Kiyoshirooのブログ書と文章と時事

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日記

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 今年の漢字 というのが あって 漢字能力検定協会 という ところが 毎年 選んでいるとか

 で 今年のそれは 「災」 だそうだ たしかに 西日本豪雨 はじめ 北海道など 災害も多かった

 が 私には あの ABEの「災害」が 最初に 浮かぶ 「苛政は 虎よりも 猛なり」 という

 これ以上の 「災害」が あるだろうか しかも これは 「人災」である 我々自身が 招いたのだ

 「苛政は虎よりもーー」 に ついては 面倒なので 説明は 省く

 100年後にも 禍根を 残しそうな この 人災を 国民は どう 思っているのだろうか


 12月19日 朝8時半 カミサン乗っけて 病院へ 9時すぎ 一旦 家へ

  9時45分 病院の OT(作業療法) で 近くの A病院に 今年最後の 御奉公?

 もう 本当に 慣れているので そう 焦ることは ないが 三輪明宏さんの 言葉 書いてくれと

 頼まれ 「以前にも 書いて貰った」と 言われ そうかな と ボンヤリ 考えてたら

 「これ ほんの 気持ちで」 と ティッシュに 包んだ 硬貨を 無理やり 握らせて 去って行った

 そういうことは もう 5年以上も 前に 禁じられて おり 患者さんに 筆を 売る ことも

 「断って からに」と 言われて いる 位なのに  あとで しまった と 思ったが 当人は

 とっくに 視界から 消えていた タバコでも 買うか

 20日 朝から 雨模様 カミサン 午後 病院に 自分で 車で

 21日 午前4時 起床 西の空 20度くらいに 丸い月が 冴え冴えと 輝いて いた

 昨日か 11日 だったか NHKラジオ 聴いていて わが耳を 疑った

 「日本は 今 好景気」 だと? そう 証言する 人々の 声も  嘘だろう 何で食っている?

 人間どもか? 株?投機? それは ごくごく一部の 人間の 筈 なぜって 好景気なら

 「最低賃金」など もっと 上がりそうでは ないか 韓国の 最低賃金が あと 半年も

 すると 日本を 追い越す そうだ 無論 日本の マスコミは そんなこと 報じない

 その 前日だったか 夕方の NHKラジオで 入管法改正案に 関して ベトナム?の

 若者の 声を 紹介 「日本には あまり 行きたくないです 賃金とか 条件がーー

 韓国や 中國の方が まだ いい」 と ハッキリ 言っていた  ほう NHKがーー

 他方 物価は 確かに 上がっている 実質所得が 増えなければ 内需は 上がらず

 景気は 上向かないはず  日本は 貿易立国と いうほど 貿易額が 経済を支えてはない

 人口減少に 歯止めのかからない中 経済が委縮して行くのは 当然だ もっと 観光に

 来てもらおう などと 国が やっきに なり始めた 時 「衰退」は 当然と 思われた のだ

 例えば うちの 近くの スーパーで 売っている 天ぷらセット 半年前までは

 エビフライ2尾が 乗っかって 野菜のてんぷら 8枚と 一緒に ¥598 だった それが

 半年前に エビは 消えた で 値段は 其の儘だ スゴイ ここは もともと 値段は

 高かった が 今では 半額処分が 掛かる 6時半に 客が 増えて来る

 定価じゃ どう考えたって 高い と 大抵の客が 思ってる だろう 従業員まで そうだ

  それでも 我が家が 多く ここを 利用するのは 比較的に 惣菜類が 良質だから

 カミサンも 毎日 一品くらいは オカズを 作るが 何せ 療養中なのでーー

  本題に 戻って 今の 教育の 現状では 日本の 衰退は さらに 進むだろう

 ゼロから 自分で 考え 方向性を 見出して 一歩を 踏み出せるような 子どもを

 育てる そういう 教育を 実現出来なければ 日本に 未来は ない と 思う

  思えば 新島 襄 が そんなことを 繰り返し 唱えて 同志社を 設立したのは

 明治20年代だ それから 100年以上が 過ぎた

 しかし 残念ながら 国も 地方の 大人も そんなこと 考えても いない

 家庭の 所得格差が 其の儘 子弟の 進学先に 反映されている 社会全体が

 前を 向いて いない これが 日本の 病根だと 思う

 伯母の 13回忌を 我が家の菩提寺で 今日 14日 カミサンと 二人で 済ませた

 98歳まで 生きた伯母 若い頃は いろいろ あった が 其の後は 施設で 静かに暮らした

 最後の 1年ほどは 入院していた  病院も 近くだったので 時々 見舞いに 行った

 私の 来たのに 気付くと ニコニコする それだけで 過去の いろんなことは 脇に退くのだ

 私の 4・5歳頃には よく 映画館に 付いて行った 煙で モウモウとした中で

 時代劇を 見ていたものだ もっとも 小さすぎて 中身はよく 分からなかった のだろう

 片岡知恵蔵なんかが 登場して 大暴れすると 館内から 一斉に 拍手が 起こる

 落花生やマコロンなど 館内で 買える 菓子を 与えられて 伯母の膝の上で嬉しかった

 さて 今日 16日は カミサンの伯母の 四十九日 11月に 亡くなって まだ 20日だが

 どうしても 年内に やれ と 親戚に言われて と 当主の 従弟が こぼしていた

 この間から ハチミツや 海のカキ 大量に 頂いていたので 今年 豊作だった

 我が家で 採れた ミカン と 菓子折り を お返し半分の つもりで 参列する

 ミカンは 大きさもまちまちで 味の方も 当たり外れが あるが まぁ 話の種くらいでーー

 「西郷どん」 大河の 今日 最終回   正直 少々 辟易した 何がか

 話しの つじつま を 合わせようと いうのか ああでもない こうでもない と

 筋も 西郷 大久保の ことばも 饒舌過ぎる と 感じた

 明治に 入ってから 史実を 重んじようという 姿勢も 垣間見えて(あくまで 私的には)

 少し 好感度が UPしていたのだが 最後で これだ  残念

 随分 昔のものは さておき 「平 清盛」「八重の桜」あたりは 良かった な と

 これは 無論 視聴率などとは 別の 話し 「八重の桜」はともかく「平清盛」は 不評だった

 話しを 元に 歴史上の 人物も 「明日に向かって」生きている それを 「終わった」こととして

 「後付け」の 理屈が 諄(くど)くなれば なるほど 「嘘っぽく」なるのだ

 大久保 と 西郷が 互いに 同じような ことを 言っていては あまりに 「ご都合主義」と

 いうものだろう 最後が 肝腎なのに その「最後」 で 見事に コケたのではーー

 辺野古の基地 水道民営化 人材確保法 と この国は 国民の 健康・安全など

 そっちのけで 宗主国 アメリカの 歓心を 買うことに 必至で 国民を 瞞着している

 戦後70年 変らぬ 姿

 しばらく 使わなかった ことば 思い出し ここに 記して おこう

 私は けっこう 韓ドラ 好きで 見るのだが それは もしかすると 韓国の 数百年前の

 姿が 今の 日本の 姿に 重なる から かも知れないと ふと 思った

 官尊民卑 大衆の無知 これ みな 今の 日本の 姿だ 韓国の 人々は どんな思いで

 「歴史ドラマ」を 見ているんだろうか もしか すると 今の 我々より クール・スマートかも

 日本も 最近では ネットの 普及で 情報が 行き亘って 賢い 人が 増えた?

 しかし ハードは ハードだ その分 〇カも? 増えて いる とも リテラシーの 向上こそ

 望まれるのだが 日本の 学校は 無論 会社も そういう 環境に ない と 思う


 怪しい 車?

 18日 昼 見慣れない車が 家の前の 農道を ゆっくりと 過ぎて 7・80メートル先の

 十字路を 左に 曲がり 止まった ちょっと イヤな 感じで つい 見てしまった

 3年ほど 前の ことを 思い出したからだ

 あの時は 軽トラ だったが やはり 同じような 走り方・止まり方を した車が あって

 数時間後 農道わきの 排水路の 鉄の頑丈な 金網が 2枚 盗まれた 白昼堂々という

 感じ だった けっこう 高価なもの なんだとは 後で 聞いて 知った

 この 金網 それまで 5年間は 無事だったのだ 不景気の 影響か それともーー


                            つ づ く

 戦争が 廊下の 奥に 立っていた    渡邊 白泉

 湾曲し 火傷し 爆心地の マラソン    金子 兜太

 これらの すぐれた 先達の 作に 見て取れるのは おそろしいまでの 真実に

 対する 探究心だと 思っています


 ふと 思い出した 一週間も 前のこと

 ちょっと 暖かい日だった  小春日和と言っても よかったかも

 家の前の 道に 軽く 水撒きを した

 目の前に 蜂の 死骸が あった

 私は それを 端に 流そうとして 水を 掛けた

 その先には 農業用水の 水路の 枡があって 頑丈な金網に なっている

 そこへ 蜂を 落とそうと したのだ

 だが 死骸の 蜂は 動かない おかしい

 よく見ると 道路の 凹凸に しがみついて?いる

 蜂は 生きていた

 あまつさえ 水浸しになった蜂は ブルブルッと 身震いすると 身体に まとわりついた

 水気を 払い落とすと ヨタヨタと 動きだし

 垂直に 立った 低いブロックを よじ登り 次第に 元気が 出たのか

 その上の 鉢に 植えてある(我が家の) 菊の根っこを 進んで

 茫然と 見ていた 私を 尻目に 姿を 消した

 最初に居た 道の上は 日陰 だったが

 よじ登った 鉢の上には 日が当たる

 蜂は まだ しばらくは 生きていられる だろうか

 その あと 蜂を 見ると みな あの蜂に 見えていた

 それから 数日後 家の前の 電柱を なにげに 見上げた 私は

 5メートルほどの 高さに カマキリが 止まっているのに 気付いた

 普段は 見上げない 高さだが 脇の 3メートルほどの 木の天辺を 見上げていて気付いた

 カマキリは 平然?と しかも 下向きに コンクリートの 電柱に 止まって いた

 しばらく 見つめて いたが カマキリは 動かなかった 下を向いたまま だった

 この季節に この高さに 恰好の 獲物が いるとは 思えなかったがーー

 これも 思い出しついで だが 同じ頃 「こんなところに日本人?」 以前は この番組

 見るのも 嫌だった 「日本スゴイ」の 変形だろ と 思っていたが 別の見方も 出来ると

 一人は モンゴルの 小さな村に 結婚して 住んでいる 女性 まだ 30くらいだ

 学生時代に 別の国で 知り合い 夫の 国に ついて 来た と 春から 秋までは

 なんと言ったか モンゴル独特の テント暮らし 冬だけ 町の 普通の 家に 移る

 義母に あたる人が とても優しくて素直な 良い嫁よ 息子を 褒めてやりたい と

 また 別の女性は コスタリカの 介護施設で 働いている 彼女には 日本人の 彼がいる

 同じような 仕事を している

 もう一人 これも ユニークな 女性 こちらは インドネシア 在住 やはり 介護施設で

 看護師として 働いているが ある日 友人の家で とても 素敵な 台所を見て それを

 設計した デザイナーに 会いに行って 意気投合 結婚したいと 思っているが 容姿が

 日本人とは 違うので じつは 彼の方が 躊躇していた  その後 日本の 彼女の

 実家を 訪れた 彼は お父さんと その日のうちに 意気投合 三日三晩飲み明かしてーー

 彼女らに 共通なのは 一種の 楽観性だ 自分を 信じているし 信頼できる 彼に

 巡り会って いる そうだ 突然 私は 当たり前の ことに 思い至った

 学校 や 家庭が 子どもに 育てなければ ならないのは この 「自分を 信じる」 という

 「感性」なのだ

 ちょっと 勉強が 出来れば 「医者になれ」とか 本人の資質を 無視して そそのかす

 「医者に なれば 良い女性=美人と 結婚 出来る」など と 知性を 金に換算させる

 女なら 容姿だ というわけだ

 まるで 「ファウスト」に 出てくる 「悪魔の所業」だ 学校の教員まで そうだ

 昔 ある 先生が 言ってたが 「学校は 人材選別工場」 と 化す ことではないだろう

 一人一人の 子どもに その子だけの 人生が ある 学校 教師 大人は なにより

 そのことを 大切に 自分が こうだ と 思ったら とことん その 夢に 向かって

 走って行く その 感性と 自信を 育てて遣らなければ ならない

 前記事で 芸術科教科の 役割云々と いろいろ 書いたが 要は そういうことだ

 芸術科目は 特に 美術や書は 自由と自己決定を 前提と する 教科だからこそ

 大切なのだ 進学に 関係あるとか ないとか そんな詰らないことより 子どもにとって

 大事な ことではないだろうか  本来の 人間らしさ を 自覚させる?教科

 以前から 日本の子どもは 自己肯定感が少なく 未来への希望も 薄い と 報道されている

 要は 自信がなく イジイジしていて 何かやる前に 諦めて しまう というのだ ここが

 一番の 問題じゃ なかろうか

 11月30日 カミサン 一人で 外出 私は 気分が すぐれず 家に しかし

 夕方の 買い物には 行って来た

 12月3日 カミサン 朝から 元気が ない 10時すぎ 説得して 病院へ

 血液検査の 結果は 特に 異常は なかったが 1時間ほど 横に なっていて 帰宅

 夕方 一人で 買い物に  すっかり 慣れた  人間 どんなに 辛くたって 食べるのを

 止す訳にはいかない 近年 「台所書」を 提唱しようという 私は これを 拒めない

 4日 昨日から 断続的に 降り続いて いる 雨は 今日も 止みそうに ない

 しかし 時折 晴れ間も のぞく 変な天気 気温は 昼ごろには 24℃を越えた

 5日 あさ カミサンを 病院に 送り その あと ハローワークへ 2時過ぎに 観劇の

 チケット貰いに Hさんの店に 夕方 JAに 一人 買い物に

 6日 6時45分 起床 朝 曇り キョウモ ゲンキダ イケイケ コーヒー??最近の朝の標語 

 7日 午後から 急に 冷えて来た 夕方 買い物

 8日 寒い朝 一日中 寒かった 明日は 町に 観劇 カミサン 大丈夫か

 日本時間の この日 未明に 帝國陸海軍 ハワイの パールハーバーを 奇襲

 この日を 忘れないのは 翌日9日が 姉の誕生日であり 〇十年前に 別れた 彼女の

 誕生日 だからだ (苦笑)

 9日(日) 朝7時 起床 夜中 一度目覚めて なかなか 眠れず 朝ぶろに 入り

 11時に 家を 出る

 観劇 NLTの「毒薬と老嬢」 とにかく 上手かった これ あとで 加筆予定

 めずらしく パンフレットまで 買って 読んでみると TVに 出演している 俳優も 多数

 夕方 カミサンを 残し 買い物 もう すっかり 慣れた

 10日 今日は 買い物も なし ノンビリ している 午後3時の 「七日の妃」だけは 見る

  そういえば 午後 カミサンの 従弟から 電話 「海のカキの 方だけど 食べる?」 と

 「カミサンも 僕も 好きですよ」 と言うと 「取りに来て5キロくらい 上げる」 と で行って来た

 11日(火)教室 Hクン いつになったら まともに 書ける? 必要なことは すべて言っている

 目の前で 書いても 見せる ほとんど 進歩がないように 見えるのは 何故?悩む私

 12日朝から 雨シトシトと 一日中 降る


 孫正義 さん の いろんな 画像や語り を 1時間程 YOU=TUBEで 見た(聴いた)

 前にも 見た積りで いたが あらためて 見て? 背すじが ゾクゾクする感動を 覚えた

 すばらしい人 としか 言いようが なかった  洞察力・思考力・表現力 どう言っても足りない

 この人が うちの 近くの 生まれだ ということは 知っていた積り だったが

 改めて それも 確かめた 傍から 見れば 悲惨?な 生い立ちの中でも 孫少年は考えて

 ある 有名な 私立高校に 合格したのに 1年半足らずで 退学し アメリカに

 そこでは なんと 3週間で 卒業証書を 受け 大学に

 大学でも 孫さんに 接した 先生方が 皆 「一番印象に 残って居る 人物」 と

 「カンブリア宮殿」?だろう 5年前の 画像の 中で 孫さんは 語っている

 「もう 20年 日本の経済は 足踏みしている」「それだけ 世界に 置いていかれている」と

 これは 堀江貴文も 同じようなことを 言っていた  「アジアの 国々も 10年前には

 想像も 出来なかった程 発展している」と だから 近頃は アジアの観光客に 期待している

 5年前だから 今なら 「25年の 足踏み」ということ 平然と 言ってたな これもスゴイ

 「この 状態が あと2・30年 続いて いくことも 考えられる」とも

 「そうすると 国も 国民も 次第に 元気が なくなっていくんですよね」

 これは 実は 高校生たちを 前にした場での 発言だ  だから だろうか

 「じつは 教育というものが 大切だ と 思うんですよね」とも

 「日本の 教育というのは 暗記が 中心なんですよね 暗記が七で 考えるのが三くらい」

 「暗記というのは よそが やって来たことを 真似することじゃ ないですか」

 「アメリカの 教育は 逆ですよね 考えるのが 七なんです だから 今でも 

 創造的な 分野でも 世界をリードしてる」と

 「出来るだけ でっかい 夢を 持って 欲しい そして 大切なのは その夢を 実現する

 そのために どれだけ 自分が 心の底から 本気で 願い 努力するかということ」

 「僕はね 絵描きに なりたい と 思った時期も あったんです それも 貧乏画家 ね」

 「展覧会で 入賞するとか 絵が どんどん 売れて 有名に なるとか そんなんじゃなくて」

 いちばん 尊敬していたのは ゴッホ だという  そういう人が 事業家に なった

 我が意を得たり? と 村上 「考え も システムも 変えていく 必要が あるんですね」

 「孫さん みたいな 人が 10人 日本に居たらデスネ 可能かも」 と

 孫さんに 学校を 作って 欲しいと 切実に 思った 何時かの 東海のエリート校などでなく

 2日 日曜 NHKTVの ニュース見ていて また ムカムカした

 韓国の 学生が 就職率の 高い 日本を 羨んで いる とか  しかし 日本だって

 大学卒業して 派遣会社 通してしか 就職出来ない 学生も 多いのでは

 次に フランスで ガソリンの 値上げに 抗議して 全国的にデモが 起っていると

 しかし ガソリンが いくらから いくらに 値上げに なったのか 全く報じない NHK

 昨日3日 ようやく 分かったのは 今回の 値上げは 9円 さらに 8円値上げの 予定?

 それで デモ? このところ 140円に 落ち着いて・ 良かった と思っている 自分が

 腹立たしく なって来る もとは いくらだ? 7・80円じゃ ないだろうか カッ!!

 こんな 具体性を欠いた ニュースに なにか 信用する価値があるのか 腹が立ってきたので 

 他チャンネルに変えた いい加減に 誤誘導放送は よせ NHK! どこまで堕落する??

  今 国会で 攻防?が 続いている 「入管法改正?案」に しても まるで デタラメな

 中味 外国人を 人間扱いしていない 自殺者の その 中味も 「把握していない」と

 政府 関係者  それで 外国人枠拡大? すでに アジアの 近隣諸国からも ソッポを

 向かれ始めていることに 気付いてないのか? すでに 中進國の ニッポン

  総理が アメリカ詣でを して ありったけ 尻尾ふって 帰って来る そして

 そして 大統領と自分の 親密さを 国民に アピールする これが 植民地でなくて

 なんだろう その可笑しさを 突っ込めない 大半の マスコミ  もう 終わってる??

 大分の「スーパーボランティア」 尾畠さん  「流行語大賞」の 受賞を 辞退するとか

 「当たり前のことを しただけ」と どこまでも 明快で さわやかーーすばらしい!!

 ご本人に してみれば 一貫しているのだが そういう 行動に お目に掛かることが

 少ない ので 感動 ひとしお  こういう人の存在は 同じ 日本人としても 誇らしい

 訳もなく 中國が 韓国が と 貶す人  私は 迷わず お気に入り を 解消します

 いったい それらの国に 対して 我々の国が 過去に 何をして来たか 先ず そこから

 知るべき です  単に 「知りませんでした」では 大人は 赦されません 識る努力を

 してから ものを言うべきです でないと 「政治は 三流の 日本国民」と 言われ続けます

 いや 政治 も 文化 も 民度も 三流かも とーーー 思いたくないがーーー

                    つ づ く

 「批評とは 己の 夢(情熱)を 懐疑的に 語ることでは ないのか」

 という 小林秀雄 の 言葉を ふと 思い出した


 今日(13日) 午前 TV 見てたら NHK世論調査なる文字がーーあとは あほらしくて

 よく 見る気も しなかった  ああ 「徴用工問題」で 国民の 67%が 韓国の判決に

 「納得してない」 ? だって そりゃ そうでしょう 自分たちが 当然 掘り下げるべき

 ところも 等閑に して 政府の 顔色 窺うような 報道ばかり しておいて 今度は

 その効果でも 確認してるのか 国民を どこまで バカに している? 笑うしかないよ

 それとも 国民は 真実で あろうと なかろうと 自国政府を 信じていれば いいと?

 それって 過去にも 大失敗した あの戦争の 時と 一緒かい? 学習不能の 国だね

 11月15日 午前4時 起床 空には 満天の星 昨日は カミサン 気分が 悪いと 午後

 ベッドに 夕方 一人で 買い物に どこか わびしい? クソクラエだ そう思って

 最近 見ていると 男一人で 買い物というのも 多いことに 気付く カミサンが 強くて?か

 一人者なのか

 確実に 物価は 上がり 天ぷら1パックが ¥598なり 一切れ 100円? 冗談かい?

 イモの削いだ奴が?ピーマンの1/4が? 時々 外国人も 見かけるが ほとんど 何も買わず

 帰ってしまう姿も 澄まして 定価で 買って行くのは 公務員か 大企業の社員風の

 身なりのいい 男たち これが 田舎の現実だ 国会議員どもよ スーパーで買い物してみよ

 17日(土) カミサン 朝から 熱があると 食欲も なさそう 午後 病院に 連絡

 私が 運転して 出かける 検査の 結果 白血球が 減少していると 即 入院

 帰途 灯油を 買って 戻る

 18日  マスクが 足りない と 病院で カミサン  帰途 70個入りという 特大の箱入りを

 購入 半分くらいは 抜いて 我が家に 置く 予定

 19日 マスク 届けに 病院に そしたら カミサン 数値が 改善したから 明日退院で

 いいと 言われた と  結局 2泊3日の 入院だったか よし よし

 20日 朝2時に 目が覚めた 眠たくならないので やむなく 起きている 月は はや

 西に 傾いて いた 大豆ほどの 丸くなりかけの 月

  22日 朝方 雨は 止んだ    

 夕方 一人で 買い物に カミサン 最近 食べられるものが 少ないので 惣菜選びに苦労

 23日(金) 朝方 従弟のところへ 叔母さんの お見舞いを 渡す それから 姉のところへ

 TVが 暗くて コントラストが強すぎる というので テレビを 調整して遣る どうにか

 普通?に なった ラジオも いいんだがーー  カミサン 午後から 20キロの 町へ

 夜 惣菜や チョコ ドッサリ 買い込んで ご帰宅 ありがたし

 24日 午前6時 起床 西の空 35度に 丸い 月 上空には 星が 今日は 快晴か

 寒い あたり一面の 霜だ

 25日 昼前 カミサンの従弟から 電話 叔母が 亡くなった と 私の 結婚したての頃

 いろいろ 御世話に なった 人だった 無口だが はっきり ものを言われたし キツイ感じは

 なかったし 好感を 持っていた


 さて 前記事に 三十年前の 県の 芸術科総会の 記憶を 書きました

 総会の ひな壇の エライ先生方に 向かって 「やってしまった」話ですがーー

 あの時 内心 私は 確信したのです 何をか

 つまり 教師は 教師で あって 「作家」では ない ということを です 両者が

 併存できれば いいのでしょうが それは そう簡単な ことでは ないと

 芸術科の 時間が 次第に 時間割の 中で 削られ 肩身が狭くなっていく

 それは 「職場が奪われるぞ」というのなら 「工場労働者」の 「首切り反対」と 同じです

 (別に そういう人を 見下しては おりません 悪しからず)

 それが 問題だ といいながら では 何故か それに 確信のある 答えも ない

 おそらく「芸術科教科の 削減に よって 子どもたちに 欠かせない 『情操』を 養う

 機会が 奪われて 行きます」 くらいのことは 言うでしょうがーー情操って なんでしょうね

 私は もし ある人が 人間として 本当に すばらしい「情操」 の 持ち主で あったとしたら

 その人は 仮に 何もしていなくても 「芸術家」 だと 思います その「魂」の 持ち主では

 そして 例えば「書道」の

 時間に 何を 教える のでしょうか 結局 「技術」 なのですーー教えられる のは

 それは 彼らが 「芸術教科」の 「教師」で あって 「芸術家・作家」では ないからです

 私は 佐伯祐三が パリに 行って ブラマンクに 絵を 見せた時 「アカデミック!」と

 激しく 叱責? されたという 話しを 思い出しました 創造性がないのです オリジナリティが

 「習っている」「真似している」だけなのです

 もう 一つ これに 付随して 思い出しました

 芸術科の 地区部会では 毎年 夏に 「研究発表会」なるものを 催して いました

 そのために 合宿というのも あったのです どこか 静かな 安い 宿に 20名あまりが

 集まり それぞれが 作品の候補を 考えて来て 練習するのです 中には 100枚くらい

 書く 「若手」の 講師や 教師も 居ました 私は そうした 若手の 教師が おとなしく

 先輩の 先生方の 意見・忠告に 耳を 傾けている 光景に 違和感を覚えて いました

  彼・彼女が 頑張れば 頑張るほど 作品は 「きれい」に なるでしょうが それは

 「お習字」 に 磨きを 掛けて いるだけ では   「表現」の インパクトは むしろ

 「削がれて」いかないか? そういう疑問が 彼らの 中に 湧いて来ないらしいのが むしろ

 「不思議」でした

 
 その後 その「発表会」に 先だって 年配の先生方に ある提案を したのです

 それは 「従来のように ベテランが 批評するのではなく Aという 作品には 2〜3人の

 批評担当者を 決めて 若手も 年配も 無関係に 批評しては どうか そして 一人は

 2〜3点の 作品を 担当するように してはー そして それは 公表せずに 文章で」

 というもの でした 「おお それはいい」と すぐに 賛成してくれた 先生も おられーー

 結局 多数決を となりーー が なんと? 僅差でしたがーー否決 されました 笑

 私はーー「終わったな」と 思いました 技術の 上下なんて 関係ありません 「自分で考え」

 「自分で感じ」 なくて どこが 「芸術」でしょうか

 「私たちの 日頃の 研鑽を 見てください」と いう うたい文句の 教員の 作品展示の

 内実が これだけ なのです 結局 自分の 安全に 書けそうな 技術に 依りかかる

 どこまで 行っても 技術 技術ーー 表現とは 何か という

 煩悶も 懐疑も なく 表現への情熱も ありません ましてや 自身への チャレンジなどー

 これで どこが 芸術なのでしょう

 日本人の 大半には 「表現」も「芸術」も おそらく 分かりません

 人間が 自立していない からです ピカソ も ロダンも 日本人には 「有名人」 というだけ

 彼ら の 内面なぞ 「想像の外」の ことでは   いや これは 「美術家」に 失礼でしたね

 書に くらべればーーー美術の世界は まだ 「哲学的」です そう 感じて いますがーー

 過去にも レオナルド藤田 を はじめ 世界に 通用する 人たちを 輩出しました

 ちょっと 難しい こと 書きすぎた でしょうか

 読み返して みると これは そのまま 「日本 及び 日本人 論」 なのでした

 国会で 論争中の 「移民問題」 TVのコメンテーターの 中には 「野党が文句ばかり」

 言って 議論が進まない などと 野党の 所為に している 向きも あるようだが

 「技能実習生 制度」でさえ いろいろ 問題噴出している 中で その検討も 進まない中で

 (諸外国からは 「現代の 奴隷制だ」との 批判も あるという) 自国の 都合だけで

 「移民だ」という 発想が また 国際社会の 批判を 呼ぶだろう

 「労働力」という 物の見方の 背後に 「人間」(歴史や価値観を 身に付けた)の存在を

 見ていない のでは と 疑う  「愛」が 「人間としての尊敬」が 無さ過ぎる

 私の 住む 地域を 想定してみても 彼らが 地域に 融け込める とは 思えない

 それは 彼らの 側に 問題が あるのでなく こちら側に あるのだが それを 自覚出来ない

 ことは ハンセン病しかり 部落問題しかり なのだ  為政者の 思惑通りに なっていく

 5年 働いたら 帰って下さい?−−−www

 「技能実習生」だろうと 何だろうと 日本に来て 1年経ったら 奥さん も 子どもさんも

 どうぞ お呼びください で いいではないか 彼らが GDPを 押し上げて くれる

 2年 経ったら 地方参政権も どうぞ というのも 有りかも もっとも こんなことで

 世界中で 有名に なっては はたして わざわざ 日本に 来てくれる かな

 厚労省の 調査でも 低賃金の ために 逃げ出した と 思われる のに そこには

 チェックが なかった とか いろいろ 不透明さ が 露呈しているとかーー〇〇役人!

 日産の カルロス・ゴーン会長の 事件で TVは 賑わっている しかし 5日経って

 次第に ことの 奥行きも 背後も 見えてきた

 とくに 西川代表取締役が 官邸を 訪れ 官房長官に 陳謝した というのは

 この 事件が 単なる 会長個人が 法外な 個人所得を 得ていた という 誰にでも

 分かる 問題の 枠を 越えた 奥行きが あったことを 想像させる

 もしか すると 東京地検特捜部が 筋書きを 組み立て 日産内部の 反ゴーン派を

 動かした のかも 知れない それは 充分に 考えられる と思う

 田中角栄 の時以来 かなり ブラックな 検察なのだ

 世界には ゴーン会長も 遥かに 及ばない 高給取りの CEOは 大勢いる

 フランスの 威信を 背負った ルノー と 業績回復し 三菱という 旧財閥系の メーカー

 まで 吸収した グループ全体の 事情とーーただの 一企業の 問題では なくなった
 

 

 
                         つ づ く
 
 11月8日 夜 かなり 強い 雨が 降った 雨は 9日朝には 止んだ しかし

 西南の 風は 強く 気温は 上がらなかった 菊の花 いっせいに 開く

 11日は カミサンの 親戚の法事で 出かける ふと 気付く

 近頃 親戚うちの 無難な 話題とは 要は 金の話ばかりなり 明日も そうなってしまうのか

 誰の お蔭か (この部分 11/10 追記)なんの 風の吹き回しか ああ日本!!

 11日(日) 午前4時 起床 空には 満天の 星 しかし 月は 見えず

 12日 夜半から 降りだした?雨が かなり 降っていた 夕方 雨は ようやく 小止みに

  カミサン 気分が良くない と ベッドで 寝ている 夕方 一人で 買い物

 13日 朝 なんと 2時半に 目が覚めた 眠たく ならないので そのまま 起きている

 カミサンが 〇〇に(実家の地名ーーつまり 実家を 指す)キウイが いっぱい なっていた

 というので シブシブ(ものぐさ ですから) 鋏を 抱えて 車で 出かけた なるほど 数は

 かなりの ものだが −−ちっちぇーーっ! これ みんな 取るのーー 高枝伐りで 一個ずつ

 ポリ袋に  さぁ 5キロほどにも なってーーやーめた っと

 

 平成 四年だったかと 思うが

 町の デパートで 「中川一政遺作展」 が あった

 当時居た学校に 招待券が 回って来て その一枚を 手に入れ 見に 行った

 初めて 見るような 中國本画箋に 唐墨古墨の 鮮明な色 そして 強い線に 圧倒された

 思わず 溜め息が漏れた 油絵も 随分 展示されて いて こちらの 迫力にも 唸った

 最後に 氏の 創作手控え ノート も 展示されていたが 書作と 同じ 呼吸の

 3Bほどの 濃い鉛筆書き の線も 唸るほどに 力強かった

 昭和10年代? 中川さんは 義姉の 婿になる 関東軍司令官 古庄幹郎中将を

 頼って 中國に 渡り 田舎の 旧家を 尋ねて 古い墨を 譲ってもらった という

 また 端渓(たんけい) 歙州(きゅうじゅう)などの 古い 名硯も 手に入れ

 リュック 一杯の それらを 担いで 帰って来たと 年譜に あった

 そして そこからが スゴイのだが それらで いきなり お習字? を 始めた と

 いや 「書を書き始めた」だったか それなら 納得 出来る

 もちろん 氏の 間近には 武者小路実篤や 有島生馬が 居て

 それ以前から 木村壮八らの 絵描き仲間も いたので 書も ズブの 素人ではない

 それに しても 今なら 1本が 100万円をも 越えそうな 墨で 「お習字」!

 常人に 出来ることでは ないので ある  練習などという 考えが そもそも ないのだ

 「だめなら もう 一枚 書きましょうか」 では ない

 中川さんの 個展を 見て 啓発され 自分の「制作」を 始めた という者は 小池さんに

 限らない 片岡鶴太郎 緒方拳 長渕 剛 みな そうだ しかし それを ハッキリ 

 表明しているのは 緒方 拳 と この 小池さんだけだ いや もう一人 佐藤勝彦が居た

 (そして 小池 も 佐藤も 東京学芸大の 学生だった 書道を 学んだところも 一緒だ)

 結局 数日後に どうしても もう一度 見たくて 堪らず 今度は 自腹で 見に行った

 何を 見ていたのか 再び 初めて見るような 感動を 味わっていた

 長崎から 来たという 私よりは かなり 年長の お医者さんだという 男性が 横について

 絵も 描いている ということで 途中から 丁寧に その見方 を 教えて 下さった

 もう とっくに 亡くなられているかも

 もう 一つ これは 三十年も 昔 県の 芸術科の総会が 町で あり 出かけた

 大きな 会場の 正面の ひな壇には 私より 一回り以上 年長の 先生方が

 並んで おられた

 「近年 学校の カリキュラムの 中で 芸術科の 時間が 削られて いるー 問題だ」 と 

 それで 県教委と 全国単位では 文部省(当時)に 「要望書」を 出そう ということに

 なった また 新聞(全国紙)に 意見広告を 出そう とも

 当時 私は 芸術とは 何だろうか と 考えあぐねて いた 「芸術だって 大切だ

 それは 人間の 世界に 欠かせないものだ」 それは いい が 「何故か」 そこだった

 なぜ 英語や 数学や 国語では なく 「芸術科 教科」でなければ ならないのか

 そこで 手を上げ 勇気は 要ったが 「芸術科 の 授業が 時間割から 削られている

 それが 問題だ というのは 賛同出来るように 思いますが なぜ そうだと 言えるのか

 そこが 私にとっては 大きな 問題で そこのところ を 教えて 欲しい」 と 発言した

 会場は たちまち 静まり返った  そして ヒナ壇の上の先生方 からは どなたからも

 意見(回答)は 出なかった  私は 「芸術は 自主 自立 自由をーーー」 と それまで

 考えて来ていたことを 言った 会が 終わり 皆が 出口に 向かってーー そして 誰も

 話し掛けても 来なかった  それだけーー

       (ここ あとで 追記)

 以来 私の 創作への考えは 決定的に 変った もう 安い墨や 紙を 買うことも

 なくなったし (生徒さん用は別だが) 第一 これが お稽古だ なんて 思わなくなった

 いつだって 何処だって 勝負は 一回きりだ その 瞬間に 集中して 書くのだ

 相撲の 立ち合いと 一緒だ

 そう思えば 紙が高かろうが 墨が高かろうが 同じことである 墨一本 100万円に

 比べれば 私の 使っている 墨など タダみたいなものだ

 昔の 書家が 高価な 墨を磨り 立派な紙に 少しだけ書いた 求められるのは ただ

 真剣勝負の 集中と 独立不羈の 精神だけだ 技術が 人を 感動させるのではないのだ

 はじめ この文章は 小池邦夫さんに ついて 書くつもり だった  それが 先ず 氏も

 尊敬していた という 中川さんに ついて 自然に 書くことに なった

 小池邦夫さんに ついては しばらく 後に 書こうと 思う

                      つ づ く

 11月4日朝5時 起床 東の空 45度に 三日月が

 朝から 晴れて 午後2時頃の 気温は 24度を 越えた 乾燥がひどい

 日当たりの あまり 良くない 我が家の ネズミの額ほどの 庭でも 秋の菊が 咲きそろって

 いる 赤 白 黄色 と言うと 歌の 文句みたいだが もう少し 派手なのもーー ビワにも

 かわいい 白い花が

 今日は まことに 元気の出ない 話しかも どうか スルーを

 ふと 思い出したこと

 もう しばらく 前に ある 書店で 高校の 後輩に 出会った

 ちょうど 帰省中の 息子も 一緒に 行ってた時だった 向こうの方に 息子は いた

 彼の 娘は 小学校高学年で 息子と 同級だったことも ある

 真面目で コツコツ努力する 好ましい 性格

 いつか 息子と 大ゲンカして 最後に 息子が 胸に パンチして 泣かせた と

 「パンチは いかんだろう」と 叱ると 「だって 普通じゃ 負けるもん」だと つい 笑った

 息子と 同じ 地元から 離れた 公立高校に 進学した   文系だった

 残念ながら その子よりも 2級下の 妹の 方が 美人だった

 私が 彼女らの 名前 口に すると 「ほうーーよく覚えてるね」と?  おい そりゃ 同輩への

 もの言い だぞ 私は 四級上  もと あんたの 書道の 師だがや これでもなー

 あんたとこの 表札も 書いたぞ 俺なら 安くなる とでも 思ってたのか?

 彼は ジャケットにネクタイ 見るから 上等の生地 (私も洋服では けっこう贅沢したから)

 商売は 繁盛らしかった 外見は どこまでも 紳士だった 田舎には珍しいーーが

 訊かれて 息子の 今の 仕事の 話し したら 明らかに 動揺し 嫉妬の表情を 浮かべ

 (そんな 大した 仕事かいな)

 「あちこち 山奥の 勤務でしょう」 と ちょっと 意地の悪い 質問が とんで来た

 「いや そうでもないよ 初め愛知で 今 さいたま」 と 事実だから 答えると 面白くない顔

 なんなんだ 人の子ども は 自分の子ども 以下でないと 気が 済まないのかい?

 あんたとこの 娘だって 東京の 有名私大に 行ったんだろ? うちは 金がなくて

 地方の 国立ーー 平凡だったよ 私立の文系が 一番 向いていると 分かってて 理系に

 みな 喰いっぱぐれ の ないように という 私の セコイ判断の 影響?かも

 君 そんなチッポケな 人間だったのかい? なぜ 僕が 君のムスメの 名前覚えてたと?

 「女も 仕事で 自立すると 男と 引っ付くのも 面倒に なるんでしょうね」と 自分の娘を

 その後の 会話も ちっとも 面白く なかった 世の中にも 明るくない 平凡すぎる

 誰でも 知ってる 私大を 出てるのに そんな もんかい?日経新聞 15年?フーン

 なんだ ジジイに なったら ただの 田舎の 金満保守オヤジかい?

 しかし 今更 年取って 興ざめするのは 精神衛生上 よろしくない 

 だんだん 人に会うのが いやに なって来る  俺の青春こんなもの? 返せよ あの時間!

 身体の中を 隙間風が 吹きすぎる ような 冷え冷えとした思いで 店を 後にした

 息子には 〇〇ちゃんの 親父に 会ったよ と 伝えた 「−そうー」 とだけ 息子

  地元の 文化祭でも 似たような?ことが

 最終日の 日曜 この日 午後4時からは 作品搬出なので 大抵の 出品者は 午後は

 会場に 姿を 見せる と 会場当番の Sさん 自分の 椅子の 前に 誰か 坐らせて

 話し込んで それも 結構な 大声で あげく そこに 協会幹部の Mさんまで 加わり

 あれ うちの Sクン と Hクンの 作品の 前だぞ 「なに やってんだ」と 私が 怒っていると

 なんと うちの Hクン 「先生 まぁ まぁ」と 私を 制止 アホかい お前の 作品だろうが

 見えないんだぞ 怒れよ 注文つけろよ 帳面消しで 「ヤレヤレ 出しましたよ」 程度の

 気組みでしか 取り組んで ないから 腹も立たないんだぞ だろう?

  自分の 地元が 凋落し 退廃して いくさまを ひしひしと 感じる程 悲しい ことはない

 退廃は 先ず 心の姿として 現れるのでは あるまいか わが町は 発展の ない町である

 地元だって TVなんか 見ていると あんなことが こんなことが と けっこう 元気そうで

 まえに向かって 進んでいそうに 見えますが ホンマかいな と つい 疑ってしまう 

 隣の 田んぼは 立派に実って 見える?−−−かもーーそこまで 行って 見ないとーー

 ああ 広島  と言っても 市じゃなく 野球の話しーーー  ガッカリです

 カミサンに 逆らって? ひそかに 応援してたが 第二戦以降は いいところ なし

 二度の 逆転のチャンスの 試合も負け 四連敗 ーーピッチャーかな 敗因は

 ともかく 選手は 頑張ったのだろう 球場の半分近くの 広島の 応援は 迫力が あった

 最後の 試合は 見てられなかったーー カミサン 優しいのか 私の裏切り?に知らん顔

 11月5日 朝5時 起床 星空が きれいに見えた

 ゆうがた カミサンと買い物 いろいろ 買い込む これが 多分 3日分だ

 午後 町の 施設から 電話 次回の 展示の 日程が ほぼ 決定

 それが なんと 再来年の 2月 楽しみだが それまでは 生きて いなくては

 ふと Kさんのこと 思い出した もう 6年前か 地元の 図書館の 壁面を 借りて

 15点ほどの 作品を 展示した 最後のころに 「車で通りかかって」と 立ち寄られ

 熱心に 見ておられたが 「〇〇先生 ご存じですか」 と ふいに 訊かれた 「え? 25年も

 お世話に なった 恩師ですが」と 答えると 「いや 作品が 似てるとかじゃ なくて 見てたら

 ふっと 思い浮かんだんですよ」と 言われた 高校で 教わった と その後 私の 印まで

 彫って持って来て 下さったり 楽しい 歓談の 時を 過ごした いま お元気 だろうか


 11月6日 午前5時 起床 今日も快晴か 空には満天の 星 ふと 東の空を見ると

 下弦の 細い 三日月が それも ほとんど 動かない 「どうした さっさと のぼれよ」 と

 「月に吠える」 じゃなく 「月に」 小さな 声で 毒づく わたし

 7日(水) 快晴の 空 しかし 今日は 月が 見えない カミサン 昨日から 「明日は 朝

  早いからね 大丈夫?」 と 何度も 言っていた 分かってるよ 時間を 切られると

 緊張するのだな 私は さあ その日だ 朝9時までに 病院へ 行かなくては という

 11月8日 今日は 午後から 3年前に 亡くなった という 児童文学者 I さんの 「記念の

 夕べ 」と いっても 昼間だが  隣の市の 図書館で 50名 くらいの 予定とか

 私が 青春時代に お世話に なった I さん 父の お習字教室の 生徒さんでも あった

 お父さんも 私の 父の 中学の 同僚 国語の先生らしい 純朴な 印象があった

 どんな人たちに 会えるのか 楽しみにも している

 結局 私の ように なんだかんだで 割り込んだ?人が 多かったのか 会場には

 80名 以上が 詰めかけて いた 曇り空で 寒くはなく 人いきれで 暑いほど だった

 退院から 3週間 早いものだ 相変わらず カミサンは ゆっくりと 食事する

 食品の 好みも 少し 変ったか 最近は 「チャンコ」風の おかず が 目立つ

 昨日 夜 作ったのも これ タラの身 鳥のツミレ 豆腐 などに もやし ホウレンソウなどの

 野菜が 入り 薄口の 醤油味 食べてみると 結構 旨いが これ 全て 胃のためだろう

 「今やる・すぐやる・私がやる」  アメリカの シリコン・バレーには ゴキブリのイラストに

 こうした 「社是」を 掲げて いる 企業が あるとか  日本の 企業は こうした

 スピード感がなく ここの ベンチャー企業から 敬遠されて いると

 因みに 中國や韓国の 企業も 欧米並みの スピード感を持って 企業が 運営されて

 いる とかでーー それは あらゆる 指標に 現れて いる と

                    つ づ く

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