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去年の3月に通った国道6号線、時間的に計算すればコンポントム州だと思います。 シェムリアップから、ほとんど同じ時間が経過した光景を撮っておきました。 子供が遊んでいるのは、橋の部分だと思います。 遠くに、家畜の姿も見えます。 食料の草は、見当たりませんでした。 車内放送をしたあと、ガイドの『岡本課長』がわざわざ後部座席までやって来て、こう言いました。 「…わかりました」 本来ならバスが10台以上は確実に止められる駐車場がありました。 今は数台だけ、入れなかったバスが路肩に寄せて止まります。 駐車場は半分冠水、『自然の中』では無理な女性がトイレに向かいます。 通路は一本橋の観。 がんばってくれているドライブインで買い物をしなければ。 買い物を終えて男子トイレを見に行ったのは、悲しい好奇心から。 食事中だったら、ごめんなさい。 20cmほどの浸水でした。 渡してある板の支えは、レストランで使われた椅子でした。 総計26脚、数を数えてしまうのも、悲しい習性。 レストランは当然閉鎖、それでも売り場の女性には笑顔がありました。 |
隣のCAMBY
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ここがタプロム寺院の本殿部分、縦横に無数あったとされる回廊は通れる部分のほうが少なくなっています。 崩壊した石があって、壁に残された彫刻が見えません。 その原因は、ガジュマルの生命力でした。 ここからは、言葉は不要でしょう。 まさに圧倒されます。 このまま放置するのか、遺跡のためにガジュマルを切り倒してしまうか。 毎回結論が出ないで、いつの間にか収束してしまうとか。 観光順路から離れた場所です。 東大寺の大仏殿を思い出して、ガジュマルの大樹に手を合わせてから『穴くぐり』をしました。 誰もいないと思ったのに、このお二人にしっかり証拠写真を撮られてしまいました。 おあいこ。 |
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カンボジアで買ったお菓子です。 甥っ子が同行していたので買えたものもあるし、興味本位で買ってしまったものも。 『おにぎり煎餅』を少しソフトにした感じ、価格はベトナムドンで表示してありました。 35000ドンは130円ぐらいでしょうか。 もちろんビールのお供にもなります。 日本語にも誤りのなかった優れもの。 甥っ子が欲しがった『しヤービスケット』は簡体字でお分かりのとおり中国出身、広東省の製造とありました。 『ココナッツサブレ』を小型にした食感、4枚ずつ小袋に入っています。 この小袋を空けると、前の席からでもイチゴの香りが漂ってきます。 写真ではジャムがサンドイッチされた2枚重ねに見えますが、実際はそうではありません。 『わさび豆』は、ホテルの自室に戻ってから義弟と飲むナイトキャップビアのために買いました。 PEASはえんどう豆のこと、いつも唐辛子でいじめられる義弟に逆襲するのにはちょうどいいと。 右下のわさびを持った農民姿にどうも日本の雰囲気がしません、拡大してみましょうね。 これはなんとベトナム製でした。 味は、製造国所属である義弟の言葉を借ります。 「(時々おすそ分けする)お土産の日本製は辛い、これがちょうど!」 やっぱりエコヒイキにしか聞こえませんでした。 |
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タプロム寺院の、第一回廊にあたります。 ここは正門北の脇門になります、今は『(修復)工事中区域に付き、立ち入り禁止』とありました。 表示板に三つあるマークの左はアンコール遺跡を管理する『アプサラ(委員会)』、右はユネスコの『世界遺産』のマーク、真ん中は分かりませんでした。 もちろん中には入らずに、門のレリーフ模様だけを撮らせてくださいとお願いしてみました。 もちろんジェスチャー交じりの英語で。 「(その位置からだと)ノー プロブレム」 写真を撮らせていただいてから「ありがとう」と一礼すると、反応がありました。 「日本からか?」 「イエス、ストーンビルトに興味があるんです」 「オーケー、カモン!」 回廊の中では鉄パイプを支柱に、チェーンブロックを使っての修復工事が行われていました。 遺跡に傷が付かないよう、接触部には分厚く布が巻かれています。 「マテリアルは?」 「もちろんカンボジアの砂岩を使う。同じ産地から運んでいる」 同じ産地からといっても、修復された部分はすぐに分かります。 長い年月で変化した色までは、今は無理。 年月が経過すると、目立たなくなるそうです。 「何年かは分からないけどね、10年か100年か」 「それにしても、樹の生命力は驚異的ですね」 「そうだね、樹にはかなわない。樹で崩されたところは修復できない」 「今修復しているのは?」 「自然崩壊と、銃弾で崩れたところだけ。あとは、補強」 1991年まで、内戦があった国です。 修復が終わったところや進行中の場所に案内していただきました。 「どんな飾りが刻まれていたのかを検証中だから、その作業が終われば可能性はあるだろうね」 「それまでは?」 「このまま」 彫刻の残っているところには、ステンレスのボルトで補強するだけ。 補修には場所ごとに合わせた手作業が必要ですから、実に時間がかかります。 このワーキングエリアで作業していたのは、数えただけで16人。 作業が始まって3年目だそうです。 「いちばん若い人は何歳ですか?」 「赤いシャツを着た彼が18歳で、いちばん若い」 「いいマスターになれそうですか?」 「………」 おい、赤シャツ君、がんばれよ!とってもいい笑顔なんだから。 もっと聞いておけばよかったこと、たくさんあります。 数百年の昔に大きな石をどうやって高く積めたのか、彫刻に失敗したらどんな対応がなされたのか、案内していただいた方はカンボジア人だと思うけれど、確認しなかったことなどなど。 でも、立ち入り禁止の中を見学できたことだけでも、感謝しなければ。 時間をヘンな日本人のために割いてくださって、もう一度ありがとう。 |
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初日は軽くジャブで流したナイトマーケット、2日目はアスパラダンスを鑑賞したあとは出かけることもないだろうと思っていたら大間違い。 9時少し前でしたからさすがに女性軍はホテルで明日の英気を養うとのこと。 「ちょっとって、どこへ?」 「もちろんナイトマーケットだよ。たくさん歩いたから、『マッサー(ジ)』に行こう!」 ベトナム語は語尾を発音しない単語が多いんですけど、英語ならちゃんと最後まで発音しなさい。 ここの看板は語尾ではなく、最初の発音がありませんでした。 ボディマッサージ、フートマッサージいずれも1ドル、規定時間は20分だそうです。 コーラ飲み放題かフィッシュマッサージが2ドル、時間無制限なんでしょうか。 おばさんたちにマッサージしてもらうより、魚のほうが高いのが腑に落ちませんでした。 案内されたフートマッサージの席は、ここ。 お茶のサービスが準備されていました。 もちろん私ではなく、義弟です。 私はもっぱら見学、『お腹を空かせた魚たち』は日本で見かけた魚たちよりちょっと大きめのような気がします。 『ある場所』で待っているからねと義弟に告げて、店をあとにしました。 ご存知の方も多いと思います、私の左足は水虫だからです。 魚たちをビョーキにさせてはいけないし、魚を通じて蔓延させるのは罪。 「写真を撮ってもらえませんか?」 はい、声がかかればサービス精神は誰にも負けません、お撮りさせていただきました。 モニタ画面で確認中のところを、私の記念にも1枚いただきました。 「イエス!服を脱いで入りたいぐらい」 両側のお嬢さんたちからではありません、男性からのお答えでした、念のため。 私は、こちらで。 飲むだけが目的ではなかったんです。 うしろにおばあさんの機織り実演があったから。 3杯目を飲んでいるとき、義弟が現れました。 「さあ、帰ろう!」 私、何をしに来たんでしょうね。 ジャブの翌日は、大きな空振りで終わりました。 |




