パリ裏モード

数ヶ月前まではパリ生活、今は日本の僻地、黒島にいます。

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ブログお引越し

ブログ引っ越しました〜。
なんかブログタイトルと現実がミスマッチなので。。。
 
 
よろしく!!
 
このブログよ、お世話になりました。 私の20代の、パリの思い出、仕事の思い出・・・などがたくさん詰まっています。
読んでくれた方々ありがとうございました。
 
またひょっと戻ってくるかもしれません。原点なので・・・。

辛くないお産法

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                                                    アンジュ生まれて数日後
 
 
出産って聞くと何を思い浮かべますか??
 
辛くて痛くて大変なもの?
 
私もそう思っていました。 内臓が引きちぎられるほど痛いとか、 鼻の穴からスイカを出すようなものだとか。。。
 
よくドラマで見る、汗をたくさん流して苦しそうに悲鳴をあげて産んでいるシーン。。。
 
ああいうものだと思っていました。
決して自分には耐えられないものだと。
 
どうやってこの苦しそうな出産から自分は逃れられるんだろう、と考えてみた。
 
出産を経験したたくさんの人たちから話を聞き、どうしたら安産になるか、アドバイスをもらった。
 
その結果、私が実践しようと思ったこと。
 
1、陣痛のとき、痛いけど、悲鳴をあげない。 悲鳴をあげれば体力消耗していざ出産というとき力が出ない。
2、陣痛のとき、呼吸に集中する。それによって痛さに神経が集中しないですむ。
3、陣痛と陣痛の間はあかちゃんが降りて来やすいように、全身の力を抜きリラックス=脱力する。
  力が入っていると赤ちゃんもなかなか降りて来れない。
 
そして事前にみた衝撃の映像があった。ある芸能人のお産シーン。彼女はおばあさんの代から一言も声を出さないお産、というのが引き継がれているそう。
いきむときも一言も声を出していなかった。 とっても静かなお産。こんなお産があるもんだ、と感動した。
これを最大の見本とし、自分も挑んでみようと思った。
 
 
6月30日朝、眼が覚めるとなんだか陣痛が感覚的に来ているようだった。でもまだ痛みはさほどなものでもなかった。
それでも病院へ行くと、「まだ弱い、前駆陣痛かも?子宮口もまだ3cm。家で様子見てね」と返される。
 
夕方から痛みは生理痛のひどいものへと変わっていった。 それでも歩けたのでスーパーへ出かける。
 
その帰り、頻繁に歩けないくらいの痛みが走る。 
 
宿に帰り、みんなとゆんたくしていたら奥さんが妊婦の写真撮ってあげますね、自分が妊娠してるとき、ぜんぜん写真撮らなかったから後悔してて、、、と撮ってくれた。
それが妊娠最後の夜になるとは。いい記念になりました。
 
その夜、痛みがピークに、毎晩島から来てくれていた旦那はその夜だけ明日が牛のセリのため、島に帰っていた。 義理姉さんに電話しようと思った瞬間ドバーーっと破水した。 時刻は朝一時前。
 
 
二人の義理姉さんが駆けつけてくれ、そのまま病院へ。
 
夫が立会いする予定だったけど、いないので義理姉さんの一人が分娩台まで立ち会ってくれることに。。。
 
その夜は私で4人目の出産だったそう。
陣痛室で痛みに耐えていたころ、向かいにある分娩室からすごい悲鳴が。。。。
 
ヒィーヒィーヒィーヒィーっ!!文字で現せないほど大きくて辛そうな悲鳴。
 
こ、これが数時間後の私の姿、と思うだけでも恐怖だった。助産師を呼んで、今すぐにでも帝王切開に切り替えてください、と本気で懇願しようと何度も思った。
 
でもアドバイスにあった悲鳴は出さない、体力は分娩室まで温存する、という約束を守ろうと、どんなに痛くても叫ばずがまんし、呼吸法に集中、飛び出しそうな腰の痛みをお姉さんにさすってもらってしのいだ。
 
そして陣痛が止んだら一気に体の緊張している筋肉を脱力へと持っていく。
 
次の陣痛がきたら、「来ました!」とだけ姉に伝え、そのつど腰をさすってもらった。
 
するとどんどんどんどん陣痛の感覚が短くなってきた。最初は2分間隔だったのが、二時間後には20秒間隔ほどに。 
 
助産師さんは初産だから、10時間くらいかかるわよ、となんだか余裕で陣痛室を後にし、分娩室へと手伝いに。
 
そう、出産が重なっていたので、助産師はみんな分娩室へいっているので、私のところはお姉さん以外誰もいなかった。
 
もう、絶対、子宮口開いているはず、だってどんどん陣痛の間隔が短くなってるもん!
 
助産師を姉さんに呼んでもらって確認してもらったら8センチ開いていた。
夜中の3時半ごろ。
 
早いわね〜、じゃあ、そろそろ分娩室に移動しましょうか。と言われる。
 
その頃、私の前に出産している人がクライマックスに指しかかっていた。
 
死にそうなほどの悲鳴。 何か大声で叫んでいる。
 
彼女の辛そうな声を聞いて、私は止めよう、絶対叫ばない、と決意する。
 
叫ぶ体力があるならそれを全部子宮に集中させたい。
 
陣痛の痛みは子宮が収縮して赤ちゃんを押し出してくれるサイン。
 
赤ちゃんも必死で胎盤の中を旋回し、がんばって外へ出てくる。お母さんがパニくっていては赤ちゃんも苦しくてスムーズに出て来れないはず。
 
4時ごろ分娩台へ移動し、また私と姉だけにされ、痛みに耐えてた。
 
もう陣痛の間隔が殆どなくなってしまった。
痛みが遠のいたかと思うとまた次の痛みが襲ってくる。
 
私も大変だったが義理姉さんも大変だったはず、ひっきりなしに腰をさすっていてくれたので。
 
だんだんお腹の赤ちゃんが下に来ているのがわかった。
 
何かが股にあるという感覚。 すると腰の痛みが移行し、おしりのほうへ。
今度は痛みより、いきみたい感覚に。
 
このいきみ逃しが恐ろしかった。
調べたら子宮口がまだ8cmだったので、いきんじゃ駄目といわれる。
 
ここでいきむと子宮口が開いていないのに赤ちゃんが下へ降りてきて出れないので苦しんでしまう。
 
必死でいきみたい感覚をおしり以外の手や足に力をそらす。
 
途中一回だけ、口から悲鳴が漏れてしまった。
ヒィーヒィーヒィーヒィーっ、
 
全くあの人と同じ悲鳴だった。
 
だめだ、油断するとどんだけでも大きな悲鳴を出せてしまう。
 
その自分で言う悲鳴を聞くだけでも辛くなってくる。
 
必死で悲鳴からまた呼吸のフーフーに変えて集中。 そのうちフーフーいう音さえ辛く聞こえてきた。
なんとか呼吸もフーフーではなく、スースーと音の出ない方向へと持っていった。
 
 こうすることでパニックにはならず、冷静に客観的に自分を見れ落ち着くことができた。
 
体の状態を仰向けや横向きに変えて痛みを紛らわせていたが、あるとき横向きに変えた瞬間、赤ちゃんがグルグルっとお腹で旋回して降りてくるのがわかった。
 
もうだめ〜、来てます!
 
 
そして助産師が現れ、子宮口を調べると、全開していた。
 
これには助産師も驚き、経産婦ですか?と尋ねる始末。
初産にしては進みがすごく早いらしい。
 
 
 全開を確認して本格的にお産の準備が始まった。
 
助産師さんから良くがんばったね、峠は越えた、一番辛い時期は終わったよ、と言われた。
 
私は頭が??になった。
 
え?これからが本番じゃないの、本当に痛いのはこれからじゃないの??
 
でもプロが言うんだからそうなんだと思った。 そしたら一気に気が楽になったと言うかもう終わりに近いんだと思うと踏ん張る力が沸いて来た。
 
どうやら出産で一番痛いのは陣痛らしい。
 
体力温存してきたので力はいっぱい残ってた。
 
いきむ体制へ入る。
 
状態を上げてレバーを握っておもいっきり赤ちゃんを押し出す。
 
 
ん?この感覚、初めてじゃないぞ!?
 
そうだ、便秘のときに似てる。(汚くてごめんなさい)
 
便秘のもっとひどいのと思えばぴったり。
 
私は小さい頃からひどい便秘症だった。で、いきむのには慣れている。 その経験が今、こんな場面で活躍するなんて。
 
4回目のいきみに入り、ちょっと休もうかな、と力を抜こうとしたらもう生まれるから長くいきんでといわれ、
え?そうなの、じゃあもう少し、といきんだら生まれた。
 
なま温かいものがぐにょぐにょって回って勢いよく出てきた。
 
それは粋のいい魚が地上でつるつるっと跳ね上がるのに似ていた。
 
あっという間に出てきてしまったので、もう終わりなんですか?って拍子抜けしてしまった。。。
 
しばらくして威勢の良い泣き声が。あ〜これが私の赤ちゃん!
 
 
 
体を洗らわれきれいにされて出てきて抱いた。
 
小さい体を動かし、私の体から今がんばって出てきて、小さな自分の力で生きてるんだなあ、って感動した。
 
不思議な対面。 初顔合わせだけど、なんかほっとした。
 
 
女性ってすごい。
 
本当にすごい体験をした。
 
こんな面白い体験ができて女に生まれてきてよかったなと、思えた。

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旧盆過ぎて

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アンジュ、くちびるがセクシーなのです。話しかけると笑うようになってきました。笑った顔はすんごくかわいい!
 
 
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無防備な彼女。あどけないな〜。。。
 
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ベビービョルンのイスを姉さまが中古屋で見つけてくれた!新品で買うと二万円。中古で買っても4千円だった。 最近から急にお座りが好きになり、このイスのおかげでだっこの時間が減って助かる〜。
 
 
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昨夜のししまい。旧盆の後、地上にさまよう霊を獅子舞で追い払う儀式。
 
そのほか、子供達の頭をかんでもらってお払いをするのだけど、うちの子が行ったとき、ししまいを演じる人が酔っ払いすぎて噛んでもらう前にダウンしてしまった。。。
 
来年噛んでもらおう。
 
島の子供達と久しぶりに会ったらみんな眼を疑うほど成長していた。
 
そういえば、同じ島にいるのに、去年の10月あたりから殆どあっていなかったっけな。
 
妊娠してから周りからバイクだの自転車だの止められて行動ができず、子供が生まれてからは引きこもり生活。
 
気分転換に一人で出かけると、みんなから赤ちゃんは?!と驚かれてしまう。。。
 
自分の時間もたいせつなのよ、。。。でも今これいっちゃやばいよね。。。
 
 
この前、抱っこしたアンジュの顔を鏡で見るたびに、誰かに似てるよな〜、と思っていた。
 
お父さんかな?はたまたおじいちゃんかな??
家族の誰かなんだけど、これって人が思いつかない。だけど、誰か親しく身近な人なんだよね〜〜。。。
と何日も考えていたら、あっそうだ、この顔は私だ!と気づいた。
 
私の小さい頃に似てるんじゃん!と当たり前なことに気づいておかしかった。
 
沖縄の旧盆、三日間仏壇に亡くなった人のご飯を一日三食と一回のおやつを供える。
お盆中はあの世から降りてきて家族と一緒に過ごすからだ。
 
だけど、さまよう霊もいるからと、むやみに夜は外を歩かないで、と旦那に頼まれた。
 
見るとちょうど満月の時期。明るい夜空に大きな雲がそびえ、なるほど、なんかいそうな夜だ。。。
 
黒島はアンガマといって青年会の人たちがあの世から来た人たちとなって、各家々の仏壇の前(庭)で霊たちを迎えるため?に踊り歩く習慣がある。
私も去年参加したが、すごく不思議な風習だ。
 
団扇を振りながら、ウイーウイーと甲高い声をあげてみんなで家々を練り歩く。
 
三日目は送りの日。
 
お供え物を仏壇の前で焼く。あの世で使うお金というのも焼く。
 
それが終わると、家の門へ持っていってサトウキビの枝と共に置く。これで担いであの世へ帰ってもらうとの事。
 
そうそう、お供え物の中にくずもちの入ったお皿があった。不思議に思っていると、これは家族ではないさまよい霊が入ってきてしまったときにあげるもお土産的なものなんだって。 いろいろあるなあ。。
 
義理姉がせっせと供える食事を作っていた。
手伝いに行くと、今は赤ちゃん小さいからいいけど、来年からは嫁の役目、と言われた。
 
ヒイィ〜〜。。。。。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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伝説の島

産後、お手伝いに来てくれた母が、ある日散歩から帰ってきて、
 
「黒島で、手に刺青しているおばあさんが3人いるんだって〜」と聞いたことのない話を言った。
 
そうなの?と旦那にきいても首をかしげている。
 
なにやらビジターセンターへ行って手に入れた情報だった。
 
資料に書いてあったんだよ〜,と言うので数日後確かめに行き、これだよ、と母が持ってきた資料を見たら
1966年に調査されたものだった。
 
50年も前のものなんですけど〜〜・・・・。 
 
そして刺青のところを見ると、当時刺青をしていた老婆3人のうちの一人が旦那のおばあちゃんだった。(何かと縁ある)
 
刺青は昔、沖縄のしきたりで、年頃の女性(既婚者)がしたそう。本土でいうオハグロに値するらしい。
 
手の甲にインディアンのような変わったモチーフが描かれていた。
 
気になったのはその資料。
 
1966年に早稲田大学の調査団(学生?)が黒島に20日間滞在し、その間調べた島の風習、伝説、冠婚葬祭、歴史を事細かく調べ上げた資料だった。
 
島の人との会話は通訳を必要とした。
 
刺青の調査をしているときも、標準語をしゃべれない旦那のおばあちゃんは、あんた大和からきたんかい?と興味深げに聞いてたみたい。
 
不思議なものだ、そのばあさんとうちの娘が血が繋がっているんだもん。
 
 
ユタに私の旦那に子供が授かる、と告げた神様の伝記も載っていた。
 
200年前頃に中国からやってきた偉い人だったそう。 黒島には流れ着いたんだけど、彼についての数々の伝説が残っている。
 
それに、最近仲良くなった黒島出身で、東京の某テレビ局で活躍したおじさんの先祖は、ある日、海で遭難し、無人島に流され数ヶ月暮らし、神のお告げで海へ出るとサメがやってきて、その背中に乗って黒島までたどり着いた言う本当の話がある。
 
 
いろんな不思議な話のある島である。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

my ポニョ

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ポニョ〜〜!!!
 
なんかポニョって言いたい。。。
 
 
今日からどこで学んだのか、すさまじい泣き声で泣くようになりました。
 
こんなにチビなのに、彼女を中心に地球は回っています。
 
 
世間はいわゆる旅行シーズン。島では豊年祭がおととい行われ、観光客もたくさん来てるよう。
そんなものとは無関係に私はただただ浦島太郎状態。
 
 
今日旦那が見ていてくれてるとき、息抜きに自転車で海まで散歩した。
 
すっごい晴天に大きな入道雲。エメラルドグリーンの海が西表島、小浜島、石垣島へと続いていた。
 
宝石のような、絶景。
 
でも人間は何においても満足しない生き物なんだなあ、
 
こんなすばらしい景色を手に入れても、家族と離れてしまったことに後悔する。
 
でも私には新しい家族がここでできた。
 
私ってまだ親離れができてないのかな〜。。。
 
素敵な両親を持つと子供は大変だ!
 
私はそんな親になれるかな。。。
 
あ、なんかセンチメンタルになってない?これってマタニティーブルー??
 
 
アンジュはしっかり自分の意思をもった一人の人間でした。
 
彼女が生まれる前、私は怖かった。自分の分身が生まれるんじゃないかと。
馬鹿みたいだけど、私のクローン的存在が生まれるんじゃないかと思った。
 
でも違った、当たり前だけど。
 
 
あん、あんあんあんっ!!と足をドシドシ元気よく動かし、自分の欲求を体全体で伝える。
すごいな〜、まだ自分の手も足も認識してないだろうに。
ちっちゃいのに一生懸命生きてる。
 
 
 
 
 

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