UNEPS国連緊急平和部隊の創設

ジェノサイドに即応する個人参加の「国連緊急平和部隊」創設提案

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平和憲法を掲げるわが国の政府解釈では、「戦争放棄」と「戦力の不所持」を謳った憲法九条が“足かせ”となって、国際平和と安全の維持に積極的に貢献してこれなかった要因と考えられてきました。果たして、そうでしょうか?自国の軍隊を拠出できないということだけが、日本が国際貢献できていない最大の理由なのでしょうか。ならば、一つの推奨できる提案があります。以下の提案をお読みになって、これを「日本」という国家が憲法9条を護りつつ、「日本人」が実現できるか、実践できるかどうか、一緒に考えてみませんか?


人道に対する罪やジェノサイドに即応する国連緊急平和部隊(UNEPS)

                  A United Nations Emergency Peace Service
              To Prevent Genocide and Crimes Against Humanity

                   著:ブライアン・アークハート元国連事務次長
                   

1948年、当時のリー国連事務総長は、ハーバードでの卒業式の演説で、エルサレムにおける混沌と暴力を打開するために専門の国連部隊の創設が必要だと説いた。間の悪いことに、彼はその部隊を「国連軍」と呼んだ。これがそもそもの過ちだった。国連安全保障理事会(安保理)の五大国はこの提案を完全に黙殺し、アメリカや旧ソ連ですら、仲良く提案を一蹴した。そしてエルサレムの悲劇は続いた。

国連の平和維持活動は、1956年のスエズ危機の勃発と初の国連緊急隊(UNEF1)の誕生を皮切りに本格化した。この部隊の派遣は、ダグ・ハマーショルド(Dag Hammarskjold)やラルフ・バンチ(Ralph Bunche)の強い決意と主導のもと、国連総会決議の採択後わずか8日間で実現した。

冷戦の始めの頃も、国連は、同じような迅速さで平和維持部隊を派遣していた。最速では、1973年のイスラエルとエジプトとの間の停戦協定の監視のために派遣されたUNEF2が、わずか17時間のうちに派遣されているという記録もある。政治的なリスクはきわめて高かったが、ポスト冷戦期に一国のみに向けて派遣された複雑な構成の混成部隊に比べ、はるかに軽量で機敏性のある部隊を派遣できていた。1960年のコンゴ危機までは、これらの部隊は人道的な任務を負うことがなかった。さらに当時の部隊は政府や国家のみを相手にするものであり、紛争の両当事者によって停戦協定が結ばれた後で、当事国政府との合意に基づいてのみ派遣されていた。

創設当初、これらの常設緊急展開軍は加盟国の批判にさらされることがなく、また90年代に入っては不可欠な存在にまで成長していた。この時期、安保理は17もの多機能平和維持・人道ミッションを矢継ぎ早に設置していた。これらのミッションが負う任務はこれまでのものとは比べようがないほど複雑で、かつ直面する人道上の危機も一刻の猶予も許さないものばかりだった。派遣が2、3ヶ月遅れただけで、人々の命ばかりか、ミッションの有効性やその後の指導力までもが失われてしまうかもしれなかった。また、これらの部隊は混沌や無秩序といった状態の中で活動するために必要な訓練を十分に受けておらず、また散発的な暴力を止める術も持っていなかったことがさらに事態を深刻化させた。このような機能不全により、シエラレオネでは反乱軍は事実上、国連機能を無力化させてしまった。

緊急時に部隊を直ちに派遣できないことは、災難から人命の損失、派生するあらゆる悲劇という負の連鎖を生み出す土壌となりうる。しかし、ろくに訓練もされていない部隊を遅くなってから派遣しても、同じように深刻な人道上の危機しか生み出さない。90年代に国連難民高等弁務官を務めた緒方貞子氏は、自身の名著『The Turbulent Decade(紛争と難民―緒方貞子の回想)』の中で、秩序の維持や軍閥による暴力の阻止といった任務を果たせる十分に訓練された部隊が存在しないことが、大規模な難民キャンプの住民にとって何を意味するかを克明に書き記している。1994年のルワンダの虐殺以降、難民危機の勃発により殺人天国と化した大湖地域では、400万人の命が失われるとともに、数百万ドルに及ぶ救援物資が失われ、地域経済がダメージを受けた。難民キャンプでの悲劇は、国連平和維持軍が駐留する今も尚続いている。これらの惨劇は、速やかな軍事支援を求める緒方氏の訴えが初期の段階で無視されていなければ、起きなかったかもしれないのである。

この例を挙げたのは、常設の即応展開部隊(standing rapid deployment force)─この本では「緊急平和部隊(Emergency Peace Service)」と呼ぶ─構想に関する議論でもっとも共通して聞かれる反論に対する有効な論点となるからである。この構想に対する共通した反論は複数あるが、その中には重要だが指摘されていない点が1つだけある。

第一の反論は、コストである。国連の基準でいえば、小規模であっても常設軍は相当のコストがかかるとみなされる。それでも、たとえばいわゆる大湖地域でいまなお続く、長期に渡る悲劇的状況がもたらす甚大なコスト(年々増え続ける人命の損失、経済社会の崩壊、人道及びその他支援活動への破壊的影響、そして究極的には、撤退の見通しが全く立たない国連PKO部隊の維持コスト)に比べればはるかに少ない。

常設の緊急部隊に対する第二の反論は、各国政府との間で合意された「待機制度」(※訳注:UNSAS)が運用・実施可能なのではないか、また運用・実施すべきではないかというものである。だが、必ずしもそうではない。1994年、平和維持活動に拠出について20件以上の取組みが合意されていた。にも関らず、安保理がルワンダの虐殺について行動すべきだと判断したときには、このうち1件も実施されなかったのである。その後、緒方氏がルワンダ領土外に設置された大規模な難民キャンプの安全保護措置を実施してほしいと訴えても、実施された合意はたったの1件だった。しかも、短期の合意だったため、緒方氏は、最終的には失脚寸前のモブツ大統領にかけあってザイール軍の協力を要請する羽目になった。

当然、国家は、危険を伴うあるいは承服しきれない事態について、自国の部隊を派遣しない権利を保有する。しかも、これは国連において頻繁に主張されることである。このような事態に的確かつ迅速に対応できるのは、国連安保理が統率する全幅の信頼のおける常設の、特殊な訓練を受けた専任部隊だけである。現在、この部隊は存在しない。かつてアナン事務総長が述べたように、現在の国連は「火事が起きて初めて消防車を購入できる消防隊」なのである。

だが滅多に公言はされないがもっとも根本的な反論がもう1つある。国家主権の侵害である。国家主権の侵害に対する懸念は,国連が適時に、適切な方法で、適切な対応を行うことを制約する要素となることが多々ある。国家主権の軽視に繋がるような国連の発展に対する懸念は、常に国連の介入能力を抑制してきた。同じ理由で、各国政府は事務総長権限の拡大について非常に慎重な見解を保ってきた。常設の緊急平和部隊ならば、従来の牛歩的な平和部隊の構築のプロセスを得るよりも、緊急時に効果的に即応できるよう、安保理の対応能力を確実に拡充するであろう。しかし実際は、より深刻な事態や議論を経てしか、常設の国連緊急展開部隊に反対する各国政府を納得させることはできないだろう。最悪の事態を回避せずに、人命の保護と事態拡大の阻止を優先して取組もうとしないリスクのほうが、国家主権に対するいかなる脅威にも勝ることを各国が知るにはまだまだ時間がかかりそうである。

しかしその一方で、緊急平和―ビスを具体化する構想やその具体的な実施計画を固めることは依然として不可欠である。この本はその点で重要な役割を持つ。この本は冒頭で、「各国政府が国連に必要な能力を与えることができないのならば、国連内の賛同者や賛同国政府などと連携して、この『国連緊急平和部隊』構想に命を吹き込む責任は市民社会にある」述べている。この共同事業こそ、責任ある国際機関としての新たな機能を備えた国連にとって、そしてこの事業の成功により将来命を救われるかもしれない、まだ見ぬ幾万にも及ぶ無辜の人々にとって、極めて重要な事業となるのである。

"It is desperately needed, and it is needed as soon as possible." --Sir Brian Urquhart

ビジョンに富んだアイディアというものは、得てしてもっともらしい批判の対象となる。このUNEPS構想のようなもの(最終的にどう呼ばれるかは定かではない)も例外ではない。しかし、この構想に賛同できる究極の理由が一つだけある。それは、「UNEPSは絶対かつ早急に実現しなければならない」ということである。




翻訳:
勝見貴弘

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