超越論的人生論―いかに生くべきかを問う人生論ではなく

人生いかに生きるべきかを問うのではなく、なぜ私の人生が始まっているのかを問う人生論。

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哲学メモ149

哲学メモ149
「一日一日を生きる」ということ

「今を生きる」という言葉と並んで、「一日一日を生きる」という言葉がある。「一日一生」という言葉もある。この言葉を初めて聞いたとき固定観念が壊されるような気がしてハッとした。

その固定観念とは何だろう。今日は昨日からの続きであり、明日は今日からの続きだという信念である。今日は一生のうちの一日だという常識だ。一日一日が積み重なって一生となるという常識だ。それが壊されたように感じたのである。

では「一日一日を生きる」とはどういう意味か。あえてまっとうではない解釈をしてみたい。今日という一日は昨日からの続きではないまったく独立した別の一日だということ。自分の記憶も含めて、いや自分自身も含めて、あらゆる一切のすべてが今日始まったということだ。言い換えれば昨日と今日は別世界に属するということだ。

しかし昨日の記憶があり、その記憶と今日の状態は矛盾なく接続している。昨日と今日が別世界だとは考えにくい。しかしその記憶もまた今日新たに作られたという解釈である。それは5分前世界創造仮説は反証できないというラッセルの思考実験と同じである。これこそ「一日一日を生きる」という究極の意味ではないか。

そんなことを考えて何になる? 何にもなりはしない。しかし、繰り返される平凡な一日がまったく異なった相貌をもって現われてくるではないか。今日一日が私の一生だ。そう思えるだけでも十分な収穫だ。





哲学的な思いつきを文章にまとめずに、思いついたまま、閃いたままをそのまま書きます。その背景や脈絡の説明なしにただ断片的に書く。読んでくださる方には不親切な書き方ですが、文章にまとめないことによってかえって断片は広がりをもちうるのではないか。各断片には後で言及するのに便利なように投稿順に通し番号を付けます。


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