隣のCAMBY

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タプロム参道

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四面菩薩があっても、アンコール・トムではありません。
タプロム寺院の参道入り口のシンボルです。



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崩れかけた周壁にも、ところどころにテーヴァダー像が刻まれています。



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周壁は東西1000メートル、南北600メートルとあります。
ジャヤヴァルマン7世が母親の菩提を弔うために造営した仏教寺院とされています。
アンコール王朝で唯一の仏教信者だったジャヤヴァルマン7世、それでも彫刻にはヒンドゥーの香りが強く漂います。



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この寺院がなぜ有名になったかは、このガジュマルの樹でご想像できるでしょう。




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周辺では石積みの修復作業が行われていました。
石工さんたちが着ている薄いブルーの作業衣には、背中に『GOVERNMENT OF INDIA』とあります。
タージマハルなどの美しい石造建築を作り上げた技術が、遠くカンボジアにも生かされているのはとてもうれしいことです。



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崩落防止の罪人縛りをされた東門四面菩薩の前が駐車場、ここからは自由行動になりました。
集合時刻まで1時間、単独行ならその3倍はじゅうぶん楽しめるんですけど。
二度目ですから、ポイントを定めます。



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当然ながら、参道では速歩モードになります。
まとわりつく甥っ子は義弟に任して、ここは趣味の世界に没頭させていただきました。



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地雷被害者への寄付を募るクメール民族音楽隊が、今年もいました。
クメール後・英語・繁体(中国)文字・ハングル文字の下に、ベトナム語。
なぜか日本語は手書きになっています。
日本人が書いたものと思われます。

私がポケットから財布を出したとたんに、『アリラン』の演奏が始まりました。
間違われたのかなと思ったら、違いました。
私が立ち止まっているうちに来たのが、韓国からのツアー一行さまたちです。
変幻自在の音楽演奏。
音楽に合わせて踊りながら寄付をする人たちの後に、わがツアーが到着すると一転して『ホーチミンの歌』に変わります。
変幻自在の音楽演奏。
日本人のツアーが来たらどんな音楽を演奏するのだろうと思いながら、寄付をしました。



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グループは小さいのに、存在感のある人たちでした。
ガイドさんも声が大きいし、こんなに近くに集まっているのにお互いの話す声がこんなに大きいのはなぜなんでしょう。



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ごめんなさい、女性のお尻を大写しにしたのではありません。
そこここにこんな注意の標識があるんです。
『禁煙・ごみ捨て禁止・食事禁止』、その横に『大声で話すのは慎みましょう』の意味なんですけどね。

ああ、ここも観光客が多い。
私もその一人なんですけど。

満載

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やっぱりカンボジアに来たら、バイクの荷物よりワンボックスの『はみ出し荷物』でしょう。
前回は往復とも一番前の座席に陣取っていたので、すぐにシャッターチャンスに準備できたものです。
今回は『前は見たくない』思いが強かったので、ゆっくり追い越す場面しか撮れませんでした。

まずは、これ。
縛ったロープが伸びたり緩んだりしてきたら、もうすぐ後輪が着地しそう。



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メルセデスでも、やっぱり最後尾にはバイク。



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確か禁止になったと聞いたはずの、屋根の乗客。
荷物番ならいいとか、よく分かりませんでした。



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確か荷台に積むはずの建設用機械も、作業員でいっぱいですからね。
牽引している前の車両は高所荷揚げ用の巻き上げ機、後ろはコンクリートを練る機械。
ベトナムでも当たり前に見るけれど、2台連結して引っ張っているのは初めてでした。



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バイクの荷物は、やっぱりベトナムのほうが迫力勝ち。



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長尺荷物だって、ベトナムのほうが一日の長がありそうです。
比較されたい方は、この下にTBしてある記事をご覧ください。
違っているのは、荷物の上に人が乗っていること。

それも、二人。



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タクシー代わりの『トゥクトゥク』、英語では『バイク・トレーラー』と言うそうです。
ちょっと大仰ですね。
本来は旅客専用とされています、でもこのトゥクトゥクは荷物の上にお客様が座っていたのが印象的でした。

まさに貨客両用車。



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バイクトレーラーは、もちろん貨物専用車としても活躍しています。
後ろに乗っているのは、洪水で学校がお休みだった子供さんでしょうか。



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今回は、こんな迫力のある写真は撮れずじまいでした。

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終わりの第一回廊

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これが第一回廊の東北側です。
ここには『ヴィシュヌ神と阿修羅の戦い』というレリーフがあります。



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警備員さんの立つところから回廊の突き当る角まで一面に施されているのに、まったく人気がありません。
『実業之日本社 アンコールワット』によると、こうありました。



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『建立当時にはどういうわけか下絵の状態で放置されていて、王朝が崩壊してからおよそ100年後、16世紀になり久しぶりに付近に王都を構えた国王が、当時早くも密林に埋もれていたという旧王都を発見して驚き、中国人の職人の手で完成させたといわれている』



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『その完成度はほかの壁画より明らかに見劣りする』

私にはどこが違うのか分かからなかったのでガイドの『岡本課長』に聞くと、「(ヴィシュヌ神などの)着衣の模様が実に稚拙です」だそうです。
言われてみれば、なるほどと納得してしまいます。



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七つ頭のナーガ神が、第一回廊とのお別れです。



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徒歩で外壁を越えます。
苔むした石積みの風情は、日本のお城とは違った趣があります。



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太陽信仰もあるヒンドゥー教寺院は東向きに立てられるのが常、アンコール・ワットは西向きに建立されているのも謎のひとつです。
ここは東塔門、正面の西塔門と比べるといかにも小ぶり。
今は倒壊の危険があるので通ることはできません。

ここにもテーヴァダー像があります。



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塔門の装飾にも祈りの坐像が刻まれています。

これから昼食をとって、アンコール・トムとタプロム寺院に回ります。



おまけ。
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いつもごらんになるのは西側からのアンコール・ワットだと思います。
裏門に当たる東側からの画像をどうぞ。
もっと南に寄れば五つの塔がフレームに入るはず、でも修復中のブルーシートだけが目立つのでここからにしました。

中央祠堂

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いきなりですが、中央祠堂に飛びます。
理由は、明るいところならデジカメいつもの調子に戻るから。

中央祠堂は塔の高さが65メートル、以前は南北の塔に付けられた階段を利用できましたが、今回は北側だけが利用できました。
もともと手摺りのあった階段は南側だけ、北側は『肝試しの階段』と呼ばれていたほど。



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階段はたかだか20メートルほど、ただし急勾配なのが子供やお年寄りには危険かも知れません。
高齢者の部類に入ると言われそうな私は、煙突のはしごでもだいじょうぶですから問題なし。
手摺りも持たずに、きっと誰よりも早く昇れたと思います。
不安な膝も、この程度の段差ならまったく気にしないですみました。

みなさん、昇る時より降りるほうが恐怖心が募るんですよ。
でも、降りなければ帰れませんからね。



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中央祠堂からの風景です。
まずは、北側。

ここで少しアンコール・ワットについて復習しておきましょう。
今回はずっと『実業之日本社刊 アンコール・ワット』からの抜粋でまとめます。

『クメール帝国が王都の中核として築いた石造寺院がアンコール・ワットやアンコール・トム。これらの巨大寺院を中心に何十もの建築物が造られた後、帝国の衰退とともに密林の奥に忘れ去られる。
それが19世紀に発見され、一躍脚光を浴びることになった。
1992年には世界遺産にも登録されている』



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西側。

『日本では平安〜室町時代にあたる9世紀から15世紀にかけて、インドシナ半島の中央部にはアンコール王朝が君臨しており、現在のシェムリアップに巨大な王都を構えていた。
しかし盛者必衰の言葉通り、王朝が滅亡するとやがてこの城都は放置され、数世紀にわたって歴史の闇に忘れ去られていた』



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南側。

『19世紀に入り、樹海に埋もれた巨大な遺跡群の存在がフランス人によって明らかにされ、特にアンコール・ワットについては、ギリシャやローマの遺跡以上と、当時「世紀の大発見」として騒がれた。
こうして時を越えて歴史の舞台に再登場したのだが、その後も、国際情勢の渦に翻弄されて国内の混乱は続き、近年の内戦では戦場にもなっている』



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最後に、東側。

『うっそうとしたジャングルに包まれた神秘的な古代の都は、ようやく今日、旅行者もその威容を目にすることができるようになった。
この巨大遺跡の全容はいまだに明らかではないものの、研究者たちによる地道な調査の結果から、少なくとも当時、世界の他の大都市に比肩しうる巨大な城都が、この地に築かれていたことは確かだ。
東京都23区内の面積に匹敵するエリアからは、主要なものだけでも62の遺跡が発掘されている』



いちばん高い場所から、歴史を見つめてきたテーヴァダー(女神)たちです。
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悠久の時、感じられます。



おまけ。
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使用禁止になっている南側の階段から警備員さんの許可を得て撮らせてもらいました。
どれだけ急な昇り降りか、お分かりいただけるでしょうか。

アプサラダンスの夜

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いきなりですが、前回アプサラダンスに話題になったので、感動を忘れないうちにアップしておきますね。

この夜はシアターレストランでのカンボジア舞踊、アプサラダンス鑑賞ディナーがスケジュールに入っていました。
演目は確か6種、ヒンドゥー抒情詩からもあるし古くから伝わる農民・漁民のダンスもあります。

最初はヒンドゥー抒情詩『ラーマーヤナ』から、『リムケ』といわれるダンスからスタートでした。



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ラーマ王子最愛の妻、シータ姫を救出に向かったハヌマーン猿将軍が、ランカー島(今のスリランカ)で出逢った黄金の人魚姫ソヴァン・マチャに求愛するシーンだそうです。

ストーリーは分からなくとも、十分に楽しめます。



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漁民の踊り。



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若い男女が集団で行うどじょうすくい、そんな雰囲気。
もちろんコミカルさもあり、恋人同士の二人が織りなすちょっとした心のもつれも加わっています。




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これが一般的にいわれるアプサラダンス。
たくさんある邦訳の中で、私は『天女の舞』がいちばん気に入っています。



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動きは、ごくごくゆっくり。
飛んだり跳ねたりのダンス全盛の中で、エキゾチックさと優美さを十分堪能できます。



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指先にまで、つま先にまで女性のたおやかさが表現されていて、この間じゅうは食事ができませんでした。



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農民の、ココナッツダンスです。
互いに持ったココナッツ殻を打ちつけ合います。
一組だけ、少し遅れがちなのが気になって仕方がありませんでした。
もう少しがんばりましょ、プロなんですから。



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野生の孔雀がたくさんいたとされるバイリン地方のコーラ族に伝わる舞踊。
確か孔雀はオスの羽だけが美しかったはずですが、細かいことは考えずにおきました。
それほどアプサラダンスがよかったからです。



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楽隊は二胡・太鼓・竹琴・ゴングに竹笛。
中央のお嬢さんは何を演奏されているのかが分かりませんでした。

食事はバイキング方式、欧・日・中・韓が勢ぞろい。
もちろんクメール料理もベトナム料理もふんだんにありました。
お客様もそれほど多岐に渡っているそうです。

困ったことに、生ビールが高かった。



おまけ。
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『ほかのお客様の迷惑になりますから、舞台正面からの見物や写真撮影はご遠慮ください』
ショーの始まる前に、案内がありました。
だから私は舞台の袖からしか撮れませんでした。

このボウズ、舞台に座りやがって!
すみません、わがまま甥っ子でした。

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