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あちこちのブログを訪ねてみた。写真や絵、それに書、−−そうした世界ーーこれには感謝する。実際楽しませて頂いている。
だが、専門の書だったらーーギモンを持っても、素通りするしかない。所詮、どれだけ忠告しようと「今はわからない」という結論になりそう。なかには「先生に訊いてみます」なんて返事もある。主人持ちの人に言うことはない。分かる時がくれば(本人に探究心があり、努力をしていれば)分かる時が来るかも。無論生涯分からないかも。
本来探究心には主人は本人以外にないはずだが。
私はプロなのだ。ということは、自立した書家ということ。学び続けるのは当然だ。社交辞令はもともと苦手だし、第一忙しい。(いまのところ画像UPもしてないがそれには理由がある。)
思えば先生の教えはーー「不言之教」であった。お世辞なんて一切なし。いつお訪ねしても、黙々と新しい技法や臨書の探究に没頭されていた。80代後半の頃でも先生は呆気にとられるほどの速さで書かれ、しかも書かれたものは凛として力強く、堂々としていた。その後ろ姿に私は鼓舞されつづけてきた。最後まで、筆が変わり、紙が変わりという案配た゜った。先頭を走る人。ときどきこっちを振り向いて「なにをぼやぼやしとる!!」と叱咤される。つねにそう感じつづけてきた。
その代わりに、こちらが何をやってもーーそれが真摯な探究心に発したものである限り、およそ眉を顰められたとか、怒られたという記憶がない。「本当の勉強は、自分でとことんやってみるものだ」というのが信念であったろう。いま思えば父を早くに亡くしたわたしにとって、先生は慈父でもあったのだ。感謝に堪えない。
日本の教育水準は高く、日本人は大抵のことに適応する力があり、これからも世界の国々に伍していけるという偉い方もある。日本民族は優秀だと言い出す人もある。(科学の常識ーー日本人は雑種です、ーー立派な。)
しかし、こと教育とか、文化(抽象ーー普遍化した)、それに政治(がかった)の世界ーーこれはどうもアカンのではないか、そんな気がする。文化とは何なのか、教育とは何のためにあるものなのかという根本から出発してものを考えないとーー間違ってしまうのではないか。そういう発想が国の中枢にほんとにあるのか。
だいたい、新聞やテレビの無責任な意見に煽られたような意見(はたして意見と言える?)が多すぎる。(昔はすぐヒステリックに、と形容されたが、近頃女性も強くなり、禁句になったようだ。)そうしたマスコミの言ってることまで視野の内にとりこんで尚且つ、こうなのではないかと言えてはじめて個人の意見なのでは? そもそも日本はマスコミがダメーー決定的にダメなのだ。なにが?
マスコミの使命ーー役割とはなにかーー先ず、なによりも客観的な情報提供、大衆が忘れがちな過去からの社会の変遷の整理と提供ではないでしょうか。民主社会で大衆の側に立ってないマスコミなんてーー。
60数年前、岩波文庫や朝日新聞など日本の報道界、出版会は「痛い反省」をしたはずだった。言うまでもなく、政府(軍部)の戦争政策に盲従し、国の進むべき道を誤らせ、多くの同胞を戦場に駆り立てることに加担したという「反省」のはずだった。五十年もたてば忘れ去ってしまうものらしい。わたしの知るかぎり日本のマスコミは国民に対し、実に不親切である。 自分たちが媚びて、そのくせ煽り立てておいてーー世論調査の結果は、などと澄まして言っている。かれらは意識するとしないとに拘わらず、世論を「操作」している。その力があると自負している。、誰のためにかーーたぶん官僚であろう。霞が関界隈では、テレビ、新聞の幹部と役人が定期的に一席設けて「懇談会」だそうだ。勿論民間の側の接待。
国民は政治家には厳しいが、(勿論国会議員を指すーーよほどの都市部を除けば、地元の議会議員なんて、賛成の挙手くらいしかしないし、する力もない)彼らをも動かす力をもった官僚の思惑や動向にはかなり鈍感だ。新聞、テレビも官僚には手ぬるい。なぜかーー批判すると記者クラブから締め出されたりする。江戸時代だってそこまでしたか。 民主党が国家公務員の定数と給与削減を実現したことを忘れてはいけない。もっとも筆者は個人的には「民主のおかげで給与も上がらん」と愚息に突き上げられてるがーー。毎日残業で大変らしい。どっかの自治体でのんびり仕事して、ついでにのんびり残業してる様子を見ると(おまけにほとんどはコネ採用)平均給与650万?嘘だろ、と言いたくもなる。息子の言い草も理解できる。政治好きの方は(私は入らない)先ず自分たちの足元に(郷土)目を向けてほしい。それを少しでも改めようと思ったら、小沢がどうの野田がどうのといってるヒマはなくなる。大変なエネルギーを要する。
最近、日曜夜の韓国ドラマ「イ・サン」をけっこう真面目にみている。イ・サンはまことに理想的な君主として描かれていて、一言でいえば、たしかに現代の韓国国民の理想が投影されているように思う。日本の大河ドラマは歴史ものだから?主人公もそれなりの行動を取るのだが、イ・サンは違う、これでもかという騒動・事件に遭ってもーー今度はブチ切れるぞなんて期待?しても大抵は冷静的確なところに立ち返り、判断を下す。
これを、韓国国民の理想の投影と見るなら、あきらかに韓国の方が民主的な国なのだ。すくなくとも、国民が自立している。 われわれ日本人からすると、となりの韓国のデモの様子など理解しがたい光景だが、ではフランスはイタリアはと考えてみれば、その方が当たり前なのだ。われわれ日本国
民、−−こちらが異常なのだ。国際的でないのだ。いまも、これからもこのままでは世界から置いていかれる。
(最初あまりにも説明不足と感じ、二回の増補を加えました。この殺人的?に長い文章をお読み下さり、感謝します。次回はもっと柔らかく書くように心がけます。)
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夢想さま。
○×さんについては、どこまで本当かわからないような話がいろいろあります。また、でてくる可能性もーー。野田さんがやらせてる?なんて説まであってーー。いやそれなら自○だろときりがありませんね。わたしは○×さんは出ていくべきでなかったと。
2012/7/3(火) 午前 7:43 [ Kiyoshiroo ]
夢想さま。
みのもんたもひどいですねーー売れっ子かなにか知らんけどーー調子よすぎです。「あべさん(当時ー総理)良く知ってるからねーーぼくからも言っとくから。−−だつてーー(その頃起きたいじめ自殺事件の両親に)だってーーいいかげんにしなさいよ!!
2012/7/20(金) 午後 7:02 [ Kiyoshiroo ]
日本の教育水準。。。子どもの学力低下も深刻ですよね。
ウチの次男はおもいっきりゆとり教育の実験材料にされたような年代です。ずいぶん教科書内容省かれてました。
ったく本も読まないし・・・汗
電子書籍はぜんぜん受け付けません。やっぱりちゃんとした本を読みたいです。
話が関係なくてすみません。
2012/7/21(土) 午後 0:43
アズマツクスさま。
教育水準の低下は、ひとつには、平均が落ちているのだと思います。つまり下のほうがひどいことになつている、と。
ゆとり教育でなくても、教科書とばして使う教師は多いです。
高校などとてもついて来れない生徒は大勢おります。
問題はその先にもあります。授業の進め方や根本の発想が、古いために、人為てきに落ちこぼれを作っていないか、ということです。
2012/7/22(日) 午前 8:46 [ Kiyoshiroo ]
2012/9/10(月) 午後 7:36 [ 夢想miraishouta ]
夢想さま。 おひさしぶりーーでしょうか。
よくわかりませんがーー芸術家というのはーーどこかに少年のこころ(魂)をのこしているのかな、ーーと。
2012/9/10(月) 午後 8:11 [ Kiyoshiroo ]
本論へのコメントではないのですが・・・
私も「イ・サン」最初から欠かさず観てます!
そして同じように思ってました。
2012/10/13(土) 午後 11:33 [ 優季 ]
優季さん。
ほんとですかーーとてもうれしいです。「イ・サン」へのはじめての賛同者ーーうれしい!! ありがとう。
2012/10/14(日) 午前 6:23 [ Kiyoshiroo ]
Kiyoshiroo 様。書自体に暖かみを、言葉や並べ方にはユーモアも覚えます。又、ここで述べられていることに心から同感致します。日本人皆さん一生懸命ですが、敗戦国で日米条約があることや島国の国民性そして一見自由競争で資本主義社会を走った結果ゆえと思い、私も憂いています。
2012/12/29(土) 午前 0:31 [ 桃色の春 ]
桃色の春さま。
ありがとうございます。書のご感想まで。仰って頂いたことは、まさにわたしが書策の上考えていることです。日本の人たちは政治的な訓練や、自分の思想を鍛え上げていくという経験が不足しているのでは、と思っております。なにしろ学校教育が、従順な、よく働く人間を育てればよいという発想にたっているかとー。これでは日本人はますます世界から置いて行かれます。
2012/12/29(土) 午前 8:41 [ Kiyoshiroo ]
「考えない、覚えない…」そうですね。どんどんおかしくなってるような気がします。建物観ただけでもお粗末な日本人、自然破壊して観るに堪えないものを建てています。
政府により、一部のエリートしか不要で「学校教育が、従順な、よく働く人間を育てればよいという」です。
今下流社会、勉学から逃避する人々が問題になっていますが、テレビの民放のゴールデンタイムの馬鹿馬鹿しさ、これだけでも海外からみたら笑い物です。
2013/1/2(水) 午後 4:07
Hitomiさま。
ご訪問、コメント、ありがとうございます。拙作の「考えない、覚えない、反省しない」は、実は「ひとのいいなりになるな」というメッセージも込めたものですが、反抗するにも、それなりの考える力は
必要ですよね。
教育の本質も問題なのですが、まったく知識わ必要としないような人の増加も問題ですね。格差はますます増大します。
2013/1/2(水) 午後 7:54 [ Kiyoshiroo ]
プロの画家、書家の方から手紙をいただくとさすがに字が上手ですねーーー
やはり先天的な能力の問題と思います
2013/1/14(月) 午後 2:44 [ 夢想miraishouta ]
夢想さま。
とんでもないことで。小さい頃から、本当に自分には素質なんてものがあるのか。父の後を継ぐ、なんてできるのか、と迷い、悩んできました。
その度に、考え、新しい古典を学んだり、大きな書店で、みたこともなかった古人の作品集を見て見たりしてきました。
素質とか、能力の遺伝はないと思っております。すべては学び方だと思っております。
年賀状は毎年、今年は少しは丁寧に、と思いながら、最後はヤケクソ??で書き上げます。 ありがとうございました。
2013/1/14(月) 午後 3:10 [ Kiyoshiroo ]
Kiyoshirooさん、おはようございます。
日本の将来に希望が持てる国に、次代を担う子供たちのためにも、そうなってもらいたいですね。
ナイス!
2013/10/11(金) 午前 8:41
馬明さま。
いろんな国の子どもたちの意識調査をすると、自分に自信がなく、将来に希望もない、の一位が日本なのです。なんとかしないとー。ポチどうもー。
2013/10/11(金) 午後 7:25 [ Kiyoshiroo ]
わがまんま。。。。
すごく楽しい気持ちをいただきました。
日記にメモしちゃいましたよ。。。。
2015/7/7(火) 午後 5:28
礼さん。
わっ、こんな古い記事に、しかも画像は横向きで(苦笑)申し訳ない。どうもありがとう、メモなんてー。一応私のオリジナルです。こういう作品が増えつつありますね。
2015/7/7(火) 午後 5:53 [ Kiyoshiroo ]
すごく笑いました
」です
考えない、覚えない、反省しない、、、。
すごくいい!
笑えるおまじないにとっときます。
あっ、熊本弁で、「とっとっと-
2015/7/7(火) 午後 11:45
> 礼さん
人間なにを言われたってそんなに変われないよ、「自分なりに」つまり、「わがまんま」でしょうよ、という意味でーーこんなに喜んで下さったのはあなたが初めてーー記念すべきコメントになりました。ありがとう、ほんとうにー。
2015/7/8(水) 午後 1:38 [ Kiyoshiroo ]