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自分の寝酒用に冷やしてある缶ビールを融通してくれたり、日差しの強い中での観光が終わると冷たい紙おしぼりを「アリガトウ!」といいながら渡してくれるし、とっても優しくていいドライバーなんです。 中央上にある交通標識は、追い越し禁止なのに完全無視でした。 黄色の中央線だって、お構いなし。 同じカンボジア籍の国際バスも、抜き去ります。 背の高いファイブスターの観光バスも。 去年私がお世話になった『プノンペン・ソリヤバス』も、そりゃ〜っと一気に。 たまに速度を落として急に団子状態になったら、これでした。 トンレサップ川に架かるこの橋を渡るとプノンペン市内に入ります。 |
隣のCAMBY
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プノンペンへの帰り道で、またこの標識を撮りました。 国道6号線です。 低地帯に入ると、まずトンレサップ川のある側に牛の姿が目立ち始めたのです。 この辺りでは、両側に。 決して牛の即売が行われているのではありません。 牛の居場所は高床式住居の下。 浸水してしまうと、盛り土した国道の土手にしか居場所がなくなってしまうのです。 洪水が拡大しているさなかだったそうです。 もちろん現地調達したコメの5kg入り袋と一緒。 やっぱり古くから活動している組織は、ツボを心得ているし動きが早い。 税金より善意が活かされる構造は、海を渡っても同じでした。 追加。
こんなバイクが、いっぱい走っていました。 出かける前に、みなさんの疑問に…。 |
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プノンペンに戻るこの日二度目になるトイレ休憩は、ここでした。 中国製のサンダルがびっくりするほどの価格で山積みにされていて、トイレよりも混雑している気配です。 私がむしょうに欲しくなったのはゆで卵、黄身の色がこんなに濃いんです。 きっとおいしいだろうなと思ったのは、朝ごはんが早かったからかもしれません。 もちろん塩の小袋も付いています。 珍しく、ビールではなくコーヒーを飲みました。 これとセットにしたら、日本風『モーニング』になると思ったから。 もちろん同行のファミリーにも配ります。 カットしたパイナップル。 「とっても甘いよ」 そう言われて、断りました。 家内の末妹が勧めてくれたフルーツです。 「これ、甘くないし、硬いし…」 飛びつきました、まず小さく切ったもの。 まるで穴の開いていない生のレンコン、あるいは、ニンジン。 一方の義弟は、とうとう買ってしまいました。 私の『食べられないもの』を。 絶対食べないで逃げるだろうと思っていた根性なしの甥っ子までが、「ゴン(おいしい)!」と言い出す始末。 『オンナの中に、オトコがひとり』と言われてもいい、コーヒーとゆで卵のほうがずっといい。 私の食べられるのは、コオロギやサソリまで。 ご興味のある美食家さんは、1週間後をお楽しみに。 |
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3泊したホテルを出発したのは6時、ホテルのビュッフェを30分前倒しして開店してもらって朝食をとったあとでした。 おかげで並べられていた料理はいつもより30%ぐらい少なくて、カットするだけでいいはずのフルーツ類はまったくありませんでした。 これが特に女性軍には不満の種、ナイフを借りて果物を切り出してしまうたくましさを見ることができました。 シェムリアップからプノンペンに戻る途中、唯一の観光で停車したのがコンポン・クダイ(Kompong Kdey)という町です。 国道6号線を走り始めて約1時間半、この道が旧道。 当然これらをつなぐのは道路網、宮城から放射状に延びた道路の総延長は300キロとも400キロとも言われています。 この道も当時の幹線道路でした。 チカレン(Chhikreng)川に架かるこの石橋がスピアン・プラ・トス(Spean Preah Toeus)橋で、全長87メートル、橋脚数は20。 バイヨン寺院と同じ材質の砂岩とラテライトで組まれ、東南アジアでは最大級のものです。 この橋も同じ、石を少しずつずらして積み上げる『せり出し工法』で作られています。 手摺りは蛇神の『ナーガ』、いかに重要な橋であったかが九つ頭の『ナーガ』であることからわかります。 洪水の中でもこのチカレン川だけ水位が低いのは、本流のトンレサップ川に合流する水門が閉ざされているからだそうです。 私が詳しく書けたのは、珍しくクメール語と英文の両方で書かれたこの案内板のおかげでした。 ネタばらしです。 カタカナにした発音が正しいのかどうか不安があります、ネタ元から英語のスペルを転載しておきました。 プラトス橋の少し上流には、こんな製材所がありました。 木を削るいい香りに惹かれました。 集合時間には、まだ余裕があります。 やっぱりこんなのどかな光景に出会えました。 追い返されるのも、覚悟の上です。 まずは、馬たちにご挨拶。 会話内容はあくまでも私が感じたことですから、本当にそうだったのかは責任が持てません。 いっせいに首を縦に振ってくれたから、「いいよ!」だと思います。 ここで帽子を取って、伝家の宝刀を使います。 「ありがとう!」 「ジャパン!」「ジャパン!」 やっぱり効果は抜群でした。 これは荷物を担いで馬車に降ろす動作で、理解してもらえたようです。 何しろ多勢に無勢です、答えてくれる人の多さとそれぞれの動作を判断するには無理がありました。 これは引き際が難しくなってきたと考え込んでいたら、救いの神が現れます。 「ユンボン(私のこと)〜!」 きっと私が馬に近づいてなにやらしているのに興味を持った甥っ子でした。 馬車チームも突然現れたベトナムの子供に、「馬に乗るか?」と誘いを掛けてくれます。 馬が怖ければ荷車に。 抱き上げかけたおじさんも苦笑、手綱を握らせてもらった甥っ子も固い笑顔です。 |
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カンボジアでも路線バス網はまだまだ不備です。 バイクの数はまだまだベトナムには及びません、というより、ベトナムが異常なバイク文化に突入してしまったという指摘があります。 これは受け容れざるを得ません。 もうひとつ、特殊な乗り物があります。 最初は荷物専用の荷台と思いました。 タイヤも太いし。 人間様の、近距離移動用なのです。 バイクトレーラーと呼ばれます。 料金は格安、交渉制だと聞きましたが路線がほぼ決まっているそうですから、同じ場所で利用するならこれもほとんど変わらないとか。 時刻は13:12、これから昼からの仕事で降りるところか、終わって乗るところかどちらでしょうね。 少なくとも20人以上。 |




