紙幣から材質がポリマーに変わったのも私が来てから、それまでは空港使用税をベトナムドンで払おうとしたら受け取り拒否に遭った事もあるほどでした。
もちろん印刷された某国でもポリマー紙幣が通用しています、これからはきれいなお札が使えるかなと喜んでいたら…この始末。
『熱源に近づけてはいけません』『折り曲げてはいけません』などの注意書きはどこの銀行にもまだ貼ってあります。
おい銀行さんよ、ならばこんな判別しづらい紙幣は市中に流すなよ。

と言う事で自動販売機はサイゴンで見かけなくなりました、これは喜ぶべきか悲しむべきか。
紙幣は国家の顔、偽札の多寡も国家の信用にかかわる事は言うまでもありません。
だからですよね、米ドルと金地金に対するベトナム人の信仰が厚いのは。
米ドルだって、いや、米ドルが世界に流通している偽札では一番多いはずですけどね。



おまけ。
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関数計算機は日本メーカーの物が一番使いやすくて価格も安い、これは誰もが認めるところ。
日本から持って来たものが液晶の表示が欠けるようになって、某デパートで買いました。
買ってから2ヶ月で2つ目のボタンが…取れた。
次はドイツ製にするしかないな。

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