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プノンペンに戻って、初めての食事がこのレストランでした。 特にこれといったものは、なし。 うれしかったのは、いつものアンコールビールに、プラスがあったからです。 いえ、瓶ビールだからというわけではありません。 黒ビールの『アンコール・エクストラスタウト』があったからです。 アルコール濃度8%、価格は2倍でも絶対飲む価値があるビールです。 私はちょっと黒ビールの勝った方が好み、黒3に対してラガーが2の配分。 したがってどちらもきれいに飲み干すには5本、昼食時にしてはちょっと過ぎましたかね。 もうプノンペンに着いたんですから、いいことにしましょう。 よほどの酒好きに見られたのでしょう、ウエイターさんが「ジャパニーズ・サケもありますよ」と案内してくれました。 寝酒に義弟と飲むのに、日本酒もいいかなと思いました。 それ、日本のお酒じゃないんですよ。 『中国・貴州』と書かれてありました、ちょっとした誤解でしょうが、日本人の立場からはちゃんと訂正しておかなければいけません。 やっぱり昼ビールはこれからの観光にも堪えるだろうと、腹ごなしに出てみました。 トンレサップ川の増水は、ここまで来ていました。 私の食べられなかった虫料理、画像を入れ替えておきました。
気の弱い方、虫嫌いな方は絶対ご覧になりませんように。 この下にTBしておきますけど…クレームは一切受け付けませんから覚悟の上で。 |
隣のCAMBY
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プノンペンでは1泊しかしませんから、この朝は貴重です。 ホテルはトンレサップ河畔、散歩はやっぱりリバーサイドでしょう。 市民も観光客も、早朝から歩く姿が見られます。 時刻は5時半、まだ建物や車には明かりの必要な中でした。 漁民でしょうか。 小型のコンテナ船も見えます。 期待した朝日の姿は、残念ながら見られませんでした。 遠くに見える塔は、ナショナルミュージアムのシルエットです。 20分ほど歩くと、こんなに明るくなってきました。 遠くに見えるのは客船でしょうか、待ってみましょう。 ちょうど太極拳の愛好グループが、練習を始めました。 失礼ながらちょっとマネをしてみましたが、足が横には上がらない。 昔から関節が硬いといわれ続けてきましたから、仕方ありません。 客船が、近づいてきました。 ずっと昔、サイゴン川に係留されて営業していた『フローティングホテル』によく似ている気がします。 1泊しただけで音を上げ、翌日から向かいのマジェスティックホテルに替わったことを思い出しました。 |
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ネタは、リヤゲートの開いたまま走るワゴン車を撮った一枚の写真からです。 たいてい最後尾は荷物を載せるので、シートは折りたたんだ状態がほとんどです。 サイズにばらつきのあるのはご容赦ください。 一番後ろの女性は、このバイクの持ち主ではないでしょうか。 5・4・3列目の拡大写真。 1・2列目のシート、あれ?その間にも人の姿が見えます。 さて、合計何人乗っているでしょう。 これはクイズではありません、正解は乗っている人にしかわからないでしょうから。 こんな乗り方も、あります。 子供の頃に、電車でこんな座り方をして景色を楽しんだことを思い出しました。 大人は自己責任でいいでしょう。 子供はそういうわけにはいかないんです。 |
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プノンペンのロイヤルパレスの花、もちろんたくさんの種類が競うように咲いています。 今回はつぼみを中心にしてみました。 これは、私が勝手に『八重の蓮』と名づけている種類、ベトナムではあまり見かけません。 きっと白い色の花が咲くと思います。 もちろん睡蓮だって追いかけてみました。 まだまだ開花には時間はかかるでしょう、硬そうな状態でした。 先割れから、少しだけ花びらが見えます。 紫の睡蓮、これは明日か明後日には開花しそうです。 ちょっと失礼して、中を拝見。 苦手な蜂は、いませんでした。 プルメリアだって、つぼみがいっぱいです。 やっぱりストゥーパの近くに植えられていました。 ゴールデントランペットも、つぼみを従えています。 南国の花は、どれも鮮やか色でした。 プノンペンの中心部にあるセントラルマーケット、花屋さんばかりが集まっているエリアです。 ここで見かけた『八重の蓮』、きれいにアレンジメントされて完成間近のようでした。 何か意味でもあるのでしょうか。 きっと仏事に使われるのだと思います。 |
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プノンペンに戻ってからの旅程は、あまりお伝えすることがありません。 ほとんど去年記事にしたところばかりの観光だったから、私はもっぱら『自由行動』のチャンスをうかがってばかりいました。 今回は少し視点を変えて、王宮内を歩いてみることにします。 [注:stupa=〔仏教〕 ストゥーパ、 (仏)舎利塔 《神聖な遺物を納めた円形の供養塔》 (比較 日本の墓に立てる卒塔婆(そとば)はその音写で、 その頂部がこの塔の形に擬してある)マイクロソフト・ブックシェルフ・ベーシックより] ここではユーモラスで力持ちの鳥神、ガルーダをご紹介しましょう。 ここは国王が催しごとをされるホール。 角の柱にはガルーダが支えているのに、それ以外は菩薩様です。 ロイヤルオフィスは…。 すべての柱をガルーダが支えています。 建物の使用目的によって、守護神の使われ方が違っています。 ロイヤルレセプションなどに使われる舞踏場です。 ここも角の柱だけに、ガルーダがいました。 エメラルド仏陀のおられるするバーパゴダ。 ここにも角の柱だけに、ガルーダがいました。 wikipediaに面白い記述がありましたので、コピペしておきました。 長くなりますので、興味のない方はスルーしてください。 ある日、カドゥルーは乳海攪拌から生まれ太陽を牽引する馬ウッチャイヒシュラヴァスの色について、ヴィナターに話しかけ口論となり、負けた方が奴隷になるという条件で賭けることにした。ヴィナターは全身が全て白いと主張したのに対し、カドゥルーは体は白だが尻尾だけは黒いと主張した。実際にはヴィナターのいうとおりであった。しかし、カドゥルーは確認は翌日にするということにし、息子のナーガたちにウッチャイヒシュラヴァスの尻尾に取り付くように命じ、黒く見えるようにした。中には命令を聞かなかった息子もいたため、カドゥルーは彼らに呪いをかけた。翌日、2人は海を越えて確認に行くと、ウッチャイヒシュラヴァスの尾の色は黒かったため、ヴィナターは負けて奴隷になってしまった。 やがて時期がたち、ガルダが卵から生まれた。ガルダは産まれるとすぐに成長し、炎の様に光り輝いて神々を震え上がらせた。神々はガルダを賛美してガルダの放つ光と熱を収めさせた。海を越えて母の元に行くと、ガルダも母と共にカドゥルーたちに支配されることになった。カドゥルーはガルダにも様々な難題を振りかけ、やがてガルダは嫌気がさし、母に対してなぜこの様になったのかを尋ねた。母にいかさまによって奴隷となったことを聴くと、ナーガたちに対して母を解放するよう頼んだ。ナーガたちは、天界にある乳海攪拌から生まれた不死の聖水アムリタを力ずくで奪ってくれば解放すると約束した。 ガルダは地上で腹ごしらえをすました後、天上に向かった。天上ではガルダの襲撃を予兆して今までになかったようなさまざまな異常現象が起きた。ガルダは天上に乗り込むと、守備を固めて待ち受けていた神々を次々に払いのけた。戦神である風神ヴァーユが軍勢を整えるものの、多くの神々が打ち倒された。アムリタの周りにも回転する円盤チャクラムや目を見ると灰になる2匹の大蛇などさまざまな罠を仕掛けていたが、ガルダはそれをすり抜けてアムリタを奪い飛び去った。 ガルダが飛んでいるとヴィシュヌと出会った。ヴィシュヌはガルダの勇気と力に感動したため、ガルダの願いを叶えることとした。それはアムリタを用いない不死であり、ガルダはそれを受けてヴィシュヌのヴァーハナとなることを誓った。そこへ神々の王インドラが最強の武器ヴァジュラを使って襲いかかってきた。しかしそれでもガルダには敵わなかった。元々ガルダは小人の種族ヴァーラキリヤのインドラより100倍強くなるようにという願いを込められて産まれてきたからである。インドラはヴァジュラが全く利かないのを見ると、ガルダに永遠の友情の誓いを申し込んだ。その代わりにガルダには不死の体が与えられ、彼はナーガたち蛇族を食料とするという約束を交わした。 そして、一旦約束を守るためにガルダはアムリタをナーガたちの元へ持ち帰った。ヴィナータが解放されると、アムリタをクシャの葉の上におき、沐浴してから飲まねばならないと告げた。それを聞いてナーガたちが沐浴をしている隙に、インドラがアムリタを取り返してしまった。ナーガたちはだまされたことに気づいたが、もはやどうしようもなかった。ナーガたちはどうにかしてアムリタをなめようと、アムリタが置かれていたクシャの葉をなめ回したため、舌が切れ二股となってしまった(『マハーバーラタ』第1巻14〜30章)。 後世の説話集『カター・サリット・サーガラ』および『ヴェーターラ・パンチャヴィンシャティカー』のジームータヴァーハナの物語にガルダとナーガ族の対立の後日談があり、そこでは両者の和解が語られている。』 わが家から約1km南にある『チャンタランシ・クメール寺』のガルーダです。 屋根を支えるのではなく、柱を支えています。 いつもくちばしを撫でてあげます。 |




